青春を求めて

「お前さぁ……レッド相手に喧嘩売るなよ」


「カイルは許せるのか?」


「許せないけど……相手が相手だろ。決闘になってたらどうしたんだ?」


「あんなクズ共に負けるわけねぇだろ! それに、勝てねぇからって引くのは違うだろ」


 ゼストは苛立ちを隠すことなく握りこぶしを壁にぶつける。


 コンクリートのような硬い素材でできているため音はしないが、ぶつけた痛みを想像するだけで顔が強張る。


 昼休みに二人で食堂へ行く途中、一人の女子生徒が二人の男に詰められているところを目撃した。


 ゼストはブルーの中では珍しくランクカーストをよく思っていないので、不当に詰められている女子を助けるべく現場に突撃していった。


 最初はゼストのガッシリした体格に男たちは怯んでいたが、ゼストのランクを聞くと手のひらを返したように自分たちがレッドだと威張り始めた。


 だが、ゼストがランク差に臆することはなく、自分は臨戦態勢だと指の骨を鳴らしてみせる。


 その圧に耐えられなくなった一人がもう一人に耳打ちすると、「今に見とけよ。レッドに逆らったこと後悔させてやる」と吐き捨ててどっかに行ってしまった。


 このようにゼストが先走っていくことは今の一度だけというわけではなく、怪しい状況を目にすると飛び出してしまう。


 そのせいでブルー以上の生徒からは白い目を向けられるため、イエロー以下の生徒からも他の上位ランクの生徒の目を気にして関わろうとはしない。


 それはゼストと一緒にいる俺にも言えることであり、おかげで友人と呼べる存在はたった一人だけだ。


 ヒーロー気質なことはいいが、友人としては無鉄砲なのは控えてほしいところだ。


「……そうだよな。俺はどちらかといえば弱者側だから何もできないけどね」


「そんなことないだろ」


「いやいや、農作業してたおかげで筋肉がついているだけだよ。それにさっきの子と同じイエローなんだからさ」


 男たちを追い払った後、女の子に事情を聞くと、痛い目に遭いたくなかったら……とランクを使って脅してきたらしい。


 言葉を濁す彼女に野暮なことを聞いてしまったと俺は謝ったが、ゼストは分っていないようで詳細を聞こうとしたところを


 女の子からお礼をさせてほしいと提案されたが、大したことはしていないとゼストは頑なに断った。


「実践の授業とか見てる限りだと動けている方だと思うんだけどなぁ」


「でも、魔法の才が平凡だからな」


 納得しないように腕を組むゼストを連れて残り半分となった昼休みに焦りながら食堂へと急いだ。


▼▽


 この世界が夢物語ではなく現実であると実感し、チート無双とハーレムの夢を俺は諦めた。


 自分が強くなればなるほど強大になっていく敵たちとの死闘も、女の子たちの争い種の火になることも想像するだけで俺には荷が重い。


 そうしてどう生きていくのか悩んだ末、俺は前世より少しだけでも幸せな人生を送ることを目標とした。


 それはこの学園生活でも言える。


 天下無双の学園最強にも、モテモテの学園の王子様にもなるつもりはない。


 ただ前世で掴めなかった青春を味わってみたいのだ。


 勉学に励み、学園行事を楽しみ、友人と遊び、恋人を作る。


 四つとも前世の世界でもできることだからこそ、この王道魔法ファンタジーな世界の学校でやりたいんだ。


 最強もモテ男もどうだってい……いことはないけど、高望みは捨てよう。


 学園生活における目標は卒業するときに後悔がない学園生活を送れたなと満足すること。


 そのためには、自分の立ち位置に気を配らないといけない。


 俺は物語の主人公のように周りから避けられても堂々としていられる自信は無いし、自分の意思を貫くこともできない。


 だから、決して目立つようなことはやりたくない。


 いじめられている生徒がいても庇ったり、相手を倒そうとしたりはしない。


 それで相手と決闘にでもなった場合、負ければ言いなりになり、勝てば他の生徒の関心を買い、更なる面倒ごとのきっかけに繋がるだろう。


 そのようなことが続けば、自分の身を守るために魔法を行使しなければならない事態に陥り、俺のチート魔法を公衆の場で大々的に晒さなければならなくなるかもしれない。


 それだけは絶対に避けなければならない。 


 さもないと、当初予定していた強敵たちとの死闘ルートに突入し、絶体絶命の危機を味わうことになるかもしれない。


 それ以外にも、マンガやラノベで読んできた知識を用いると、目立つことによって起こるデメリットが次々に浮かび上がってくる。


 そのことから学園生活を謳歌するには強くもなく弱くもない一般人モブを演じていたほうが身の安全と自由を確保しやすいということに気がつけた。  


 時間は有限と分かっているからこそ無駄な争いにかける時間を減らし、たった四年間の青春を満喫できるようにしなくてはならない。


 だからこそ、休日はくだらないショーを見るよりも友人と遊びに行く方を選ぶ。


 今日はゼストと一緒に筋トレをする約束をしている。


 一緒にと言っても俺がゼストに教えてもらうといった形になるだろう。


 男臭いなとは思うが、これも青春の一ページだよな〜と浮かれながら玄関の扉を開ける。


 雲一つない青天井の下、俺は待ち合わせ場所の公園へと駆け出した。


▽▼


「そんな……グリーンごときにこの私が……」


 格下に負ける屈辱に顔を歪める男。


 まさかの結末に観客のほとんどが息を呑んだ。


「すごいよユウマ! まさかレッドに勝つなんて!」


「友達を馬鹿にされたんだから意地でも勝つよ」


 ユウマと呼ばれた男は応援してくれた女の子に笑ってみせる。


 女の子も嬉しそうにピースサインを返す。


「約束通り、僕の奴隷になってもらいますね。よろしくお願いしますよ、ゴーシュ君」


 グリーンの生徒がレッドに勝つ。


 学園にとって面倒な事態が起きてしまった。

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