探偵、自分の価値を知らない。

朝からずっとどんよりとした、どこまでも続くような、そんな空を見ていた。

授業中も休み時間も。

あの日もそうだった、と思った。


夕方になるにつれて暗く沈んでいく空。

室内だから雨は降らないのに、ノートには二人の水が落ちていた。

その心境を表現するように、文字は水滴によって滲んでいく。


『……稲荷、ちゃん。私の……私のせいで……。ほんとに……』

『―――唯のせいじゃ、ない。私が気に障るような態度をしなければ……』


自分のせいでも、お互いのせいでもないとわかっていても、自分を責めてしまう。

あくまで人間だから、そういうところはちゃんと人間している。

だからこそ、この出来事は起こったわけだ。


……でも、今は違う。

曇り空は、すこしずつ日の光が差し込み、神々しい天候に恵まれていた。

あの日とは別物だ。まるで、なにかの成功を先取りするかのように。

そっと、安心した自分がいた。



「すみません。バスケ部の見学に来ました」

「あぁ、転校生の!噂には聞いてたけど綺麗な子だねぇ。いいな。嫉妬しちゃう」

「えっ、どうも」


ぽぅと頬を膨らませるこの先輩のほうが、よっぽど可愛らしいのに。と冷静気に感じる。

この学校はみんな視力が悪いのだろうか。

前の学校では嫌われてたのにな。


「あたしはバスケ部副部長の真田渚。よくサナギって呼ばれてるから、呼び方に迷ったらそう呼んでね」

(変わった名前だなぁ……)

「―――サナギ―っ!そっちボール行ったー!」

「へーい!」


声が聞こえたすぐ後のこと、光のような速さのボールが目の前に迫っていた。

このまま死ぬのか……と思ったが、そこに人影が現れ、ボールはその腕にしっくりおさまった。


「大丈夫?天童ちゃん」

「あ、はい。大丈夫です」


(さすがはバスケ強豪校。実力は本物らしい)

自分がここに入ったらどうなるんだろうと、不安になるが、今回は、申し訳ないがバスケ部目当て出来たわけではない。

太田薫がどんな人間か、見に来たのである。

まあ、太田だけを見ていたら怪しまれるので、一応体験らしく振舞うが、体験だったら部長が出てくるだろうというもくろみだ。たぶん行ける。

はぁ、頑張ろう。


「天童ちゃん、ごめんね。今は体験の時期じゃないから、実践的な体験はできないかな。練習の観戦のみの体験になっちゃうけど、大丈夫?」

「全然大丈夫です。まだこの部活に入るかも分からないので、期待はしないでほしいんですけど……」

「あはは。まあはいってくれると嬉しいかなぁ。あっ、じゃあそろそろ戻るね。そこらへんに座ってみてて」


細くてきれいな指を壁側の床へ向けると、すぐにパスの練習に戻っていった。

コーチの名前は知らないが、どうやら厳しそうな見た目をしている。

その女コーチは、こちらを見るとふいと視線を外した。

とても圧迫感がある。

男子と女子共同で行っているようで、パスは男女のペアで組まれていた。

そしてしばらくすると、威勢のいい声が聞こえてきた。


「次ー‼ドリブル練習‼」


すこし高い声で、体育館全体に響き渡るように告げた。

稲荷はその主を見て、すぐに分かった。

あれが部長・太田薫か、と。

全員がとても強そうに感じるが、こいつは大物だ、と笑いそうになった。

鍛え抜かれた腕や足。すらっとしていて、それでいて存在感がある。

しなやかな動きは、美しいと思えるほどだった。

(有島さん……。これはモテそうな人を好きになっちゃたな)

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