第7話 シュアーズとグローズ
朝になり、レゼは一旦自分の家へと戻り当面の荷物などを持ってくると言い出ていくと、ジルは孤児院の周辺を散策しようと外へと出る。
しばらく辺りを散策して戻ると、教会の扉を激しく叩く人影が見える。
普段なら解放されている教会もアダムが留守にしているため施錠をしているようだ。
古い木製だが頑丈な扉に何か恨みでもあるかのように激しく叩くのは、近づいてみれば女性だった。
まだあどけなさを残す顔立ちに薄い桃色の髪をしており、白いワンピースにケープの様なものを付けている。
服の上からでもハッキリと主張をする胸はレゼとは比べものにならなそうな立派なものだった。
リッチになってからと言うもの劣情などは置いてきたつもりだが、自然と胸に目がいってしまう。
「何か用か? いまここの神父は出かけているぞ」
声を掛けたジルを見ると少女は目を見開き、ジルへと抱きついてくる。
「ジル君!! 会いたかったよぉ!!」
☆☆☆☆☆☆☆☆
突然やってきた生前のジルの知り合いらしき少女に、グレイラックは高速でジルの記憶を探る。
すると記憶の断片にこの少女の名前は……
「ミーナか…… どうしたんだ? 急に」
ミーナと呼ばれた少女は大きな瞳を更に大きく見開くともう一度ジルに力いっぱい抱きついてくる。
「ジル君!! ジル君!! とっても会いたかったんだよぅ!! でもね、でもね、今は……」
「ちょっ〜とお取り込み中すいませんねぇ〜?」
「す、すいません、すいません」
ミーナが何か言いかけた所で不意に背後から声をかけられる。
ジルが振り返って見ると男が2人教会の敷地の入り口に立っている。
上等そうな白いシャツを着崩した灰色の髪を逆立てた青年と小太りの青年。
「いやぁ、ちょっ〜と声をかけづらいなぁ〜とはおもったんでしけどねぇ…… このままおっぱじまったらそれこそ声かけるどころじゃなくなっちまうんでね。 野暮とは思いましたが声ぇかけさせてもらいましたよっと」
「も、もらいやしたっ」
2人の男を見るとミーナはジルの後ろに隠れ、顔だけを横から出している。
「……何の用だ?」
明らかに怯えているミーナを庇う様に立つと用件を問う。
「いやね、なぁに簡単な事ですよ。 その女の子をこっちに渡してほしいなぁってね」
「ほ、欲しいなぁ」
「……嫌だと言ったら?」
男の言葉にミーナはジルの袖を掴む手に力をいれる。 ぎゅうっと掴むその手は引き渡されたくない表れだろう。
「ん〜、そりゃあもうコチラはお願いしてる立場なもんで、断るのはソチラの勝手ですがねぇ…… あんまりオススメしないですよぉ」
「オススメしなぁーい!」
今まで何処か飄々とした雰囲気の男から急に剣呑な空気が混じる。
「ふむ、荒事が得意な様だが相手を選んだほうがいい…… この娘は渡さない」
男の殺気にも似た眼差しを受け、堂々と返すジルを見て男は目を丸くして吹き出す様に笑う。
「ククククッ、アッハハハハッ! いやぁ、いいですねぇ。 俺達みたいな日陰に生きるモンには出せない正統な光ってのが見えますよ。 そりゃあもうビカビカとね。 でもね、俺ぁそういったヤツらを這いつくばらせるのが得意でね。 こんな仕事してんだよっと!!」
男が話の途中から予備動作なしに距離を詰めるとどこから出したのか刃渡の長いナイフを足元から顔に向け振り抜く。
ジルは特に驚く様子もなく、防御は障壁に任せ攻撃の魔力を練り上げる。
キンッと硬質な音が響き男のナイフが弾かれる。 その隙に完成した魔力が地面から飛び出す岩石の棘を形作る。
殺すつもりも無く足を狙った一撃だったが男は驚くべき身体能力を見せ棘を躱すと一度距離を取る。
「へぇ、こりゃあ参りましたねぇ。 見かけによらず魔導師ですかい……」
「どうしてこの娘を狙う?」
「いやぁ、なぁにちょっとお手伝いしてもらいたい仕事がありましてねぇ…… 傷つけるつもりなんてありゃあしないんですがね……」
「ナ、ナイナイ!」
「あの人達は邪神教なのよ! 私に邪神の封印されている場所を探させようとしてるのよ!」
「邪神教?」
「へっへっへ、まぁそう言う事ですよ。ただまぁ、俺の名誉の為に弁解させてもらうと、俺は信者って訳じゃあないんですよ。 ああいった宗教…… 特に新興宗教みたいなモンにどっぷりと浸かってる狂信者みたいなのとは違うんですよ。 ただ、こういった仕事をこなす…… 社員……みたいな感じですかねぇ」
「どう言う事だ?」
「つまりね、俺ぁ邪神なんてもんは信じちゃいないし、個人的にはどうでもいいって事ですよ。 ただね、あそこは金払いがいいから働いているだけ。 仕事ですよ、仕事。 だからまぁその娘を連れて行かなきゃあなんですよっと!」
