有島夏凜の恋路

陰キャ、なぜか探偵を引き受ける。

稲荷は騒がしいクラス全体に向かい、ふぅと一息をつく。

一体なぜこんなにも難しいのか……。

今年、2年生、つい最近に引っ越してきた天童稲荷という女子高生。

問題はそこではない。

やはり、性格だ。



美しい転校生。

クラス全体、それだけの条件がそろえば、皆が騒々しくなるものだ。

そんな中、先生に名前を言うように促された稲荷は、


『天童稲荷です。よろしく』


とだけぶっきらぼうに呟いた。

その一言で、一瞬にして沈黙が広がる。

稲荷のメンタルでなければトラウマになる、そんな瞬間だ。



もちろん、クラスから孤立するつもりはなかった。

しかし、根暗でそっけない、しかし儚げで、強気な、そんな性格全てが重なり、あの結果だろう。

まああまり気にしていないみたいだ。

稲荷に話しかけるものは、毎日いない。

机の一つでひっそり暮らしている。いわゆる陰キャなので、もう誰も気にしていない。

しかし、放課後、あんなことになろうとは。




いつもとほぼ変わらない。

みんなが去って行った後、先生さえいない教室で、稲荷は動き始める。

鞄に教科書を詰めそれを持った片手で、机から引っ張るように離れさせた。


「お、いたじゃん」


異変はここからだった。

背の高い稲荷と同じくらいの背の、中世的な性格をしていそうな男子一名。それに連れられロングヘアの女子一人。

その男は、稲荷を指さしてそう言ったのだ。

(別のクラスの男女……。まさかな。自分に話しかけるわけがない)

そう解釈し、稲荷はスタスタと階段へ歩いていく。


「ちょっと、無視すんなよ!」

「―――。やっぱ私だったのか」

「さっきから言ってんじゃねーか」


(中世的な顔なのに口は御達者で)

小さなヤンキーだ、と稲荷は目を細める。

一番自分と程遠い存在だ。いま関われているのは数千万分の一の確率だろうか。


「それで、ご用件は?」

「お前聞いてた通り、ほんとタイパ主義者だな」


タイパ……タイムパフォーマンスか。


「どんな嫌な噂が流れていことやら」


すっと窓へと視線を移す。すると、窓にはロングヘアの少女の、不安げな顔が映っていた。


「あ、あの―――」


そこでようやく、ロングヘアの女子が話を切り出した。どうやら威厳ある稲荷に縮こまってしまったらしく、俯いて喋っている。


「夏凜、言いたいことがあったらはっきり言えよっ」


ヤンキー男子が夏凜と呼ばれた女子の頭を優しくチョップする。

派手なスキンシップだ。


「うう、だって。準くんみたいに普通に喋っているのが異常なんだよ」

「まあ、しょうがないか」

「噂では、なんか根暗でクールタイプって聞いたからさ……」


コショコショ話しているつもりらしいが、ひんやりと涼しい廊下には声が響きすぎる。


「ディスんな。虐めって訴えてやってもいいんだからな。てか、二人とも付き合ってんの?」

「つ、つつ、つきあ……」

「あ、違うんです。私たち幼馴染で」


準は激しく動揺、夏凜は全否定。

明らかな反応過ぎて涙が出てくる。絶対に探らないようにしようか。


「ふーん。で、もう一回聞くけど、何の用?」

「……少し長話になるので、椅子に座って話してもいいですか?」

「もちろん」




はじめまして。私は有島夏凜、こっちは森準くんです。稲荷さんと同じ2年生です。

実は、クールって言われている反面、天才って流れてきた、天童さんに相談があって。―――相談っていうより、依頼っていうか。

その前にまず、誤解されないよう、私たちの関係について話しておきます。

家が同じ町の同じ並びにあって、同い年ってことで、親も仲が良くって。

まさに物語の幼馴染って感じです。

あっ、でも、深い意味はないですよ。幼馴染以下でも以上でもありません。


それで、今回の相談なんですけど……。

実は私、一年生のころから気になってる人がいるんです。

今、3年生の太田薫先輩っていうんですけど……。うう、恥ずかしい。

今度、告白しようと思ってて。

夏休みの夏祭りに、「月が綺麗ですね」っていいたくって。恥ずかしい。

でも私、自分に自信がないんですよ。

だから天童さんに、太田先輩の好きなタイプとか、好きなものとか、そういうの調べてほしいなぁって。もちろん強制じゃないです。

でも、もしできたら、やってほしいなって。

もし引き受けてくれたら、なるべく力になれるよう頑張ります。

だから、やっては、もらえないでしょうか?



以上が依頼内容だそうだ。

私が探偵ねぇ……と稲荷はかなり迷っている。

(あれ、そういえば、有島って……)


「有島さん。もしかして、出版社の社長の娘だったりしません?」

「えっ、なんでわかったんですか⁉」

「やっぱり。A出版社って、社長の名前が有島だったなと。珍しい苗字だったから」


(なるほど。有島さんが出版社に深く関わっているんだ。なら、ぶっちゃけアリかも)

稲荷はふふんと鼻を鳴らした。とても上機嫌のようで、実は単純なことがよくわかる。


「期待はしないでほしい。でも、努力する」


驚き少し引いた二人は、稲荷に頼んだことをよかったのか、後悔し始めていた。

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