第7話

「皆さんはっはじめまして。わ、私はあたらしくこの教会の担当となっなりました、彩羽いろはという天使です。ま、まだ未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします……」


 ぱちぱちぱち、と、教会堂にあたたかい拍手が響く。


 あれから約一週間後の日曜、礼拝を引き継いだ天使様はどもりながらもわが主からのお言葉を伝えている。相変わらず折角の金髪はボサボサ、目には隈がひどくちょっとだけ残念で――本当にちょっとだけだよ――若干心配だが、それなりにこなしているようだ。こればかりはぼくには手伝うことができない。まぁうちの区は厳しい信者のかたはいないし大丈夫だろう。ぼくは回覧板作りのためにメモをとるので精一杯だ。


 礼拝が終わると、天使様はとととっとこちらに駆けてきた。


「天宮さん天宮さん、どうでしたか、う、うまくいったと思うのですが」


「はい、良かったですよ。ぼくもちゃんとメモを取れました」


「えヘヘ……」


 むふー、と、満足げに天使様は微笑んだ。うまくいったらちゃんと褒める、これが人間関係には重要だ。まぁ本来は天使様が我々を褒める側なんだけど……


「ところで、瘴気集めをはじめてからもう一週間です。そろそろ慣れてきたと思います」


「は、はい、私たち、コンビネーションばっちりですよね!」


 むふー、と、また満足げに天使様は言った。確かに、かなりスムーズに瘴気を集めることができるようになった。今ではほとんど阿吽の呼吸で行動できる。瘴気集めが得意、というのは伊達ではなかった。


「そこで、そろそろ区の巡回を始めませんか?ぼちぼち花見シーズンで、悪霊も出てくると思うので」


「む、そうですね、慣れたので……慣れたので……」


「たぶんめんどくさい悪霊酔っ払いが出てくると思います。その性質上、おそらく夜が多いでしょう。なので、今晩あたりから二人とルルちゃんで区を巡回しましょう」


「さ、賛成です。確か近所に花見スポットになりそうな公園がありましたよね、そっそこを中心に巡りましょう」


「そうですね、それが良さそうです。それでは、今晩夕食後にまた集まりましょう」


「は、はい。それまでは料理の修行をしています。きょ、今日はリクエスト通り肉じゃがですよー!」


 むふー、と、三度目の満足げな発言。確かにこの一週間で思いの外料理の腕が上達してきた気がする。可が増えてきた。やればできる子なんだな。


「ふ、ふひ、あとは、空いた時間にまがりカドまぞくの続きを読みましょう……充実した日曜日です……」


 楽しそうに天使様は呟いた。すっかり地上の娯楽小説・漫画に首ったけだ。ものすごい勢いでぼくの持ってる蔵書を消費している。近々蔵書を増やして欲しいとおねだりされるかもしれない。不安だ。


 満足げな天使様をおいて、ぼくは今日の買い物に出かけるのだった。




 その夜、夕食を共に終えたぼくたちは――肉じゃがは可だった、良かった――夜の巡回を始めることにした。夜はまだ肌寒く、上着を着込む必要がありそうだ。天使様は標準服だけで大丈夫なのだろうか。


 夜の街は教会堂周辺こそ人はほとんど居なかったが、花見スポットの公園に近づくに従い、人が増えてきて、天使様は人とすれ違うのに四苦八苦していた。


「さ、さすがにこれ以上進むのは無理ですね、むー……」


「そのようですね……ここは引き返して一本外側を巡回しましょう」


「そうですね……あ、で、でも、ここからでもちょっと桜が見えますよ!ライトアップされてるようで、綺麗ですね……夜桜、見てみたいな……」


 天使様は少し寂しげにそう言った。本当は近くから見たいのかもしれない。羨ましそうに桜を眺め、天使様は踵を返した。




「……む」


 巡回もそろそろ終わりにしようかと考えていた時、天使様は立ち止まった。


「何かありましたか」


「おそらく。遠くに人間ではない何かが居ます」


「悪霊でしょうか」


「わ、わかりません……近寄れば私なら見分けることができるのですが、こ、ここからだと遠くてよく見えません……ひ、人が多くて私ではこれ以上近寄れなさそうですし……」


「代わりにぼくが見てくることはできますか?何か特徴は?」


「そ、そうですね。悪霊は場合によっては標準服を着ていることもあります。もし標準服を着ていて人に害をなしている存在が居るならば、それが悪霊です。ひ、標準服を着てない悪霊の場合は、あ、諦めましょう」


「わかりました。偵察に行ってきます」


「お、お気をつけて。無理そうなら、す、すぐに帰ってきてください」


 ぼくは花見客でごった返している公園に向かった。ひどく騒がしい上に酒くさい。ぼくは人の隙間を見つけて標準服を着ている人を探した。


 しばらく探したが見つからない。公園の反対側まで来て、もしまだ見つからないようなら帰ろう、と思ったとき、思いがけなく白く淡く輝く服を着た人を見つけた。標準服だ!ぼくはその人の近くまで駆け寄った。


 その人は随分と酒に酔っているようだった。大声をあげ、物を投げ、周りの人は顔をしかめている。間違いない、彼が悪霊だ。


 幸い、丁度公園の反対側なので、迂回すれば天使様を悪霊のもとにつれていけそうだ。ぼくは急いで天使様のもとに戻った。


「いました!悪霊です!この道の逆側から回り込んで公園の反対側に出たらすぐに対面できます!」


「や、やりましたね!早速行きましょう!」


 ぼくたちは急いで公園の反対側に向かった。果たして、悪霊はまだ酒を飲み何かをわめいていた。


「なーにがフィンテックだ!なにが新興国だ!ぜんぜんあがらねーじゃねーか!折角給料注ぎ込んだのに大損ばかりだ!」


 悪霊が呪文を叫んでいる。なんだこれは。


「こ、個別株に投資して失敗したんですね……つ、つらいですね……」


「つらい!つらいったらつらい!給料一ヶ月分の大損だ!家族にどうやって隠せばいいんだよぉ……うぅ……」


「で、でも、げ、現物で良かったじゃないですか。レバレッジ効かせていたら、い、一ヶ月じゃ済みませんよ」


「うー……そうか……そうだな……」


「あ、あなたのやることは、い、今すぐポジションを解消して現金にすること、家族に正直に伝えること、この二つです。わ、わが主は必ずあなたを救います」


「あ、あんたの言う通りかもしれねぇ……うぅ……ううう……」


「さ、さぁ、まずはわが主に会いましょう。あなたはきっと救われます……えいっ」


 悪霊と天使様がなんだかわからない呪文のやり取りをして悪霊を落ち着かせたあと、天使様の力によって悪霊は天界に強制的に帰還させられたようだ。悪霊は光り輝き、そして姿を消した。


「ふぅ……や、やりました!私たちがやりましたよ!」


 天使様が子供のようにはしゃいでいる。ぼくも同じ気持ちだ。思わずハイタッチしようとして、手のひら同士が反発力に弾かれ、のけぞったぼくたちは、お互いの顔を見合わせて一緒に笑うのだった。

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