第3話 新たなる発見


 それにしても厄介だ。ジル・アークに憑依したグレイラックは心の中で舌打ちをする。


 光の女神の加護が強いと聞いていたが、想像以上に光の気運に満ちており、闇の眷属たるリッチになったグレイラックとしては大変居心地の悪い憑依先であった。


 ──この身体では死霊属性は勿論、暗黒魔術も使えそうにないな……反面、神聖魔術は使えそうだな。   

 ただ……あまり高位の神聖魔術を使うと俺の幽体がダメージを受けそうだが……


 それよりも……グレイラックを本当にうんざりさせたのは女神の加護では無かった。


 これが、一目で俺の憑依を見破れた理由か……


 グレイラックの視界には目に映る物に被る様にして自然界に存在する精霊が其処彼処そこかしこに見えてしまっている。


 ──見え過ぎる……


 大地の精霊、木の精霊、風の精霊、水の精霊……etc


 世界を構築する全てのものには精霊が宿るというが、精霊術師でもこんなに見えていないだろう。

 人を見ればエーテル体にアストラル体と何重にも重なりブレて見える。


 ──確かにこんな眼で見たら人間の身体に死霊が取り憑いていたら一発で分かる。それでバレていないつもりなら、俺は余程滑稽に映った事だろう。


 ──これは魔眼の一種か……精霊眼とでもいうものか……調整しないとまともに動く事すら難儀しそうだ。


 グレイラックは最初ジルの身体に憑依した時に身体能力の確認をしたが、愚鈍で弱過ぎると評価される程軟弱な肉体ではないと思っていた。

 人間を超越する程ではないが程よく鍛えられていてそれなりの身体能力はありそうだった。


 それに加えて強力な女神の加護や精霊眼まで持てば充分に勇者の器だったろう。


 普通ならば。


 精霊眼を強力な女神の加護がオーバースペック化してしまっているのだろう、見え過ぎる眼は逆に足枷でしかない。


 ただそれは普通の人間ならば、と言う話だ。

 大魔導師であるグレイラックならば、問題はない。

 第三の眼サードアイと言う魔術を使い、ジルの視覚を使わなければいいだけだった。


 第三の眼サードアイは魔法により創り出した不可視の眼を飛ばし、戦場を俯瞰的に観たり、死角に飛ばして状況を探る魔術である。

 グレイラックはそれをジルの眼球の位置で固定して使用する事により視覚を確保したのである。


「全く、色々と面倒な身体だが街に行くぐらいならなんとかなるか。そろそろ出発しよう」


「はい、ジル様」


 レゼは「こちらです」とグレイラックを促して街へと向かう道を歩いていく。


 かくしてアンデットになった女の子と化け物に憑依された勇者の死体の物語が始まる。




☆☆☆☆☆☆☆



「なぁ……確かに長い間洞窟に篭っていたが……これは一体……」


「ジル様は大帝国時代の生まれでしたっけ? 授業で習った歴史ですと、大帝国は今からおよそ2000年程前に滅んだと習っております。2000年も経てば大分様変わりしているのでは?」


 以前は大帝国の領土であり、その後幾つかの国が興り滅びと統合を繰り返し、現在のケイオスヘブンという国になっている。

 総人口6000万人、ここ首都ケイロスには500万の人々が暮らしている。


 大通りは綺麗に舗装されており、時折、魔石のエネルギーで動く魔導車が行きかう。

 大通りの両側には様々な商店や飲食店等が建ち並び、大勢の人で賑わっている。

 魔導列車も都市内を巡っており、広いケイロス内の人々の移動を手助けしている。


「俺が居た時代にはこんな乗り物も、あんなに背の高い建物もなかったぞ……なっ!? 空に船が!?」


「あれは魔導船ですよ。 船も車も列車も鉱山から採掘される魔石からエネルギーを抽出して動かしているんです」


 レゼがジルの視線の先にある空飛ぶ船について説明をしてくれる。


「凄いな……しかし想像以上に面白い事になっているじゃないか!! これなら新しい魔術理論なんかにも期待が持てるぞ!」


「それなんですが……ケイオスヘブンがこの一帯を平定してから国家間の争いは殆どなくて、冒険者や魔導師達の数は凄く少なくなっているんです」


「そうなのか? モンスターとかはどうしているんだ? まだいるんだろう?」


「モンスターはまだまだ居ますが、軍や教会騎士達や冒険者で対応できる程度です。 それよりも今は人間同士……特に超越者と呼ばれる人達が犯す犯罪の方が問題視されていますね」


