第18話

「おはようございます、天宮さん。あさですよー」


 なんだか声が聞こえる。


「あさですよー、あなたの彩羽ちゃんが起こしにきましたよー」


 眠い。もうちょっと寝かせて欲しい。


「むぅ、なかなか起きませんね。折角10センチまで近づけるようになったので、揺すってみますか」


 ゆさ、ゆさ、ゆさゆさ、ゆさゆさ。


「んーーーー、起きない……起きない、ですよね……ちょっと……起きないと……私が悪い子になっちゃいますよー?」


 ゆさ………むにっ、むにゅぅ……


 なんだか頬に圧迫感がある。


「じゅ、10センチだと、近いけどあんまりソレっぽい感覚にはなりませんね……でも……ちゅぅ……」


 頬の圧迫感が繰り返しある。なんだろう。


「お、起きない……ちょ、ちょっと、しょ、正面から……んちゅ……ちゅ……」


 圧迫感が顔面全体にある。心なし唇に大きく感じるような……ん……?


 段々意識がはっきりとしてきて、ぼくはゆっくりと目を開いた。


 目を閉じた彩羽さんのドアップが目に飛び込んできた。


「うわっ」


「わあ!」


 彩羽さんは飛び退き、ぼくはすっかり目が覚めた。何事だ一体。


「彩羽さん何してるんですか!びっくりしましたよ」


「いっいや、ちょっと、起こしてあげようと揺すってたらつい……」


「どうして揺すってただけでそんな近づくんですか……」


「ど、どうしてでしょうね……えへへ……」


 ぼくから視線を外して彩羽さんはとぼけた。なんかいたずらされたのかな……でも何にもないような……


「そ、それはそうと、天宮さん随分と眠そうですね」


「ふぁ……そうですね、昨日寝付きが悪くてまだ眠くて……ふぁ……」


 彩羽さんのドキドキネグリジェタイムがあって目が冴えまくってたのは秘密にしておこう。 


「顔を洗えば目も覚めますよ。私は朝食を作っているので天宮さんは支度してきてください」


「はい、ありがとうございます」


 そういって台所に向かう彩羽さんを見送った。標準服にエプロン姿がとてもかわいい。ぼくは顔を洗い支度をはじめた。


 最初に顔を合わせた時に比べて、彩羽さんは随分とぼくに慣れてきたようだ。最初は借りてきた猫に睨まれたネズミみたいに完全にふるふる震えながら怖がっていたけど、今はもう長年の友人のように付き合えている。まだお互い敬語だけど。


 それに、毎日朝起こしてくれて、朝食も作ってくれる。買い出しはぼくが担当とはいえ、とてもありがたい。この前からは、彩羽さんの名前呼びまで許してくれるようになった。正直、まだ名前呼びは少し恥ずかしいけど、彩羽さんにより近づけたようで嬉しい。


 この嬉しい気持ちを何と呼べばいいのかはよくわからない。けれども、さらに嬉しい気持ちになりたい、と思う。きっと、その方がお互いに幸せになれそうだから。


 瘴気集めや悪霊退治を手伝ってくれているからそのお返しだ、と彩羽さんは言っていた。もっと毎日の手伝いを増やせば、嬉しい気持ちは増えるだろうか?たくさん彩羽さんのお手伝いをしよう、とぼくは心に決めて支度を終えた。







「たくさん彩羽さんのお手伝いをしよう、そう考えていた時期がぼくにもありました……」


 ぼくは顔に疲れをにじませながらひとり呟いた。


 ここはネオ・ゴシックと呼ばれるゴスロリ服専門店だ。朝早くから電車でショップ前まで出向き、臨時ポータルを使って彩羽さんを呼び出した。そのまま一緒にショップに入り、店員さんにお願いして試着しているところだ。


 ショップの中は完全にゴシック様式だった。どでかい階段がど真ん中にあり、飾り窓やステンドグラスが室内を彩っている。壁には金縁の赤い布がかけられ、高級感を演出しているようだ。内装だけでいくらかかっているんだろうか……


