Interlude02 旭お兄ちゃんとの時間

 さて。

 旭さん改め旭お兄ちゃんと一緒に暮らしてみて分かったが、彼は第一印象の通り、優しくて気遣いができる人だった。新しいお父さんの優斗さんも同じく善い人だ。新しい家族との生活は、とても楽しかった。

 それとともに、旭お兄ちゃんへの想いも日に日に大きくなっていく。昔のお兄ちゃんと同一人物ではないのを分かった上で、かつては無自覚だった恋心が、今度は旭お兄ちゃんに根を張って育ち始めた。

 とは言え、相手は兄である。血の繋がりはないものの、今はもう家族だ。恋愛感情を抱くべき相手ではないことくらい弁えている。

 旭お兄ちゃんの方は、亡くなった妹さんがわたしそっくりらしく、その分まで兄としての役目を果たそうと躍起になっているようだった。なら尚更、私が妹の枠を踏み越えるのは良くないことだろう。私は、旭お兄ちゃんの妹になろうと頑張った。

 旭お兄ちゃんが好き――ただし兄として。

 もっと一緒にいたい、仲良くなりたい――勿論兄妹として。

 胸が高鳴るたび、胸が焦がれるたび、自分に何度も何度も言い聞かせて過ごしてきた。

 それでも、月日を重ねるうちに、膨らんでいく想いは徐々にしまい続けることが困難になっていった。そもそも私はこれを恋心と自覚しているのだから、自分を偽ったところで大して効果があるわけもない。単に我慢しているだけだ。お預けを食らっているだけなのだ。

 と半ばキレ気味に独白したところでやはり意味はなく、ただ悶々とするしかない。

 せめて、自分の気持ちに気づいていなかった頃のように振る舞えたら、少しは我慢が利くだろうか。普通の妹として、旭お兄ちゃんの頑張りに応えられるだろうか。そう思って、旭お兄ちゃんに懇願し「お兄ちゃん」と呼ばせてもらった。

 結論から言えば逆効果だった。

 かつてのお兄ちゃんに、私は触れたことも、触れられたこともなかった。だからこそ、「お兄ちゃん」の体に縋り、撫でてもらえたことで、お兄ちゃんに対する気持ちの大きさを再認識することになってしまった。とてつもなく好きだった。

 結局私の心が落ち着くことはなく、むしろ旭お兄ちゃんを嫌な風に刺激しただけに終わってしまった。悪夢に魘される旭お兄ちゃんを見て、深く後悔した。

 そのときにもう一つ気づいたことがあった。旭お兄ちゃんは、私と光莉さんを重ねて見てしまうことに苦しんでいる……ように思える。なら、光莉さんとは違う振る舞いが出来れば、旭お兄ちゃんの苦痛は和らぐかもしれない。

 意図して今と違う私を演じることは、多分無理だ。私はそこまで器用じゃない。でも、旭お兄ちゃんが光莉さんとどんな風に過ごしていたか、どんなことをしていなかったかを知れれば、私にとって自然な振る舞いの中でもどんな面を表に出せばいいか分かるかもしれない。

 旭お兄ちゃんがいないときを選んで、お父さんから昔の話を聞いた。お父さんにとっても、亡くなった娘の話をするのは辛かったかもしれない。けど、旭お兄ちゃんとの仲をぎくしゃくしたままにはしたくなかった。お父さんもそれを感じ取ってくれたのかもしれない。

 最初にしたことは、一緒に買い物に行くことだった。光莉さんと二人だけで出掛けることは殆どなかったと聞いたからだ。お母さんへのプレゼント選びもそう。私も元々は、一人親の頃と同じようにお祝いするだけのつもりだったけど、折角の再婚後初めての誕生日なのだし、プレゼントがあってもいいなと思い直した。


 正直、私は開き直っていたのだと思う。

 兄に恋心を抱いているという、普通ならあってはいけない状況にも、「そうなんだから仕方ない」くらいに思っていた。長年、実在しないお兄ちゃん相手だからこそ許されていた慕情が、そっくりそのまま新しい兄に移ってしまった現状を、正すべきことだと考えていなかった。

 自分一人の胸に隠して、時が経つのを待って。そうしたら何かの拍子に、この想いを明かして、報われるチャンスが来るかもしれない。そんな無根拠な期待を抱いていたのだと思う。

 買い物に出掛けた先で、東雲香月という女性に出会うまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る