「超越者?」


「そうです。ただの人間の犯罪者ならそれ程問題ではないんですが、超越者ともなると殆どが私の操銀クイックシルバーの様に汎用魔術ではない固有の魔術を使う者で、さらにその能力が極めて高くて人間を超えていると言われる様な人達です。逸脱者ともいわれてますね」


「ほぅ、固有魔術ね。面白いじゃないか。でもレゼの操銀クイックシルバーだったか? それは以前にも似た魔術を見た事があるな? 確かソイツは銀に自分の血を混ぜて使っていたけれど。手合わせした事はなかったけど中々の強者だった筈だよ」


「へぇ、もしかしたら私のご先祖様かも知れませんね! 固有魔術は遺伝するそうなので。あっ! あのタクシー空車です、乗って行きましょう!」


「タクシー? 空車?」


 レゼが大通りを走る1台の魔導車を大きく手を挙げて呼び止めると、ジルの手を引き乗り込んでいく。


「1区の大聖堂までお願いしま〜す」


「あいよ」


 レゼが手短に目的地を伝えると運転手の男性は一瞥して短い返事を返す。


「凄いな……馬車より速いし、揺れが少ない……これの動力が魔石なのか?」


 グレイラックが走りはじめた魔導車の窓に齧り付いて外を眺める。


「ふふっ、そうなんです! まだまだ地方は魔導車も少ないし、道も舗装されてない所が多いけど、このケイロスは大体こんな感じです」


「なんだい、兄さんお上りさんかい? 初めてケイロスに来ると皆んなそんな顔すんだよな。ふぅ。ところでよぉ、お嬢ちゃんはえらいベッピンさんだが2人はどんな関係なんだい?」


 中年の運転手が紙巻きタバコに火を付けながらルームミラー越しに話しかけてくる。


「わぁ、ベッピンさんだなんてお上手ですね! 私とジル様の関係ですか? えぇー何だろー? 1発で殺られたっていうかー……」


「1発ヤラれた……? あちちっ!!」


 レゼが頬を染めクネクネしながら誤解を生むような解答をすると、やはり誤解したのか運転手はタバコを口から落としてしまう。


「おい! 語弊を招くような言い方はよせ……ただの眷属だろ」


「むぅ……」


「へ? けんぞく? 親族みたいなもんですかい?」


「まぁ……かな?……」


 さっきまで口元をニヤケさせていたレゼはジルの素っ気ない言葉に頬を膨らませていたが、親族扱いに又もや口元をニマニマさせている。


 ジルはそんなレゼを見て小さく息を吐く。

 想像よりも感情が豊かな娘なんだなと思い直した。


 成り行きとはいえ初対面で殺して、更にはアンデット化してしまったが、本来この娘は人間の社会で同年代の友人や恋人と過ごすのが幸せなんだろう。

 用が済んだら本来の居場所に帰らせるべきだろうか……もっとも不老不死のアンデットは人間と同じ時間は歩めないだろうが……


 不貞腐れたり、花が咲いたように笑ったりと、コロコロ表情を変えるレゼを見てジルは以前、話し相手として自分で造ったカタコトで喋る木の魔物や延々と呪詛を垂れ流す人面牛や直接脳内に話しかけて来る毒舌妖精等を思い出し、最初から人間を使えば良かったと後悔していた。


「ジル様! 大聖堂が見えて来ましたよ! あの立派な建物が大聖堂です!」


 レゼが走る魔導車の窓を開け身を乗り出し、右前方を指し示すと、遠目からでも荘厳な造りが分かる教会が見えて来る。


「あそこで枢機卿に帰った事を伝えれば完了ですね!」


 レゼが強い風に銀糸の様な髪を靡かせながらジルに向かって微笑みかける。



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