 ゴスロリ服を着るには広い場所が必要なため、ショップの一階には普通よりかなり大きな試着室がある。一方で服自体は二階に多く飾られている。「できるだけ多く試着したいです!具体的にはここからここまで!」という彩羽さんのリクエストにこたえ、ぼくは二階からゴスロリ服を選び一階の彩羽さんの元へ何度も往復した。ワンピースの服やブラウス、グローブ、ボンネット、マント等々いろんなパーツがやまほどあり、往復は過酷を極めた。


「じゃーん!次はこの服です!どうですか天宮さん、かわいいですか?綺麗ですか?」


 ゴスロリ服は黒をベースに青や赤、白、ピンクが入ったものが多い。赤ベースや白ベースのものもたまにある。刺繍も素晴らしい。フリルは極限まで詰め込まれている。肌はほとんど露出しない。あ、ニーソックスにガーターベルトえっちだな……


「はい、かわいいですよ。ちょっとメイド服のエプロンドレスっぽいですね。これで給仕されるとドキドキしそうです」


「えへへ、嬉しいな!じゃあこれも写真お願いします!」


 ぼくは後から何を買うかを確認するため彩羽さんの姿を写真に収めた。もう何枚撮影しただろうか……


「これはどうですか?王子様系!」


「おお、ボーイッシュで格好いいですね。胸が薄いのが似合って、いやなんでもないです」


「パンクスタイルなんかも着てみました!」


「そのベースどっから取り出してきたんですか……似合ってますけど、礼拝の時に着るのは大丈夫なんでしょうか……」


「大丈夫だーいじょうぶ!次はこれ!軍服系!」


「軍服は流石にまずくないですか???」


 彩羽さんのショータイムは長く続いた。やけに朝早くショップに出向いたのはこういう理由からだったのか……


「天宮さんのセレクトも聞いてみたいです!何か良いもの持ってきてください!」


「そうですね、天使様なんですからやっぱり白ベースのものが一着あってもいいんじゃないかと。ほら、これなんかどうですか?」


「わぁ!綺麗です!刺繍も綺麗!」


「思い切ってドレスみたいのもいいかもしれませんね」


「いいなぁ、お嫁さんみたいです!」


 たっぷり時間を使ってあれがいい、これがいいとぼくらは試着を続けた。とても疲れたけれど、いろいろ可愛い彩羽さんを見られたので良しとしよう。


「最後に、これ……えへへ……ちょっと恥ずかしいです」


「あっ……そ……その……」


 黒ベースに白のフリルのついたバンドゥビキニを着て彩羽さんは恥ずかしがりながらそう言った。水着も売ってたのか……彩羽さんの白い脚とお腹が眩しく、ぼくは彩羽さんを正面から見ることができなかった。


「こ、この水着も買っちゃいますね……いつか海とか一緒に行きたいですね……」


「は、はい、楽しそうです……」


 ぼくはほとんど海で遊んだことがないので、ちょっと尻込みするけど、彩羽さんとなら行ってみたいな、と感じた。


「ふぅ、たっぷり試着しました……流石に疲れましたね」


「ぼくも脚がボロボロです……結局どれを買うか決めましたか?」


「そうですね、ちょっと写真見せてください。これと、これと、これと、あとこれと……」


「そんなにいっぱい買うんですか?!」


「えへへ、普段お金ぜんぜん使わないので、思いきっていっぱい買っちゃいます!それに、天宮さんにたくさんかわいい私を見てほしくて……」


「そ、そうですか……う、嬉しいです……」


「えへへ……」


 ぼくらはお互い照れくさそうにそう言葉を交わした。


「さて、買うものも決まりましたし、翼穴仕立てをお願いして帰りましょうか。服が届いたら早速この服で礼拝デビューです!みんな驚きますよ!」


「そりゃ驚きますよね……いいのかわるいのか……」


 次の礼拝はどうなってしまうのだろう。ぼくは多少不安を感じながらも、彩羽さんの新しい姿に期待を膨らませるのだった。

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