第二章

第16話

 季節は梅雨明けを迎え一気に暑くなってきた。標準服を夏仕様に着替え、ぼくと天使様――彩羽いろはさんは瘴気集めを続けていた。彩羽さんの身体も汚れることが減ってきた。


「天宮さん天宮さん、一緒にまがりカドまぞくのアニメをみましょう。昨日放送されたやつが録画されてますよ」


 ソファーにだらりと身体を預けながら、彩羽さんはそう言った。


「見ましょうもなにも、そうやって2人分の場所を占領されていたら座れませんよ」


「えへへ、ソファーを温めてあげていただけてすよ。感謝してください」


 にこにことしながら彩羽さんはそう言った。すっかりどもりが抜けていた。相当ぼくに慣れてくれたらしい。仕事仲間としては信頼されているようで嬉しいが、一方で、若干だらけすぎでは、という気もしている。


 彩羽さんは娯楽漬けになってしまった。料理の腕が上がってきて、料理の練習に使う時間が減ってきた一方で、その分娯楽に使う時間が増えてきたようだ。


 ぼくの蔵書はあらかた読んでしまい、今は通販で本やBDを買い漁る日々だ。ぼくのタブレットには天使様のアカウントで通販サイトが登録されてしまっている。地上を堪能しすぎではないか。


「ほら、空けましたからこっちに座ってください。いつものように一緒に見ましょう」


「はいはい」


 隣に座ると嬉しそうに彩羽さんはぼくに少し寄りかかってきた。ふわり、と彩羽さんの香りがする。心地よい反発力がぼくの肩にかかる。最近の彩羽さんのお気に入りポジションだ。ぼくは未だに慣れない。


「毎度のことですが、あんまりこっちに頭を預けると見づらくないですか?」


「そんなことありませんよ。むしろベストポジションです」


 むふー、と、得意げに彩羽さんは言った。早速再生をはじめる。彩羽さんはアニメに集中をはじめるが、ぼくは未だに少し集中を欠いてしまう。我慢我慢……





「今日のまがりカドまぞくも楽しかったですねぇ……はふぅ……冒涜的すぎます……」


「あんまり冒涜的なコンテンツばかり堪能したら天使様的には良くないんじゃないですか?」


「そんなことないですよ、これも地上のことを知る一環なのです」


 完全にだらけてペットボトルのお茶を飲みながら彩羽さんはそう言った。天使とは何かを考えさせる。このまま悪霊にならないか心配だ。


「それはそうと、私は天宮さんにお願いがあるのでした」


「聞きましょう」


「臨時ポータルが使えるようになったので、お買い物に出かけたいと思っています」


「お買い物ですか、でもぼくはともかくお店には人も多いでしょうし行くのは無理では?」


「それがそうでもないんですよ。ショップにかけあった所、開店前の少しの時間なら天使用に開けてくれるらしいのです。お店の人からは1メートル離れないといけないのでお会計とか少し面倒で、料金も割り増しになりますが、お買い物自体は可能です」


「へぇ、それは知りませんでした。いいですよ、ぼくでよければお手伝いします」


「ありがとうございます!いきたいお店はここです!このワンピースを着てみたいのです」


 そう言って彩羽さんはぼくにタブレットを見せてきた。ネオ・ゴシックというお店らしい。真っ黒でやたらふりふりの服が紹介されていた。ハイウエストでパニエも仕込んでいるのかスカートがふわっふわになっていて、裾はレース増しましだ。


「これは、もしかして、世間で言うところのゴスロリというやつでは……」


「そうなのです!標準服も飽きてきたのであたらしい服が着たいのですが、折角地上にいるからには地上の服を着てみたいなぁって」


「着てみたいなぁ、って、これいいんですか?そもそも標準服以外着てもいいんですか?」


 ロリはともかく、ゴスは大丈夫なのだろうか、天使的に。


「ええ、別に標準服に限るという規則はありません」


 そうだったのか……前の天使様が標準服しか着ていなかったから知らなかった。


「それに、瘴気集めとかで汚れちゃうんじゃないですか?」


「え、この教会堂の中でしか着ませんよ?礼拝の時と天宮さんだけに見せます」


 ふわっふわのゴスロリ服で礼拝を行う天使様……信者の皆さんがびっくりしそうだ……


「あ、でも、こんなにスカートが広がっていると天宮さんの隣には座りにくそうですね……少年系もありかな……あと、スカートが控えめな地雷系も探しておきましょうか」


「地雷系?!?!」


 地雷天使……相当病んでそうだが……


「そんなわけで、今晩は教会堂に泊まりたいと思います」


「?」


「事前に天宮さんの意見をたっぷり聞いておきたいからです。この服の私を一番長く見るのが天宮さんなので。今晩は遅くなりそうですね、えへへ……」


「いやいやいや、ダメですよ!教会堂にはぼくしか居ないんですよ!そもそもポータルで一瞬じゃないですか!」


「ポータルの先が長いんですよ。いちいち帰るのが面倒です。天宮さんのことは信用しています。天使に何かするわけはないですよね?」


「……」


「ないですよね?」


「はい……」


 信仰心がこんな形で試されるとは思ってもいなかった。今晩もひどく長くなりそうだ。もつのかぼくの心臓……

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