モブの裏方物語。前編

火曜日、スマホで。

準と夏凜と稲荷の三人のグループにこう送られてきた。


『成功したよ。全部本当に二人のおかげだよ』

『ありがとう!』


文字の下に、可愛らしいクマの絵文字も添えられていた。


『全然』

『あ、でも、有島さんには手伝ってほしいことがあるからよろしく』


『手伝い?それって何?』


『もうちょっと先のことになるから、ごめん。忘れて』


『OK~』


というところでいったん会話が終わった。

(あれ、でも)

三人のグループなのに、準が会話にいないと気が付いた。

一人分しか既読もついていない。

忙しいのかと思いきや、二時間たって8時半になっても既読がつかない。


「やっぱり……」


冷汗が、背中を伝った。

朝から思っていた、嫌な予感が当たってしまったかもしれない。

これなら、もっと早く行動していた方が良かった。


稲荷は急いで準に個人通話を掛けた。

プルルルル―――

3コール目に入った時、

プチ


「あ……」


本格的に不味い。

予想以上に深刻だった。

そう、これは薫と夏凜の幸せな物語だ。

脇役モブは、誰にも知られず散っていく。

やっぱり放っておいちゃダメだったのか?

気づいて、欲しかったのか?

稲荷の頭に疑問が浮かんだ。

それは、稲荷の人生を経ていなければたどり着かない疑問だ。

準も、それを救わなきゃいけない稲荷も、どちらも不安定だった。


これ以上無理に通話をかけてもきっと出ない。

稲荷は強行手段を使うことにした。


『森、電話かけないと有島さんに、代理告白するよ』


スピーカーみたいな感じで、アプリを開けば自動的に相手にメッセージが届く……みたいなのを使った。

きっと見るはず。

数分すると、パッと既読が付いた。

プルルルル―――


「あっ」


急いでチェックボタンを押してスマホを耳に当てる。


『……もしもし。俺だけど。何?』

「何?じゃないでしょ。私が気づいていないとでも思った?」

『―――……だから、何が?』


準は、まったく何も分からないと白けた。

(さっきから鼻のすする音が隠せてないぞー……)

隠すならもっとちゃんと隠してくれ、と稲荷はため息をつきそうになった。


「ていうか、電話かけてきたってことは、分かってるんじゃないの?いくら何でも代理告白なんて嫌でしょ」

『それとあれとは違う。なんで電話をかけさせたかって話』

「今日、全然既読付かなかったから」

『ハァ?そんなのたまたまだって……』

「嘘だね。森って、有島さんとLINEで喋ってるとすぐ会話に入ってくるもんね」

『それは……』


やがて、静かな時間が流れた。

するとため息が聞こえる。

はぁ、とさっきとは違う、優しいため息だった。


『そうだよ。天童が察した通り、単なる自分勝手な理由で未読スルーしてた。それに、夏凜とは今日喋ってない』

「そんなところだと思った。でもさ。私、自分がみんなと違うって分かってるから言うけど。なんで?失恋ってなんでつらいの?」


悪気も無さそうに、稲荷がいうと、グイ、と準が画面の向こうで歯を食いしばった。


『そんなん、お前お得意の論理で考えてくれ。それより、俺に話しかけないで。あんな噂の悪い奴に取られて、俺泣きそうだから』


実際は、もう泣いているんだろう。

電話が切られる雰囲気を察知したのか、稲荷は決意を固めて、口を開いた。


「今から言うことを聞いても、そんなこと言える?」

『……は?』

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