第十二話 相談
意外なことに、と言うべきか。旭と美鶴の意見は殊の外割れた、
「あ、これ。これとかいいんじゃない? 濃い藍色で落ち着いた感じだし」
「んー、でもモチーフ朝顔でしょ? ちょっと季節感強すぎないかな。それに柄が結構大きいから、昔のプレゼントと近い雰囲気にならない?」
「うー、そう言われるとそうかも……」
旭の指摘を受けると、直前から一転して渋い表情になる美鶴。一方で旭が売り場に手を伸ばすと、横で見ていた美鶴が目を眇め、
「旭お兄ちゃん、それはちょっと地味過ぎない? 端っこにブランドの刺繍は入ってるけど、それ以外仕事用と変わらないし、それこそ平日用と混ざっちゃうよ」
「や、やっぱりそうかな」
と、すごすご手を引っ込める事態に陥った。
思えば、誰かに贈り物をした経験が、旭にはほとんどない。両親の誕生日は夫婦が互いにお祝いを準備していたし、自分から母や父に何か用意したことはなかった。
他方、美鶴に関しては想像でしかないが、件の花柄のハンカチの痛み具合からすると、贈ったのはかなり前、もしかすると十年近いかもしれない。一人親時代には金銭面で苦労をしていたことは晴美の言からも察せられるし、やはり贈り物をした経験は決して多くないのではないか。
自分の好みとは別の基準で『贈った相手が喜んでくれそうなもの』を用立てる難しさが、今更ながらに理解できた。眉根を寄せて唸る美鶴も同じようなものと思われた。
「むむむむむ……」
なかなか膠着状態を打開できずもどかしいのか、美鶴が眉根を寄せながら唸る。こういう表情は晴美もたまにするな、と旭は感想を抱いた。
「よし。じゃあ、幾つか理想の条件を並べてみよう」
おもむろに旭はスマホを取り出し、メモ帳のアプリを立ち上げながら提案した。彼の言わんとすることが分からず首を傾げる美鶴に、旭は白紙の画面を見せながら、
「例えば、色は?」
「落ち着いた色かなぁ。藍色とか、紫とか。藤色とかもよくない?」
「濃い目の緑とか若草色は?」
「あー、それもいいかも」
質問を重ねると、美鶴も旭の意図が分かったらしい。表情が柔らかくなっていく。旭はスムーズに指を走らせ、話し合った内容をメモに残していった。
数分後、柄のモチーフや大きさ、数などを相談した結果を記し終えた旭は、メモをコピーしてメッセージアプリに貼りつけた。そのまま美鶴に送信。
「十五分くらい、別々に売り場を回ってみよう。良さそうなのを幾つか見繕って、その候補の中から結論を出すってことで」
「オッケー!」
旭が言うと、美鶴は親指を立てて応じた。
頷き返した旭が一旦その場を離れようとしたとき、何気ない調子で美鶴が呟く。
「やっぱり旭お兄ちゃんに来てもらって良かった。こういう賢い進め方、私にはできないから」
「そんな大層なことじゃないよ」
憧れにも似た感情を滲ませた声に、思わず苦笑が漏れる――そうしてから、旭は不意に冷めた思考を巡らせた。
そう、ある種の憧れなのだろう、美鶴が旭を何かと過大に評価しがちなのは。自分を助けてくれる『兄』という存在を眩しく見ている。そうであるはずという理想が先走っている。その期待、憧れは旭にとって重石である一方、『美鶴にとっての良き兄』の指標でもあるはずだ。易々と否定するわけにはいかない。
(既に一度、手酷く期待を裏切っちゃったわけだけど)
表情以上の苦みは胸中に押し留め、せめて、とばかりに旭は続けて口を開いた。
「美鶴こそ、母さんの誕生日プレゼント選びに誘ってくれてありがとう」
「えっ?」
「こういう言い方は変に聞こえるかもしれないけど、家族らしいことさせてくれて嬉しいんだ。家族がいる実感が得られるのが、嬉しくて、楽しい。だからありがとう」
驚きの表情で固まった美鶴に、少し迷ってから、旭は手を伸ばす。一度、二度と頭を撫でた。
子供扱いされたような気分になりはしないか。若干の危惧はあったが、杞憂だったらしい。手をどけた旭が目にしたのは、頬を赤らめつつ相好を崩した美鶴の表情だった。
「えへへ……旭お兄ちゃんが嬉しいなら、やっぱり誘って良かった」
「……うん。じゃあ、また後で」
一瞬だけ、もう一度手を伸ばしかけた。それを律して、旭が一時の別れを告げる。
「うん。また後で」
美鶴は笑顔で頷いて、彼と同じ言葉を返した。
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