消えた秀才の傑作

噂は広がる。

6月前半。

湿度が高い、ジメジメな日が続いていた。


「お」


前を歩く男女を見て、稲荷は思わず声を上げた。

黒髪の少女と、背が高いバスケ部の男子。

まだ若干少女が緊張しているように見られるが、黒色の大きな傘を二人で共有していた。つまり相合傘。

稲荷が二人を通り越しても、夏凜は稲荷には気づかず、頬を赤らめていた。

あれから太田薫先輩と有島夏凜は正式に付き合うことになったらしい。

(リア充ってすごい)

稲荷は純粋にそんなことを思っていた。


玄関で靴を履き替えると、肩をポンと叩かれた。


「よっ」


少し中性的な顔立ちをした、いたずら好きそうな笑顔をした少年が稲荷を覗き込んでいた。

夏凜の一件以来、準とは会っていなかった。

ただ、満面の笑みなのは少し……。


「ごめんけど気持ち悪い」

「―――おい‼」


スパっと切り捨てるといつもの準が戻ってきたと、すこし笑いそうになる。


「じゃあ教室行くから」

「おう」


軽く手を上げて、準が頷くのを確認すると、腕を下げて階段に足をやった。



放課後、一人教室で、校庭を見下ろしていた。

依頼が済んで以降、この時間は暇なので少し寂しいような、そんな気持ちだ。

稲荷はグラウンドに目をやる。

サッカー部がドリブル練習をしている。

無数に人が見えるが、準はサッカー部だとの事。

(目が悪くて見えない)

自分の視力の低下に、稲荷は少しショックを受けた。


黄昏ていると、ガラガラと教室の扉が開く音がした。

見ると、後ろの戸から稲荷と背格好が似た、眉毛が太めな男がこちら稲荷を見ている。


「天童、か?」

「―――そうだけど」


少しいやな予感を覚えつつ、身体をそちらに向けた。


「俺、F組の近藤唯人。あんさ、有島夏凜っていうやつが友達に話しているのを聞いて来たんだけど。依頼、していい?」


(マジか。有島さん広めないで……)


「却下」

「え」

「依頼というのは、取引きってことだから、こちらに何か見返りになるものを用意してもらわないと。あと、どんな依頼かも分からないし。近藤だっけ?がどんな野郎かも分からないから」

「ひでー。噂通っぽいな……」

「どうも」


中学生男子は、たいていみんなどことなく似ているという傾向があり、稲荷は準と接したことであしらい方が少しわかったようだ。


「いや、今回は恋愛とかそっち系じゃないから、リア充を見届けなくてもいいから。気が楽だろ」

「リア充爆破~って言ってる奴嫌い」

「いや、そこを何とか」

「……話だけなら」


暇なので渋々頷くと、近藤唯人という人物はガッツポーズを作り、喜びを新たにしたのだった。

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