第6話 東第6区


「なにごとですか!?」


 執務室の扉を勢いよく開けて修道服の女性、シシリーが飛び込んで来る。


「なぁに、躾のなっていない黒犬が飛び込んできたのさ。まぁ、もう居ないと思うが騎士達に辺りを捜索させてくれたまえ」


「黒犬? わ、わかりました」


 そう言うとシシリーは慌てて執務室を出ていく。


「ふぅ、助かったよジル君。さっきのはセプテム。君も聞いたことぐらいあるだろう?」


「完全超悪 セプテム……」


「そう。奴がそのセプテムだ。巷では完全超悪などと呼ばれ、悪逆の限りを尽くしている超越者の1人さ。1ヶ月程前に教皇聖下と11人の審判者イレブンに退治されたと聞いたが……」


 レゼが呆然と呟くとロイスが説明を入れてくれる。


「しかし、どうやら本調子じゃあないな……何か事情があるのか、理性も飛んでる様だったし傷も治りきっていない状態で襲撃にくるとはね……それに……」


 続く言葉を飲み込みロイスはジルを見やると、短い間だったが激しい戦闘の後にも関わらずジルは何事も無かったかの様に平然としていた。


「あの人狼……正常では無かったな」


「正常では無い? ジル様どう言う事ですか?」


「まぁ、後で確かめてみよう」


「ふぅ、それにしてもせっかくの執務室がボロボロになってしまったよ。嫌味に見られない様に出来るだけ地味な家具で設えた部屋なのに…… まぁ、好みじゃなかったけどね。ハハッ」


 ロイスが大きな窓が破壊され、床からは石の塊が飛び出し、壁や椅子に多数の穴が空いた部屋を見廻して肩を竦める。


「ジル君達は今日は家に帰りたまえ、アダム神父も心配しているだろうからね……君、わかるかい・・・・・? 自分の家は」


 さっき迄の和かさが消え、少し疲れたような表情でジルに訊ねる。


「あぁ、大丈夫…… 問題ない、です」


 グレイラックはジルの記憶を読み解き、住んでいた場所も問題なく知る事ができる。


 ──まったく……わかるかい? なんて何を聞いて来るんだか……何処の世界に自分の住んでいた家が分からなくなる奴が居るって言うんだ……そんなの痴呆老人かもしくは…………中身が別人な場合だろう……


 ジルはこの悪趣味な枢機卿に辟易としてしまう。 それでもその戯れに付き合うしかないのだが……





☆☆☆☆☆☆☆



 首都ケイロスは大聖堂や皇城等の重要な施設がある第1区以外は東西南北に分けられた4つの地域とそれぞれ中心の1区に近い2区から6区までに区分けされている。


 といっても区と区を分けているのは壁等ではなく、大きな環状道路だ。

 その為住民の行き来は自由だが、やはり中央へ近づくにつれて地価が上がり、中央から離れたところに住む住民は貧困層が増えてくる。


 東第6区 中央から1番遠く、殆どの住民が貧困に喘いでいる地域であり、先程迄いた綺麗に舗装された道路や区画整理され整然と建物が建ち並ぶ1区とは比べるまでもなく雑然とし、薄暗く、違法に増築された住居によって細い道がまるで迷宮の様に張り巡らされている。


