同じ理由

「グリーンのくせに俺たちレッドの言うことが聞けないってさ〜、冗談だよ、ねっ!」


「ははっ、壊れちゃうって」


「いやいやいやいや、これでもちゃ~んと手加減してあげてるよ。これから奴隷として扱き使うのに壊しちゃ意味がないだろ?」


 三人の男子生徒が一人の男子生徒を一方的に殴っていた。


 その光景に多くの視線が集まっているにも関わらず、男たちは非道徳的な行動をやめない。


 どうしてか? それは至って単純な理由で説明がつく。


 ここにいる人間が傍観者だけだからだ。


 サンドバッグ状態の彼を面白がる者、次は自分が……と恐れる者、助けたいがレッド相手にかなうわけがないと諦める者、特に興味はないが同調しておく者――


 それぞれの立場からこの状況を判断し、その選択を取ったのだろう。


 床の上で這いつくばった彼を眺めるだけで誰一人として彼に手を伸ばそうとしない。


「たす…け……」


「え? なんで助けを求めてるの?」


「勘違いするなよ。お前が俺たちの奴隷になるって言えばいいだけなのに、さっ!!」


 男が脇腹を蹴る。


 蹴られた部分を痛がるように手で抑え、倒れ込んだグリーンの生徒に残りの二人が回復魔法をかける。


「後で代われよ」


「分かってるって」


 回復魔法を施していた二人が彼を立ち上がらせ、両腕を抑えると、脇腹を蹴った男が拳を振るう。


「なり、ま――」


「聞こえないな〜」


 降参の意思を見せている彼に聞く耳を持たず、何度も何度も胴体だけでなく顔に向けても殴打を繰り返す。


 殴られた生徒の鼻や口から血がぽたぽたと垂れ落ちていく。


「いくら何でもやり過ぎだろ」


 誰かが呟いた。


 誰に聞かせるでもない独り言のはずだが、それに共感するように俺は頷く。


 殴られた部分を回復魔法によって急速に回復させてまた殴るの繰り返し。


 殴られ続けていることも危険ではあるが、それよりも回復魔法を受け続けていることの方が心配だ。


 この世界の回復魔法は決して万能薬ではなく、付与する者の魔力と受ける者の体力を引き換えに傷を治す。


 簡単に説明すると、本来ある肉体の修復力では何日もかけて塞ぐものを魔法によって急速に加速させて数秒で塞ぐのだ。


 そのため、両方の過程で回復魔法を受ける者が失うエネルギーの総量は等しく、回復魔法に耐えるだけの体力が無ければ、逆に寿命を縮める結果につながってもおかしくない。


 すでに殴られることに反応を示さなくなった彼の状況から考えると、このまま死ぬ可能性だってある。


 そのことに気付いている者も少なくはないだろう。

 

 だが、誰も止めない。


 通り過ぎていく教師たちも見て見ぬふりをする。


 強者によって弱者が淘汰される構図を先生たちも黙認してしまっているのだ。


(どれだけ腐ってるんだよこの学校は……)


「これでラストな。特別に俺の魔法を見せてやるよ。猛き焔の獣よ――」


 男は魔法を詠唱し始める。


 文言からして火属性の魔法だろう。


 徐々に魔力が彼の掌に集約していく。


(やっと魔法を撃つのか)


 この世界の人間はなぜか力を誇示したがる。


 魔力量を火力という目に見える形にすることで自分がいかに優秀なのかを知らしめるのだ。


 だから、完膚なきまでに相手を圧倒しようとするために自身が得意とする魔法で決着をつけようとする。


「――焼き尽くせ。炎砲弾フレイム・シェル


 放たれた火球は一直線にぐったりと覇気のなくなった彼の胴体に命中――――することはなかった。


「っ!? ……ナ」


 納得できず何か言いたげな様子で男は床に伏す。


 その光景にグリーンの彼の腕を抑える二人を含めこの場にいるほとんどが啞然とし、誰一人として言葉を発しなくなった。


「……だっさ」


「まともに魔法も使えないくせに調子乗るなよ」


「コネ入学でよく威張れたなぁ」


「自滅はグリーン以下だろ……」


 一人の沈黙を破る声を皮切りに各々の感情が漏れ出す。


 男が放とうと魔法は発射される直前で爆発し、自分の魔法の餌食となってしまったのだ。


 そう、彼は自滅したのだ。


 入学試験の内容から考えて、まともに魔法が使えない時点で入学できないことを知っているため、レッド認定されている人間が詠唱失敗している様を皆口々に蔑み始める。


「テメェ何しやがった!!」


「…………」


 左腕を抑えていた男がグリーンの生徒の胸ぐらを掴んで声を荒げるが、何も言わないどころかピクリとも動かない。


「そんな状態の彼が何かできるわけ無いだろう。彼を解放してもらおうか」


 生徒の間をミゲル先生が割って入っていく。


 この凄惨を見て、誰かが助けを求めたのだろう。


「いくら実力至上主義とはいえ、人の心無き者が卒業できるとは思っていないだろうな」


 腕を抱えていた二人を睨みつけるとグリーンの少年を魔法で浮かせ、保健室の方向へと去っていった。


 それに合わせて生徒たちも次の授業が行われる教室へと散り散りになっていく。


 両腕を抑えていた二人もそれに紛れるように姿を消し、倒れた男は放置された。


 残念なことに、この学校の制服は全属性耐性付きというハイエンド仕様なので服が燃えて灰となることはなかった。


 この出来事は放課後には学園中に広まり、レッドの恥の一人として鼻で笑われる存在となった。


 レッドの恥と呼ばれる者は複数人いるが、彼らは総じて自業自得だろう。


 彼らがグリーンの生徒を目障りと思ったように、不当な理由で暴力を振るった彼らが気に食わない人間もいるということだ。

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