第2話 勇者ジル・アーク
青い空、薄く山頂にかかる雲、気持ちの良い初春の風……そして2体の死体。
「どうしてこうなった……」
当初、自動反撃の即死のオーラで殺してしまった時はどうしようかと思ったが、勇者であると聞き、少し安堵していた。
グレイラックがまだ人間として、大帝国の宮廷魔術師として生きていた頃、冒険者は日常的に死んでおり、また生き返っていた。
死んだ人間を生き返らせる事の出来る神官も居たし、反魂の術を使う呪術師も居た。
そして即死対策のアミュレット等もあったし、自動復活のアーティファクトもあったのだ。
勇者なんて存在は何回死んでも蘇ってくる厄介な存在だったはずだ。
であるならばこの少年少女も何らかの即死対策はしている筈……
そう思ってグレイラックは自動反撃のオーラを切り、待っていたのだが、一向に起きて来ない。
「マジでしんでる……おいおい、なんで勇者が1発で死んでるんだよ!? そんなんじゃ魔物とだってまともに戦えないだろう? どうすんだよ、この死体…… 人間達と友好を築いて新しい魔法や技術がないか探ろうとしたのに、勇者殺したらまた人間に追い回されるじゃないか!」
これがただの一般人だったら適当に埋めておけば大丈夫だろうが、勇者だとしたら面倒だ……ここいらで消息を絶ったとなれば捜索隊が来るかも知れない。対象の居場所を探る魔術や追跡する術を使う者が居れば直ぐにバレてしまう……
「そうなったらまた洞窟に潜るか? いや……また何千年と引き篭もるのは飽きたな……でも、またオーディールみたいな奴が来たら厄介だ……」
グレイラックは以前に相対した27の命を持つ死ぬ程シツコイ英雄王を思い出し、暫くウンウンと唸ったあと何か思いついた様に目を開く。
「そうか! 死体に自分で帰ってもらえばいいんだ!! リッチになってからは神聖魔術は使えないから蘇生は出来ないが、レヴナント化なら出来る。そんで街に着いてから(息を)お引き取り願えばいいんだ!」
グレイラックは魔術の深淵を探究していただけあり、全ての魔術の心得があるが、リッチに変化した為神聖魔術は使えなくなっている。
代わりに暗黒魔術や死霊属性魔術は得意属性になっている。
その中で死体を動かす魔術は幾つかあるが、ゾンビ化だと、遺体の腐敗は止まらないし知能が無くなり、ただ生ある者を襲う事しか出来ない。
ヴァンパイア化も出来るが、知能も人格も残し強力だが、日中の行動に制限が掛かる為却下だ。
すると残るはレヴナント化だ。見た目は人間と変わらないし、生前の人格を残す。ただカテゴリー的には不死のアンデットになるが……
普通、死体をアンデット化しようと思うと熟練の死霊術者でも設備が必要になるが、グレイラックはとうに人を超越した存在であるし、何より自身がもう最高位のアンデットだ。
グレイラックが古代語による詠唱を始めると少年少女の死体の周りに魔方陣が浮かび上がる。
それは死霊属性を示す昏い光を放ち死体を包み込む。
一度大きく光ると、倒れていた少女がむくりと起き上がる。
「これは……」
自身の身体を触り、状況の飲み込めていない少女にグレイラックが軽い感じで話しかける。
「あー、なんか間違えて殺しちゃったんだけど、ごめんね。 眷属になったから俺には逆らえない筈だけど、説明は必要かな?」
「いいえ……説明は不用です。少し混乱しましたが……こうして眷属として甦らせて頂いたこと深く感謝いたします。今後は主様に誠心誠意仕えさせていただきます!」
そう言って少女は片膝立ちになり頭を下げる。
「よしよし。じゃあ早速、俺から質問なんだけど……なんでそっちの勇者君は起きて来ないんだろう? 術式は失敗してない筈なんだけど……」
グレイラックは銀髪の少女が従順さを見せると術の成功を確信するが、もう1人の少年が一向に起き上がって来ない。
「今代の勇者さま……勇者は光の女神の加護が特別強いと聞いています。もしかしたらそれによってアンデット化が出来ないのではないでしょうか?」
「えぇ……光の女神か……アンデット化出来ないとか……どうしようかな。死体を連れ帰って適当な言い訳してもらうか……うむむ……勇者が死んでたら適当には誤魔化せないかも……」
「それならば、主様が今している様にアンデット化ではなく死体に憑依という形で動かしたら宜しいかと」
「なるほど。憑依して街に帰り勇者が生きて帰ったアリバイを作り機を見て憑依を解き帰還する……面倒だがありだな」
☆☆☆☆☆☆☆☆
「どうだ?」
「どこからどう見ても自然な勇者ですわ。流石です」
グレイラックは少年の死体に憑依し、身体を動かしている。
「この少年の名前は……」
「えーと……ジム……ベル……ビル……」
少女は形の良い小さな唇に人差し指を当て思い出すようにブツブツと言っている
「なんで従者なのに名前知らないんだ? まぁ、死体の記憶を探ってみるから大丈夫だけど」
「すみません。興味がなくて……今回の遠征にあたり始めてお会いしましたので。それにその勇者は大変評判が悪く……」
「評判が悪いって? どういう事? えっと、名前はジルだな。ジル・アーク。君ははレゼ。合ってるかな?」
「はい! 合っております。えっと、その勇者は歴代の勇者の中でも断トツに弱く、愚鈍であり教会の騎士や冒険者達にも大変舐められていまして……なので、枢機卿に帯同を命じられてからも早く任務を終わらせる事しか考えていませんでした……あっ、でも主様の操る勇者はとってもカッコよくて偉大です!」
「ふぅ、そんな世辞はいらないよ。それよりも、俺はこれからジル・アークとして街に戻る。怪しまれないように、呼び方や話し方に気をつけるんだ」
自身も気づいていないが、人間相手には上手く喋れないグレイラックも相手がアンデット化した瞬間に普通に会話出来るようになっていた。
「わかりました。ジル様」
「ん? そんな呼び方だったか?」
「はい。生まれる前からこの呼び方でした!」
「生まれる前から!?」
アンデット化にはそれをした相手に絶対服従であり、敬愛の念を抱く傾向があるが、この少女には少しズレた方向で発現したようだ。
頬を染めてうっとりとした眼差しで少年を眺めている。瞳の中にハートが幻視出来る程だ。
「まぁいいや。ところでダンジョンに行くとか言ってたね?」
「はい。ジル様を鍛える為に大昔に廃棄されたダンジョンでも行ってこいとのヴォルト枢機卿直々の命令でした」
「ふむ。さっきから、教会騎士だの枢機卿だの聞くが、勇者の所属は教会なのか? ルミナリア聖教?」
「いえ、世界統一神聖会です。勇者は代々神聖会に所属し、各地の魔獣退治などを受けています。それとルミナリア聖教と言うのは聞いた事がございません」
「なんだそのいかにも怪しい教会は。そうか……いまはルミナリア聖教はもうないのか……」
グレイラックは生前に散々対立し、自分が大帝国を出奔するキッカケになった当時の主流の大宗教がよくわからない怪しい宗教に取って代わられていると聞き少し複雑な気持ちになった。
「まぁ、特にそのダンジョンから何か持ち帰る物があるとかじゃないなら行かなくて大丈夫だろう。さっさと街に向かおうか」
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