 この街の端に住む住人の数は正確には把握されていないが、1区から5区の住人をまとめた人数よりも6区のみの住人の方が遥かに多いらしい。



「ちょっとジル様……本当にこんな場所に住んでたんですか……」


「あぁ。ジルの記憶によるとここら辺の筈だが……」


 この場所に似つかわしく無い小綺麗な服に身を包んだ銀髪の少女は、不安そうに辺りを見渡して歩く。心なしかトレードマークのツインテールも落ち着きなく小さく揺れている。


 ブロンドの髪の少年は迷いなく細い路地を歩いて行く。

 時折り地べたに座り込んでいる住人が2人をチラリと見るが何かしてくる訳でもないらしい。


 少し進むと開けた高台に出る、そこには小さな鐘楼が付いている小さな教会があった。


「ここだな」


「教会に住んでたんですか?」


「どうやらそうみたいだ。この教会に併設された元孤児院……そこで暮らしていたようだ」


 ジルの話を聞いてレゼが辺りを見ると、確かに二階建ての古い建物が教会の隣に見える。


「あーおのぉ…… やっぱり、私と一緒に大聖堂の信徒の宿舎に泊まりません? これでも教皇付きの護衛騎士だったのでそれなりのいい部屋なんですよ?」


「俺は別に気にしない。レゼは無理について来ないでいいんだぞ?」


 約2000年も洞窟暮らし、更には外に出てからもようやく雨が防げるかどうかのあばら屋に住んでいたグレイラックにはもはや住の快適さなどはどうでもいいものだった。


「あぁ……いいぇ……ジル様にお供いたしますぅ……」


 ガックリと肩を落としてレゼがジルについて教会へと入っていく。


 外観はかなり年季が入っていて朽ちていそうな教会だったが、中は毎日しっかりと掃除されているのか思いの外、清潔に保たれている。


「おや、ジル。おかえりなさい」


「た、ただいま…」


 奥から縁無しの眼鏡をかけた壮年の神父がやってくる。

 

「予定よりも大分早い帰りですが、何かあったのですか?」


 痩せぎすな神父は若かりし頃よりも生え際が後退しているが短く整えた頭を摩りながら問いかけてくる。


「あぁ、いや……」


「初めまして、ジル様の従者をさせていただいてますレゼと申します。よろしくお願いします。実はもう任務は終わりまして先程ヴォルト枢機卿猊下にもご報告差し上げた所なんです」


「おぉ、これはご丁寧にありがとうございます。私は第6区の神父を務めさせて頂いていますアダムと申します」


 ジルの記憶を探ってはいてもやはり演技の苦手なグレイラックは言葉に詰まってしまう。

 そこに助け船を出す形でレゼが挨拶を交わす。

 

 「あのーそれで、出来れば何ですが暫くの間、私もこちらでジル様と一緒に住まわせて頂けたら……」


 大聖堂を出る前にもう暫くはジルに付き従い活動を補佐する様にと新しい指示を受けていたレゼはここで寝食を共にするつもりのようだ。

 もっとも、グレイラックによりレヴナント化しているレゼは護衛騎士に戻れと言われたならば、早々に退職しグレイラックの側にいる事を選ぶのだろう。


「ええ、構いません。ジルは元孤児院をやっていた隣の施設で暮らしているのですが、今はジルしか住んでいないので部屋は沢山余っていますから」


 アダム神父に許可を得たレゼは満面の笑顔でお礼を言うとぺこりと頭を下げた。


「ところでジル。私はこの後用事がありまして、少々留守にします。何かありましたら電話して下さい」


「あ、あぁわかった……」


 それでは、とレゼとも軽く会話した後アダム神父は出掛けて行った。


「……でんわって何だ?」


「あっそうか、ジル様の頃はC・C(シーツー)なんてありませんもんね? えっと……これです」


 レゼが肩に掛けたバッグの中から折りたたみ式の端末を取り出す。


 カード状のそれを何度か畳まれた紙を開く様に広げていくと30センチ四方程度の大きさになり宙に浮いている


「それでこれがC・Cを最大に開いた状態ですね。音声通話だけなら最初のカード状態でも可能です。ここまで開けは映像通話やホログラム通話も出来るんです。同じ様な端末を持っている相手と遠く離れた場所からでも連絡を取れるんですよ〜」


 多分ジルも持っているだろうからと言われ荷物を漁ってみると確かにカード状の端末があった。

 レゼが持っている端末よりも幾分くたびれて見えて、厚さも2倍程ありそうな端末を開こうとするが開かない。


「開かないぞ!?」


「あーこれは古いスライドタイプですね。開くと言うより引き出す感じで……」


 レゼに言われるがまま引き出してみると、思ったよりもスムーズに引き出せ、全部引き出すとレゼの端末と同じぐらいの大きさになっていく。


「通話以外にも色々使い方があるんですが、それは後でお教えしますね。先ずは通話の仕方を覚えて下さいね。あっあと私のIDも入れておきましょう〜」


 その日グレイラックは現在の様々な知識や常識などをレゼに教えてもらっていた。

 2人共睡眠が必要ない為、気付けば朝まで延々と話をしていて、レゼは終始嬉しそうにニマニマと顔を綻ばせていたようだ。

 

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