第20話

 前回までのあらすじ。天使様が義理のゴスロリ妹になった。改めて考えると正気を疑う出来事だな…… 


「家族ごっこをするのはわかりましたが、具体的に何をするつもりですか?」


「そうですね、まずは呼び方を変えましょう。家族ごっこをしている間は、私は天宮さんのことを兄さんと呼びます」


「とても違和感がありますが……わかりました」


「天宮さんも私のことを彩羽と呼び捨てで呼んでください」


 彩羽さんがまたハードルの高いことを言い出した。ぼくはずっと押されっぱなしだ。そろそろ拒絶すべきではないだろうか。


「えっ……流石に呼び捨ては失礼というか、恥ずかしいというか」


「何言っているんですか、家族でさん付けで呼ぶなんてあり得ませんよ。ほら、呼んでみてください!」


「い……」


「い?」


「いろは……」


「ふふーん、いいですね!より仲良くなれた気がします!」


 彩羽さんは嬉しそうにそう言った。仲良くなるたびにぼくの精神が削れていくのは気のせいだろうか。


「今更ですが、幼馴染ごっこでも良かったかもしれませんね。天宮さんのことを名前呼びするのもちょっと憧れます」


「別にいいですよ、ぼくのこと名前呼びしても」


「あっ……そ、その、実際やるのは私の心の準備がまだできてないというか……」


 彩羽さんは自分のことは棚に上げまくっている。ぼくだけが一人苦しんでいる。理不尽だ。


「ま、まぁいいじゃないですか、今は家族ごっこなんですし。それより、次に何をやるか決めましょう!」


「まだ何かやるんですか?」


「とーぜんです!とりあえず家族としてどこかにお出かけしたいのです。例えば、海に行くのはどうでしょうか?もう随分と暑くなってきましたし、折角水着も買ったので」


「海、ですか。ぼくも行ったことはありませんが、いいですよ。でも、結構混雑してるんじゃないですか?」


 ゴールデンウィークに行ったキャンプでは、キャンプ場はかなり空いていたので問題なかったが、夏の海はかなりの人混みなんじゃないだろうか。


「そうなんですよね……なので、朝早くに海水浴場の端の方に行きましょう。もしそこでも人が多くて無理そうならば諦めるということで」


「それならいけるかもしれませんね……わかりました。行くのはぼくが夏休みに入ってからでいいですか?」


「はい、それでおっけーです!えへへ、楽しみですね!」


 彩羽さんは嬉しそうにそう言った。近づける理由をさぐるため、という目標を忘れて楽しんでそうだ。ぼくがしっかりしてないといけないな……



――――



 夏休みに入ってすぐ、ぼくは朝早く一人海へと電車で向かった。バスも乗り継ぎ、海へ到着したが、朝早くにもかかわらずそこそこ人が居るようだ。ぼくはまず更衣室で水着に着替え、人混みがなくなるまで海水浴場の端へと歩いて行った。


 海水浴場の端、もう岩場がすぐそこに見えているあたりまで歩いて、ようやく人が少なくなってきた。ここなら彩羽さんが来られそうだ。ぼくはスマホを使って彩羽さんに連絡をとった。すぐさま臨時ポータルがひかり、彩羽さんがやってきた。


 彩羽さんはこの前ゴスロリショップで買ったビキニを着ていた。試着の時も見たが、太陽光のもとで見るとさらにかわいく見える。髪の毛は相変わらずボサボサで少しくすんでいるが、それでも輝くような肌、すらりとした脚、華奢な肩と腕、魅力的なおなかとおへそが眩しく、直視するのが恥ずかしい。


「じゃーん!彩羽ちゃんの降臨です!わあ、いい風景!」


「そうですね、快晴で気持ちいいです」


「まさに海日和だね!それで、私に何か言うこと、あるんじゃない?」


 期待に満ちた目で彩羽さんはぼくの方を見つめてきた。これは、あれかな、水着姿を褒めてほしがっているのだろう。そのくらいはなんとかわかる。


「え、ええ、とても水着が綺麗ですよ。よく似合っています」


「んー、嬉しいしあってるけど違う!私たち、家族ごっこ中でしょ!もっとフランクに!」


「う……と、とても似合ってるぞ、い、彩羽……」


「それでよし!えへへぇ……」


 彩羽さんは照れながらも嬉しそうだ。ぼくもかなり恥ずかしい。でも彩羽さんが喜んでくれるなら頑張るしかない。


「それじゃ、定番の仲良しドキドキイベントそのいち、日焼け止め塗り、しよ!」


 彩羽さんはレジャーシートを敷き、その上にうつ伏せに寝そべってそう言った。もしかして、ぼくに塗らせるつもりか。アニメとかではよくあるイベントだから、やりたかったんだろうな。


「やる気まんまんなのはいいけど、無理じゃないか?ぼくは彩羽に触れないんだぞ?」


「んー、なんとかならないかなぁ。背中はどうしても自分で塗れないから、試しにやるだけやってもらっていい?」


 デッキブラシみたいのがあれば塗れるとは思うけど、床じゃないので流石に使うわけにはいかない。準備もしてないし。


 困ってしまったが、とりあえずぼくは彩羽さんの背中に日焼け止めを垂らしてみた。


「試しに彩羽の背中で日焼け止めを伸ばしてみる。よっ……」


 10センチ離れてしまっているが、彩羽さんの背中を撫でるように力をくわえてみた。


「ぐ、ぐえっ」


「ご、ごめん。力入れすぎた。あ、でもちょっと塗れたかも。もう少し我慢して」


「が、我慢して、って。もっと優しく……ぐえ!うっ、おっ、おっ…………おほっ……おほぉ……」


「いけるかも……もうちょっと、端の方まで……よっ」


「いたいいたい!指圧!指圧になってる!ぐぐぐっ……」


 彩羽さんはカエルを潰したような声をあげ続けた。色気も何も無い。


「ふぅ、一通り塗れたかな。お疲れ様、後は彩羽が自分でやってみて」


「うぅ、痛くて全然ドキドキしなかった……兄さんもドキドキしてなさそうだし。想像していたのと違う……」


 彩羽さんは涙ぐみながらそう言った。日焼け止めは塗れたけど、仲良しイベントとしては若干残念な結果になった。


「これは失敗だったな……仕方がない、次!腕を組んで砂浜を散歩しよ!」


「家族で腕を組むこと無くないか?まぁいいけど、腕を組めるかな」


 ぼくは左腕を少し差し出した。彩羽さんが腕を組もうとしてくる。が、10センチの反発力のせいで、腕を組むというよりは、丸太を抱えるような格好になってしまった。


「……これもなんか違う……引きずられているようになるし、全然ドキドキしない……」


「無理にイベントこなそうとしない方が良くないか?」


「そうだね……普通に歩こっか」


 彩羽さんは腕をほどき、ぼくの隣にたって二人でゆっくりと歩き始めた。波の音と砂浜をサンダルで踏みしめる音が聞こえるが、その他は普段の巡回の仕事とあまり変わらない。


「景色はいいけど、なんだか普段通りだね……」


「そうだな。普段からそれなりに近くにいるから、あまり変わらないのかも」


「もっと計画を練るべきだったね……」


 残念な天使と残念な見習い神父はそう言ってため息をつくのだった。

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