勇者はとっくに召されてる!〜間違えて勇者を殺してしまったので、勇者になりすまして無双します!〜

猫そぼろ

第1話 深淵の魔術師


 春が近づき、暖かな陽射しが大地を照らす。しかし、ユール大陸の北部に位置するこの場所ではまだまだ雪が残っており、春の陽射しを受けて、針葉樹に積もる雪がキラキラと輝いていた。


 高く聳え立つ山々は人類の生活には適さず、ユール大陸の北部へと人類を侵入させない為のまさに壁の役割を果たしていた。

 その山々の麓にちっぽけな掘立て小屋が建っていた。


 およそ人が住めそうもない隙間だらけの原木を組み合わせた出来であり、こんな寒い地域にこの家では暖を取る事も難しいだろう。

 きっとこんなあばら屋に住む様な人などいないだろう。もしも人が住んでいるならば、それは人の生活に憧れた人ではないナニカだろう……



 特に特徴もない、地味な顔をした黒髪の青年が、隙間風が吹くあばら屋の隣で斧を持ち薪を割っている。

 カーン、カーンっと小気味のいい音を響かせ、薪を次々と割って行く。

 しかし、既に生きた人間では無い青年は寒さなと感じない為、暖炉も風呂も必要がなくこのあばら屋にはそもそも、そんな設備は付いてすらいなかった。

 ただなんとなく、寒い地域の人間は薪を割っていたな、と言う生前の記憶から人間らしい行動を繰り返していただけだった。

 


 グレイラック・アレイスター それが青年の名前であり、今から約2000年程昔に存在した大帝国で深淵の魔術師と呼ばれた宮廷魔術師の名前である。


 グレイラックは魔術の素養に優れていたが、それ以上に魔術を極める事に心血を注いだ。

 宮廷魔術師であれば研究の資金は潤沢に使えたが、仕事も多く長時間拘束される事もしばしばあった。

 

 心ゆくまで魔術の研究に没頭し、魔術の深淵に触れたいと願うグレイラックは大帝国を出奔し、人の来ない北部山地の洞窟に篭り魔術の探究を進めた。

 しかし志半ばで寿命が尽きるのを嫌ったグレイラックは自らをリッチへと変化させる禁断の秘術に手を出した。


 そこから約2000年。様々な研究と実験により、増加し続けた魔力はただの洞窟を巨大な迷路に造り替え、様々なモンスターの跋扈する大迷宮へと成長させた。


 途中で話し相手が欲しくなったグレイラックは知能の高そうなモンスターを混ぜ合わせたり、掛け合わせたりして会話の出来るモンスターを生み出そうとしたが1体の完成品の為に無数の失敗作が誕生した。

 それら失敗作モンスターは大迷宮を守護するべく巡回し、時折りくる宝を求めた冒険者達を排除し続けていた。


「ふむ、そろそろ独りで出来る研究にも限界がきたな。たまには外に出て人間達が新しい技術や魔術を開発してないか観に行くか……」


 既に血肉は綺麗に無くなり白骨化した身体に幾つかの魔法の付与された装備を纏い、グレイラックは独りごちる。

 大迷宮の入り口まで転移すると、こんな時の為に【保存】の魔法をかけておいた冒険者の死体に憑依する。


 極々普通の黒目黒髪の青年だ。


 しかし、いざ人里に行こうとすると2000年間他人と接触していなかったグレイラックは尻込みしてしまう。


「うーむ、人と話すのは本当に久々だがちゃんと喋れるだろうか? 暫く森の中で人間らしい生活に慣れてから街に行こうかな……」



 そうして現在、使う必要の無い薪だけがうず高く積み上げられ、なかなか人里に降りて行かないグレイラックが額の汗を拭うフリをする。


「ふぅ。今日も日課の薪割り終了っと。そろそろ人間らしさをとりもどしたかな? いや、もしもバレて人間達に追い回されても面倒だ……ここはもう少し人間らしさを勉強してから……」


