第5話 ケイロス大聖堂
質素だが質の良い家具と豪奢ではないが趣のある調度品が飾られた枢機卿の執務室。
高い天井と大きな窓のある部屋には周りを短く刈り、長めに残されたトップの癖毛をピタリと撫で付けた長身の男が優雅に紅茶を嗜んでいる。
若く見えるその男は、歴代最年少の神聖会の枢機卿であるロイス・ヴォルトだ。
幼い頃から聖職者として育てられわずか9歳で枢機卿に叙任された。
現在は36歳となるが、それでも他の枢機卿に比べて大幅に若い。
加えて眉目秀麗なその容姿は男を更に若々しく見せており、見様によっては20歳そこそこにも見える。
ロイスが世界一の紅茶と称されるゴールドニードルズを味わいながら静かに手元の資料を読み込んでいると、部屋のドアがノックされる。
「ヴォルト猊下、勇者を連れて参りました」
ロイスが短く、どうぞと入室を許可すると修道服姿のシスターであるシシリーが若い男女を連れて入ってくる。
「ヴォルト猊下、勇者ジルと護衛騎士のレゼの2人です」
「ありがとう。下がっていいよ」
ロイスは軽い調子で答えると、シシリーが恭しく頭を下げて退室していく。
「やぁ、君がジル君だね。ハジメマシテ! 今回の旅はどうだったかな? 何か得られる物はあったかい? レゼ君とは親睦を深めたかい?」
「え!? あっ、まぁ…….」
ロイスは和かに笑い、まるで昔からの旧友の様に話しかけるものだから、グレイラックは距離感を測りかねる。
ジルが言葉に詰まるのを見るとロイスは口元をニィっと歪めると、またも軽い調子で続ける。
「あはは、失礼。少し質問が矢継ぎ早すぎたかな?」
「あぁ……いや……」
「なんだい? 緊張しているのかい? 僕が枢機卿だからって気にする事はないよ。現在この世界で1番の信徒数を誇る世界統一神聖会の枢機卿に最年少でなった敬虔な信徒であり、天才的な神聖魔術の使い手として有名な僕だからってなんら恐縮する事はないよ。気安く接してくれていいんだよ。あぁそれと、君と僕は初対面ではなかったね。ついこの間一度会っていたね」
「なぁっ? えっ?……ど、どなた!?」
「どなた?」
「あはは……ヴォルト猊下! ジル様はちょ〜っと人と話すのが苦手なんですぅ……あはは……ちょっとジル様! さっきの騎士とは普通に話してたじゃないですか!?」
余りに挙動不審なジルを見兼ねてレゼが助け船をだす。先の騎士とのやり取りにおいては普通だったので小声で問いただすも……
「話してない……俺はレゼに話してただけだ……」
「いやいや、いいんだ。確かに! 僕は世界一の信徒数を誇る世界統一神聖会の枢機卿ではあるのだが、僕自身が有名であると勘違いしていたようだ! ありがとう! 僕の名前はロイス・ヴォルト。このケイロス大聖堂の枢機卿であり、最年少の9歳で枢機卿になり、いま現在も最も年の若い枢機卿さ」
「あ、あぁ……どうも。お、俺はグレ……ジル・アークだ。よ、よろしこ…….」
「よろしこ! なるほど新しい! 既存の挨拶を大幅に変える事なく、見事に個性を演出している! 機会があれば是非僕にも使わせて欲しい!」
和かに爽やかにそれでいて暴風の様に喋りまくるロイスにグレイラックは圧倒され、思わずセリフを噛んでしまうが、それすらも拾い上げていく。
「ところで、ジル君。ここは親しみを込めてジル君と呼ばせていただくけれど問題はあるかい? 無いといいのだけれど。うん、ジル君にあの廃墟となったダンジョンに行ってもらったのには理由があってね……細かく説明すると長くなるので簡単に説明するとね。神託があったのだよ、ジル君。君をレゼ君と一緒にあのダンジョンに向かわせればきっと最強の勇者になって帰ってくるだろうと……」
最強の勇者……確かに、最強である存在が勇者のガワを被っているという形ではあるが間違いでは無いのかもしれない。
「そして、現在ケイオスヘブン各地で起こっている超越者どもや邪神教による犯罪。そして邪神復活に際してもその力が必要になると!」
ガッシャャャーーーンッ!!!!
ロイスが力強く拳を握りしめて陽の光が差し込む大きな窓に向かって顔を向けると、その窓を突き破り大きな破壊音と共に何者かが飛び込んでくる。
「グゥルルルゥ!!」
全身が漆黒の毛並みに覆われた
その瞳は血走っており、口からは涎も垂らしている。
「うははははっ! 僕の溢れ出す神聖力で思わず窓を破壊してしまったのかと一瞬焦ってしまったが……この姿は……セプテム!! たしか教皇聖下に退治された筈ではっ!?」
素早く身構えたロイスが驚愕に眼を見開くと、即座に神聖魔法の詠唱にかかる。
グレイラックはというと、急な闖入者に驚くも、特に取り乱しもせずに観察に務める。
グレイラックには何重にも防護魔法の障壁が張られているので急な不意打ちだろうと傷を受ける事は殆どない。
「グゥガァァァァァァァァアアアアッ!!」
漆黒の人狼は一度大きく咆哮すると真っ直ぐにグレイラックへと飛び掛かり長い爪の生えた腕を振るう。
その漆黒の腕は軽々と1枚目の障壁を破ると2枚、3枚と破り4枚目の障壁でやっと止まる。
「!? 4枚目まで!?」
その障壁はかなりの強度を誇るグレイラック特製のもので1枚破る事ですら普通の物理攻撃では難しい。
ましてや
それを3枚も破る……見た目こそ人狼に似ているが、それが全くの別物であろう事が判る。
「グゥ!?」
漆黒の人狼は不可視の壁に攻撃を阻まれると即座に身を翻し距離を取る。
「
ロイスの神聖魔法が完成し、足元から青白い光が立ち昇る。
神聖魔法 第六魔導深度
この魔法は敵対者の侵入を阻み、更に聖域内の味方の傷の持続回復もできる。既に聖域内に侵入している敵対者には持続的に強烈な酸で焼かれた様な激痛を与える。
「グゥルアアアァッ!!」
身体から白い煙を出しながらも、その痛みに耐え漆黒の人狼は今度はロイスに飛びかかるが、幾つもの銀色の短剣が人狼に飛来する。
銀色の短剣は人狼に浅い傷を幾つも刻み込むが致命的な部位を狙った攻撃は全て弾かれるか躱されている。
人狼が小さく喉を鳴らして何かを仕掛けようと力を溜めた所で地面が盛り上がり、床を突き破って出てきた石の塊が人狼の四肢を覆う様に拘束する。
「
グレイラックがジルの身体でも使える土系統魔術により人狼を拘束する。
その隙を見逃さずにロイスからは幾条もの光の矢が放たれ、レゼが銀の大剣を振りかぶり飛びかかる。
しかし、強固な岩の拘束を己の膂力だけで破壊してロイスとレゼの追撃も悉く防御した人狼は1度小さく唸り声を上げると大きな窓を突き破り去っていった。
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