自分勝手とは、正にこれだった。

校門の端まで来たところで、ため息交じりに森が声を発した。

その頃には、もうだいぶ生徒の通りが減っていて、時々通る数人はみんなこちらを珍しそうに見ている。


「お前が、何を思ってるか、全然分かんねーけどさ。ここで引き受けないのは、それこそ身勝手だと思う」


相変わらずの態度だが、根は悪い奴じゃないと、本当に実感する。

こいつは人の言動を見て動けるタイプだ。

そうじゃないと、今までの行動はできない。

ちょっとずつサポートすることで、自分をなるべく謙虚にかつ、アピールにつながっている。

そして現に、稲荷は見た目こそ平然に装っているが、内面はかなり焦っていた。

クラスの皆が子供っぽいと思っていた稲荷の心境は180度変わり、自分がちっぽけだったことをいま知った。

人間だ。意外とみんな、考えている。

痛感したとともに、そこに気づけたことに安堵心を抱いた。


「―――忠告ありがとう。もうすこし考えてみる」

「そうしてくれ。夏凜、悪い奴じゃないからさ」


斜め下を向いて言う森は、悲しげだけど、後悔はしていなさそうだった。

つい手を出してやりたくなるのが人の心ってものだが、稲荷はそんなことはしない。

彼が自分で決めた決断だ。

そこに口を出すのは失礼だ。

それこそが、稲荷の決めた礼儀というものだから。



その日の朝から、F組(有島と森のクラス)とB組(稲荷のクラス)こんな噂で持ち切りだった。


「森と天童って、付き合ってんじゃね?」


クラスの数名が、こちらを見てヒソヒソ話していた。

ノートを見て、気づいていないふりをしているが、ばっちり視線を感じていた。

(馬鹿じゃないのか、こいつら。なんの信憑性もない噂信じちゃって。噂好きも度が過ぎると大変だねぇ)

当の本人は全く気にしていないようだが、好きな人がいる森は気にするだろうから、と稲荷はノートにスラっと何かを書き、そのページちぎって視線の元凶に向けた。


「―――‼」


それを見たクラスの奴らは、顔を青くして瞬時に顔をそらした。

効果が目に見えて楽しくなった稲荷は、ひっそり笑っていた。

視線が全てなくなったというところで、稲荷は紙を下ろして目視した。


『お前ら阿鼻叫喚アビキョウカンになりそうだなwww』


阿鼻叫喚、地獄に落ちた死者たちが泣きわめく様子……ひぇぇ。まさに地獄絵だ。

顔をそむけた者たちが、この四字熟語を知っているかは分からない。しかし、なんとなく不穏すぎる言葉だ。

(これ考えた人天才だな)

稲荷は悪魔のドSだった。

そして、

(これ……使えるか?)

閃きの天才でもあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る