話しながら男はいくつものナイフをジルを狙って投擲するが、そのどれもが見えない障壁に阻まれ地面に刺さる。
それを見て男はさもお手上げのように肩を竦める仕草をする。
「本当に優秀な魔導師なんですねぇ。 その障壁もどうせ1枚じゃあないんでしょう? 2枚ですか? 3枚? まさか4枚までは無いでしょうかねぇ……」
ナイフを悉く防がれてもなんら焦る様子の無い男に、ジルは何か奥の手があるのかも知れないと早期に無力化するために動く。
──仮にも勇者という肩書きを持つ身、流石に殺しはマズいか…… 無力化するならばやはり拘束するか……
自身の魔力を地面に馴染ませ浸透させる。 土系統の魔法を使う為の前段階だ。
「
対象は2人…… 灰色髪の男と未だ特に何もしていない小太りの男。
地面に馴染んだ魔力が土塊を強固な岩石に形成し対象の四肢を拘束する為に襲いかかる。
「これはこれは……」
灰色髪の男はシャツの胸ポケットからタバコを取り出すとゆっくりと火を着ける。 深く一服すると煙を吐き出すと同時にジルの
代わりに小太りの男の方はしっかりと拘束されているが……
「グローズ、喰え!」
「い、頂きまぁ!」
灰色髪の男が小太りの男に向かって言うと、大きく口を開いたかと思うと自分の四肢を拘束する岩石をバリバリと食べては飲み込んでいく。
「ふぅ…… さて、そろそろ仕上げといきましょうか…… グローズ、出せ!」
「うぃ、うぃ、おぉーぁっ!」
灰色髪の男が合図を送ると、グローズと呼ばれる小太りの男が大きな口から、自分の身体よりも大きなスピーカーを2つ取り出す。
「魔力共鳴…… ディスペルフィールド!!」
男が魔力を流すとスピーカーから魔力波が流れてジルの足元に散らばるナイフが共鳴する。
──障壁が全て解除された!?
「んっんー、優秀な魔導師ほど魔法が使えなくなったら脆いものだねぇ」
瞬間、間合いを詰めてきた男はいつの間にかその手にスタンバトンを握りしめてジルに向かって振り下ろす。
咄嗟に腰の剣を抜き受けるが、改造されているであろうスタンバトンの電撃がジルを襲う。
「くうっ!?」
「さあて、これからボコしますがぁいつまで耐えれますかねぇ……」
しかし、男は今まで感じた事がない様な怖気を感じ咄嗟に飛び退いてしまう。
膝を付いたジルは、無力化しようと手加減していた事を改めて少し本気を出す事にする。
チャーンチャチャチャチャチャーン♪
すると突然に緊迫した場面に似合わぬ電子音が鳴り響く。
「あっ、ちょっ、ちょっとすいません。 お待ち下さいねぇ…… はい、えぇ、えぇ…… はい、えぇ…… 分かりました」
男が急に鳴り出したC・Cを取り出すと申し訳なさそうなジェスチャーをすると通話をし始める。
せっかくのヤル気に水を差されたジルは律儀にも大人しく待っているが、展開されているディスペルフィールドを覆う様にフィールドの破壊術式を組み上げていく。 と、同時にフィールド範囲外に複数の魔法をディレイさせていつでも発動出来るように待機させている。
「あーー、なんかすいませんけどぉ、命令撤回されたんでぇ…… その娘は連れてかなくていいみたいでぇ……」
「え?」
「金にならない仕事はしない主義でしてねぇ。 それに…… ちょ〜っと割に合わなそうな匂いがしてきましてねぇ……」
「俺が逃すつもりがないと言ったら?」
「あはは〜 そりゃあちょ〜っと困っちまいますけどねぇ…… まぁ、お詫びと言っちゃあなんですがね、俺が所属しているのはね邪神教って大きな括りの中にはあるんですけどねぇ、ある意味ビジネスライクな奴らが集まってる組織なんですよ。 ロンリーハーツクラブってちょ〜と恥ずかしい名前なんですがね、あぁ、言っときますが俺が付けたんじゃあないですよ。 遅い紹介になりますがぁ、俺の名前はシュアーズ。 ただのシュアーズですよ。 コイツはグローズ。 もし困った事があったら1度だけタダで仕事を受けさせてもらいますよ」
シュアーズと名乗った男は飄々とした態度で話しながら落ちたナイフを拾い終わるとジルに1枚の黒いカードを差し出す。
「このケイロス内だったらどこの酒場でもこのカードを見せて俺を呼んでもらえればぁ直ぐに参上しますよっと。 では、また…… グローズ行くぞ」
「あ、あいあい!」
そう言ってシュアーズは去って行き、その後ろをドタドタとグローズが追って行った。
勇者はとっくに召されてる!〜間違えて勇者を殺してしまったので、勇者になりすまして無双します!〜 猫そぼろ @IITU
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