第17話

 私は天宮さんを居間に残し、先にお風呂に入ることにした。


 私はまず全身にシャワーを浴び、軽く震えて、コットンのスポンジにボディソープを垂らし、腕から身体を洗いはじめた。身体を綺麗に洗い、今日のお泊まり作戦の準備を入念にせねばならないからだ。


 多少強引だったが、無事お泊まりの許可は得ることができた。これで、天宮さんは私のことを多少意識するだろう。だが、まだ足りない。もっと意識してもらいたい。


 天使と人間の距離が恨めしい。10センチまで近づけるとはいえ、触ることはできない。肌の熱を伝えることはできない。それが、とてももどかしい。


 だが、嘆いていてもはじまらない。触覚がダメなら、視覚に訴えるしかない。精一杯綺麗にしよう、と、私は胸、おなか、脚と順番に丁寧に身体を洗っていった。


 そして身体を流し、鏡にうつる自分を見つめた。髪の毛がどうしても綺麗にまとまらない。目元の隈も濃いままだ。メイクをして隈を隠すべきだろうか?ほとんどの天使はメイクをしなくても綺麗なため、メイクをするという文化がないのだ。そのため、誰にメイクの仕方を聞けば良いのかわからない。人間の女の子の友達は残念ながら居ない。


 まとまらない髪をなんとか洗い、私は湯船につかった。視線を下にずらす。とても薄い胸だ。圧倒的戦力不足だが致し方ない。今あるもので勝負しなければならない。


 腕から指先までを眺める。肌は綺麗な方だと思う。だが、天宮さんに触ることのできない現在はそこまで戦力にならない。今後に期待だ。ネイルをしようか、とも考えたが男性には不人気らしいので保留している。


 腰から脚はどうだろうか?あまりじっくり見たことがないので良くわからないが、肉付きは良くないので期待はできない。


 ため息をつき、私はお風呂からあがった。どこもかしこも貧相だが、今日はこの身体で戦うしかない。私はバスタオルで身体を拭き、今日の戦闘服に着替えはじめた。



――――



 彩羽さんがお風呂に入って暫くがたった。その間、ぼくは落ち着かない時間を過ごしていた。


 彩羽さんがシャワーを浴びることはよくあった。瘴気集めでよく汚れるからだ。だが、いつもはさほど気にならなかったシャワーの音が、今日はやけに心を動揺させる。


 ぼくはソファーに座り、彩羽さんがお風呂から上がるのを待っていた。タブレットでゴスロリ服のサイトを無意味にスワイプしながら眺めていた。


 しばらくして彩羽さんはお風呂からあがり、居間に歩いてきた。ぎしり、と床が鳴る。ぼくはうつむいたままで、彩羽さんはぼくの前に立った。


 彩羽さんの足元が目に入る。いつもの標準服じゃない。天宮さん、と声をかけられ、ぼくはドキドキしながら顔を上げた。


 彩羽さんは透けてしまいそうな薄い白のネグリジェを着ていた。長袖のワンピースでフリルがたっぷりだ。着丈はかなり短く、細い脚がとても眩しい。ボタンは一番上が留められておらず、胸元が少し見えている。


「ひ、標準服じゃないんですね」


「はい、こんなこともあろうかと、パジャマを用意してありました、えへへ……」


「お、お風呂の後ですもんね」


「はい……とりあえず、明日買う服の目星をつけましょう」


 彩羽さんはそう言ってぼくの隣に座り、10センチまで近づいてきた。彩羽さんの匂いがする。ぼくと彩羽さんは一緒にタブレットを支えながらゴスロリ服を見はじめたが、ぼくはほとんど上の空だった。


「この赤と黒の服もかわいいですね。グローブやブローチも全部セットになってるんですね」


「は、はい」


「コルセットは私の場合どうなるんでしょう。お恥ずかしながら胸がないので……」


「は、はい」


「……」


「……」


「……こっちを向いてください、天宮さん」


 そう言われ横を向くと、すぐそばに彩羽さんの上気した顔が見えた。何か訴えかけるような瞳に吸い込まれそうになる。


「……どの私が一番綺麗だと思いますか?」


 顔が熱い。呼吸が苦しい。心臓が破裂しそうだ。


「ど、どの彩羽さんも、き、綺麗です」


 ぼくはなんとか絞り出すように小さい声でそう答えた。見つめ合ったまま顔を動かせない。時間が止まったようだ。





「……まぁ、今日はこれで満足としましょう」


 そう言うと彩羽さんはくすりと笑った。


「それでは、私は寝ることにしますね。おやすみなさい、天宮さん……明日、楽しみにしています」


「……おやすみなさい」


 彩羽さんは天使様用の部屋へ向かったが、ぼくはしばらくそのまま動くことができなかった。

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