第19話

 買い物を堪能した次の日曜日、彩羽さんは早速ゴスロリ服を着て礼拝を行った。白を基調にしたゴスロリ服だ。これならギリギリ天使様と言えなくもない。が、やはり信者の皆さんは少々びびっているようで、僅かなどよめきが聞こえた。


「み、みなさん、おはようございます。わ、我が主からのお言葉をお伝えします。ま、まずは、夏の交通安全週間について……」


 彩羽さんはぼくには慣れてくれたが、人が多い場所だとまだどもりが残るようだ。それでも仕事はこなしているから立派なものだと思う。少しずつ慣れていけば良いだろう。


 しかし、こう見ると本当に似合っている。ボサボサな髪は若干残念だが、目元の隈はある意味服にお似合いかもしれない。本気のゴスロリを目指すならメイクが必要になると思われるが、それなしでも十分にかわいらしい。思わず目が釘付けになる。


 おっと、いけない、お言葉をちゃんとメモせねばならない。ぼくは少し頭を振って彩羽さんが伝えるわが主からのお言葉に集中した。





「天宮さん天宮さん、どうでしたか?私、かわいかったですか?」


 礼拝が終わると、彩羽さんはとててっとぼくの方にスカートをふりふりかけてきた。パニエ仕込みまくってすごいことになっている。


「ええ、とても可愛らしかったですよ。お似合いでした」


「やった、嬉しいな!慣れてきたら黒い服も着て礼拝してみますね!」


「はは……黒は……どうなんでしょう……」


 天使様と言えば白の標準服だから、黒い服を彩羽さんが着るのはちょっと不安がある。似合ってはいるのだが、信者の皆さんを今日以上にびびらせてしまうだろうなぁ……


「ところで、今日は天宮さんと私にもわが主からのお言葉があります」


「ぼくらだけに伝えるのは珍しいですね。どんな内容ですか?」


「ええと、天宮さんの特別な体質についてです。私たち天使に近づける件ですね」


「ああ、随分と近づけるようになりましたからね。もう慣れてしまいましたが、近づいた時はぼくもびっくりしましたね」


「そうなのです!天使に近づける人がいることは分かっていましたが、その距離が縮まる事態はまだ報告されていないようなのです」


 ぼく自身も距離が縮まる事態は初めてだったが、天界初の事態だったのか。何故近づけるのか、ぼくには思い当たる節はなかった。


「そこで、どうして天宮さんは天使に近づけるのか、それを探りなさい、という指示が来ています」


「そういうお言葉でしたか。ぼくもそれは興味があるので、喜んで協力しますよ」


「ありがとうございます!まずは、天使全員に近づけるのか、私にだけ近づけるのか、その切り分けをすべきなのですが……」


「何か問題でも?」


「はい、他の天使たちのお仕事が忙しすぎて、この教会に他の天使を派遣する余裕がないそうなのです……」


 相変わらずブラックな現場だな……ちょっと来るだけでいいのに。それとも、新たな教会にスポーンするのに何か面倒な手続きが必要だったりするのだろうか?


「なので、この切り分けはお預けなのです。あとは、私と天宮さんが日常でできる範囲で探りましょう。従来の業務優先で、時間に余裕がある時だけでいいそうですから」


「わかりました。といっても、何をすればいいのかよくわかりませんね……彩羽さんは何かアイディアはありますか?」


「はい、とりあえず毎日つけてる私たちの距離記録に、少し日誌のようなものを付け加えましょう。近づいた時の行動や、近づかなかった時の行動がわかれば、少しは何か見えてくるかもしれません」


「今は距離記録だけでしたからね。わかりました、負担にならないように一日おきに交互に日誌を書きましょう」


 簡単な日誌くらいならそう難しいことはないだろう。ちなみに、いままでは特に距離が変わることなく、10センチという記録が続いている。


「他に何をすれば良いか、天宮さんは何か思いついたことはありますか?今までの天使と私とで何か違うことがありますか?」


「うーん、そうですね……例えば、ぼくと彩羽さんが一緒に過ごした時間が長いので近づけた、という仮定はできるかもしれませんね。前の天使様とはそこまで長く一緒にはいなかったので」


「そ、そうなんですね。えへへ……」


「なので、これから毎日どのくらいの時間一緒に過ごしたか、時間をメモするのはどうでしょう」


「なるほど……日誌に書くのは簡単そうですね。採用しましょう!」


 思えば、随分と長い時間彩羽さんと一緒にいる気がする。それに、夏休みに入れば朝から夜までずっと一緒の可能性もありそうだ。結構この教会に入り浸ってるからな彩羽さん……


「私からももう一つ、考えがあります。私たちが仲良くなったから、その分近づけるようになった、という可能性はありませんか?」


「仲良く、ですか?確かに、前の天使様とよりは仲が良い気はしますが……」


 仲良くというか、気心の知れた仲になった気はする。主に彩羽さんのほうが、随分とぼくの前でだらけてきているという意味で……天使様的に大丈夫なのか心配になる。


「そうですよね!私たち、仲が良いですよね!」


「天使様に失礼かもしれませんが、友達感覚にはなってきていますね」


「お友達……えへへ……」


「でも、逆に言うと、これより仲良くなることは難しくないですか?」


 親友になればいいのだろうか。ぼくにはあまり仲の良い友達がいないので、よくわからない。


「いえいえ、私たちはもっと仲良くなれますよ!そこで、天宮さんに提案があります」


「聞きましょう」


「ごっこ遊びをしませんか?」


「また藪から棒ですね、どういうことですか?」


「つまりですね、形から入るのです。私たちがもっと仲の良いふりを続ければ、自然と実際にも仲がよくなるのではないか、と」


「うーん、やっぱり話が見えませんね。結局何をすればいいのでしょうか?」


「た、例えば、ですが、家族ごっことかどうでしょう!一緒に家族のように暮らすことによってもっと家族のように仲良くなれると思うのです!」


 何を言い出すんだこの天使様は。


「か、家族ごっこ……ままごとの本気版みたいな感じ、ですか?」


「そうですそうです!私が妹で、天宮さんがお兄ちゃんです!」


「い、妹?!」


「……だめですか?」


「いや、ちょっと驚いて……」


「家族ごっこ、したいなぁ……」


 なんだか冷や汗が出る。即答したらまずい気がする。だが今にも押し切られそうだ。


「い、いや、ぼくは前にも言ったように孤児で、あんまり家族ってよくわからなくて」


「だからこそ、なのです!私も家族の振る舞いはよくわかりませんが、一緒に試行錯誤すれば、これまで以上に仲良くなれる。そう思いませんか?」


「いやでも……」


「もう!わからずやの兄さんですね!私、怒りますよ!」


「もう始まっている?!」


 押しが強い、ってレベルではない。義理のゴスロリ妹ができてしまった……しかも天使様の……属性が多すぎる……


「ね、兄さん。だめ?私のお願い、聞いてくれないの?」


「ダメというか……そもそもこの記録はこれからぼくたちがまだ近づけることが前提ですよね。10センチという近くまで近づけたので、これで終わりかもしれませんよ?徒労で終わるかもしれないのにこんな家族ごっこなんて大変なこと……」


「触れるまで近づけます!私しってますよ!」


 いや知らんでしょ。


「……はぁ、わかりました。とりあえず教会の中だけ、二人でいる時だけ、ですよ?」


「ホント?!やったーーーーー!!!兄さん大好き!!!」


 大変な事になってしまった気がする……兄って何をすればいいんだ……何もわからない、何も……


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