「すいませーん! あれ? すいませーん!!」


 グレイラックが独りでぶつぶつ言っていると、後ろから若い女性の声が掛かる。


「な、なにやつ!?」


「なにやつ?」


「あ、あぁ、いえなんでもな……ありません! なんだ……なんですか? 何の用だ? なんなんだ!?」


「ええっ!? えっと……あのー私達、ちょっと道に迷っちゃって。良かったら道を教えてくれませんか?」


 幾度となく繰り返した脳内シミュレーションの甲斐もなく、口調もあやふやな対応になってしまうグレイラックに対して、輝く銀糸の様な長い髪を横で2つ結びにしている少女が道を尋ねてくる。


「あ、あぁ……道ね。何処に行きたいんだ? まぁ、斯く云う私も魔導の道に迷い込んでいてね、現在も日々精進している……フフッ、まぁ軽く千年単位で迷っていてね……魔導の真髄とは? 極みとは? 深淵とは? そう自問自答する毎日で……」


「あぁ……いえ、そう言う道じゃなくて。 ここら辺に誰も近付かないダンジョンがあるはずなんですけど、知りませんか?」


「あーーー、そっち? そうだよね? 知ってた! 知ってた、知ってたよ〜。ダンジョン! ダンジョン道ね! ……ダンジョン? 近くにダンジョンなんかあったかな?」


「……なんか凄く大きなダンジョンらしいですけど、知りませんか?」


「うーむ、大きなダンジョン? ちょっとわからないな……そもそも俺も最近ここら辺に住み始めたばかりだからな……」


 銀髪の少女は怜悧な顔を胡乱気に歪め青年を見ている。


 グレイラックはキョロキョロと辺りを見渡して首を傾げる。

 そもそも2000年も外に出ていなかったのだ、辺りは以前とは様変わりしていた。


 グレイラックは外に出る時は入り口まで転移していた為、自身の過ごしていた洞窟が一時は大迷宮と呼ばれる程まで成長していた事すら知らなかった。


 すると、少女がやってきた森から少年の声が聞こえてくる。


「レゼさーん……まっ……待って……はぁはぁ……良かった、追いついた……」


「勇者様、いまこの人に道を聞いていたんです。でもどうやら知らないみたいで……」


 勇者と呼ばれた金髪の少年が大きく息を切らせて走ってくる。

 近くまで来ては大きく息を吸い、顔を上げた瞬間に少年は真剣な表情になり腰に吊った剣を抜き放つ。


「レ、レゼさん! 逃げて下さい! コ、コイツ人間じゃない!!」


「えっ!?」


 少年はそのままグレイラックへと斬りかかり、グレイラックまであと数歩というところで糸の切れた繰り人形の様に力無くその場に倒れ込む。


「ゆ、勇者さま!?」


「あっ、自動反撃のオーラ切り忘れてた……」


「勇者様に一体何を……」


「あっ、えっと……勇者様? 勇者だったの!? じゃあ一回ぐらい死んでも平気か……」


「何を言って……勇者様起きて下さい!」


 状況の理解出来ないレゼと呼ばれた少女は倒れ込みぴくりとも動かない少年と苦笑いしているグレイラックを交互に見やると少年に声を掛ける。


「あー、即死対策してるならそのうち起きると思うよ、ハハっ……」


「くっ、はぁっー!!」


 状況を理解したのか少女はグレイラックから距離を取りながら掌に銀色の球体を出現させる。それがグネグネと素早く剣の形を成し、振るえば鞭の様にしなり伸びて行く……そして……



「ちょっ!? だからまだオーラ切って無いって……」


 伸びた剣はグレイラックに辿り着く前に勢いに無くして地面に落ちると銀色の液体になり飛び散った。

 意識を無くした様に前のめりに倒れた少女を見ながら呟いた。


「あぁ……これ射程限界無しの自動反撃オートカウンターなんだよね……」



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