第4話 ケイロス大聖堂
首都ケイロスのほぼ中心に位置する第1区にある大広場に建つケイロス大聖堂は広大な国土を持つケイオスヘブンにおいても最大の大聖堂であり、十字型の大聖堂内部は身廊と2列になった側廊の5廊式であり、翼廊とアプスで構成されており、1度に5万人の収容が可能な巨大な建築物である。
多数の彫刻で飾られた外観は荘厳であり、内装も総大理石の床はピカピカに磨き上げられ、いくつもの美術品と煌びやかなステンドグラスで彩られている。
「凄いな……」
「ですよねー。この建物見るたび神聖会はすご〜く儲けてるんだなぁ〜って」
「……あぁ、建物もそうだが人の多さも凄いな……」
ケイロス大聖堂はその豪華さにより、観光地としても有名であり、日々多くの人々が訪れている。
余りの人の多さにジルは顔を顰めるが、ようやく人混みを掻き分けるようにして奥にあるアプスまで到着すると、1人の司祭を発見する。
「こんにちはー、勇者様とレゼ・ルメイルカ只今戻りましたー」
「ご苦労様でした。どうぞ奥でお待ち下さい」
レゼが銀糸の様な髪を揺らしながら和かに挨拶をすると、壮年の司祭はチラリとジルに目を向けるも、柔和な笑みを崩さずにレゼを迎えると、奥の扉を開けてくれる。
一般の礼拝者や観光客は立ち入る事が許されないその扉の向こうには中庭を挟みいくつかの建造物が建っており、司祭やシスター達の為の控え室や仮眠室、食堂までも備えられている。
世界統一神聖会というこの世界に於いて一番の勢力を誇る宗教。その聖地であり、総本山としてのケイロス大聖堂は、大聖堂自体の巨大さもさる事ながら、その敷地面積も広大であり、その敷地内には世界から集まる信徒や、枢機卿団の為の宿泊施設、教皇専用の住居兼執務室まで建っている。
今回ジルとレゼが案内されたのは、この巨大な大聖堂で働く者達用の大広間である。
壮年の司祭はここで少し待つ様に言うと奥の部屋へと消えていく。
一般信徒用の大聖堂内とは異なり、実に質素な造りだが、天井は高く、採光用の窓も大きく取られており明るい日差しが燦々と差し込んでいる。
奥に向かう1本の身廊の左右に何列にも木でできたベンチ型の椅子が並べられており、そこには数人の教会騎士達が
騎士とは言っても鎧等は着けておらず、青色を基調とした騎士団の制服を着用している。
全部で4人ほどの騎士達は休憩中なのか大声で雑談をしているが、着崩した制服や粗暴な口調、品の無い笑い声等から彼らが真面目な騎士団員では、無い事が察せられる。
「おやぁ〜? おやおや〜? これはこれは大勇者先輩じゃあないっすか〜? お早いお帰りで〜」
「いやいや、いくらなんでも早すぎでしょ? ちゃんとダンジョン行ってきたんでちゅか〜?」
「ギャハハハハッ! 道に迷って帰って来たんですよねぇ〜勇者様ぁ〜ギャハハハハッ」
勇者としてジルが与えられた任務は、ケイロスから往復で3日程はかかる。そして本日はちょうど3日目である。
実際にはこれにダンジョンの攻略もしないといけない為わずか3日で帰ってくる事はあり得ないのである。
騎士達はジルがまともに戦闘も出来ない事を知っているからか、嘲るように笑い思い思いに中傷する。
「貴方達、ジル様は立派に任務を遂行し帰還したまでです。馬鹿にするのは赦しませんよ?」
これに即座に反応したのはレゼである。形の良い眉は怒りの形に吊り上がり、レヴナント化してから変化した真紅の瞳は怒りを露わにしている。
「あ〜ん? なんだこのお嬢ちゃんは?」
「勇者様ぁ〜仕事もしないでナンパでもしてたんでちゅか〜?」
「ギャハハッ! いいっすねー勇者様ぁ! ちょっと俺らにもその女の子貸して下さいよぉ〜ギャハハハハッ!」
レゼは教会騎士の中でも固有魔法持ちのエリートの為、普段は教皇付きの護衛騎士をしている。その為末端の教会騎士達とはほとんど面識等無かった。更には今回の任務は枢機卿の1人であるヴォルトから直々に下された任務であり、レゼの帯同はヴォルトが名指しで教皇に頼んだ事であった為、一般の騎士達には知らされていなかったのである。
ブチっと何かがキレるような音が聞こえそうな程に怒りを灯した赤眼をスッと細め、静かに銀色の球体を創り出す。
それを無数の鏃の型に変形させ、この無礼な輩度もに打ち込んでやろうと右手を前に出した所で声がかかる。
「まぁ、待て。この者達は俺が誰だか知らないんだ。一度は大目に見ようじゃないか? 直ぐに物騒な事をするな」
「ジル様……わかりました」
渋々といった表情で歪な光を放つ銀を消すと、騎士達を睨むに留める。
「ギャハハハハッ、俺が誰だか知らないだってよぉ〜?ギャハハハハッ!知ってるっちゅーの! 最弱の勇者様ぁ!」
「気にせずに行くぞ」
ジルがレゼを促し先に進もうとするも、ジルよりも2回りは大きい騎士が前を塞ぐ様に立ち、腰を曲げジルに目線を合わせる
「おっと〜、先に行くならさぁそのお嬢ちゃん置いてってくれよぉ、待ってる間遊んでてやるからさぁ?」
「うっ!? 息が臭い……コイツはちゃんと歯を磨いているのか? そこいらのアンデットよりも臭うぞ」
「あぁ!? てめぇ!! 何言っ……ぐぁっ!?」
「臭い……臭い臭い臭い臭い臭い!」
ジルが目の前にある騎士の顔を左手で掴むとギリギリと力を入れていく。
幾つもの強化魔法を常時発動、維持していても全く問題無い魔力量を誇るグレイラックは息をする様に数種類の強化魔法、防御魔法などをかけている。
およそ人間には出せない万力のような握力に顔を掴まれた騎士は情けない声を上げ、必死にこれを外そうと踠くが一向に外れる気配はない。それどころか益々力は強くなりメキメキと骨が軋み出している。
「あがががっ!! やめっ……ろっ!! はなじで……」
「お、おい!? 何やってんだテメー!!」
異常な事態に気付いた他の騎士が止めに入ろうとした時に、バキッ!! と砕ける音が響き、室内に一瞬の静寂が訪れる。
「ギャァアアアァ!!」
ジルが手を離すと頬骨が砕かれ一回り細くなった顔の騎士は目や鼻から血を流しながら絶叫する。
「死にはしないだろう。大袈裟な奴だな」
「……ジル様、私より手が早いのでは?」
「何を言っている。一度は大目に見ただろう?」
「テメー何しやがった!?」
残る騎士3人が帯剣していた剣を引き抜き構える。
「おやめなさい!!」
女性の大きな声が響く。声のした方を見ると大広間の奥の扉から黒い修道服に身を包んだシスターが現れる。
「一体何を騒いでいるのですか?」
「シ、シシリー様……こ、コイツがいきなり手を出して来て!!」
シシリーと呼ばれた大きな丸眼鏡をした妙齢の女性は、騎士達の反応を見るに年の割に高位の役職なのか、もしくは見た目よりも実際の年齢は上なのかわからないが、その大きな瞳で辺りをぐるりと見回すと
「怪我人を救護室に連れて行きなさい。勇者様はどうぞコチラへ」
「ちょっ!? コイツ攻撃してきたんですよ!」
「……沙汰は追って出します。今は早く怪我人を連れて行ってあげなさい」
「くっ!」
3人の騎士達は忌々しそうにジルを睨め付け剣を鞘に収めると、顔を潰された騎士を連れて去って行った。
「おかえりなさい、ジル。それで本当にアナタがあんな事をしたのかしら?」
シシリーは騎士達が部屋を出ていくのを確認すると、穏やかな表情でジルに語りかける。
その反応で、この女性は生前のジルを知る者だとグレイラックは気付いたが、その関係性を即座に確認出来るほどジルの記憶を探る事は出来なかった。
なのでグレイラックは当たり障りの無い受け答えに終始する。
「ん? あぁ……はい……それは……」
「どうしたの? ふふっ、まぁいいわ、ヴォルト猊下の言う通り強くなって戻ってきたのね。猊下は執務室でお待ちしてますよ」
そう言って微笑むシシリーの後を付いて2人は枢機卿であり、今回の任務を与えたヴォルトの居る執務室へと向かうのだった。
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