第9話 言葉を刃とする戦い:魔王VS総理大臣

 魔王軍と勇者たちは、王都郊外のサラノスの野の対峙たいじをした。


 地平ちへいを埋め尽くす魔王たちの大軍・・・ゴブリン族にオーク族、トロール族にオーガ族、リザードマン族、そしてグールやスケルトンといった不死の者たち。後ろの方には邪悪な巨人たちが控え、最後方にさらに一回り大きな魔王の姿が見えた。


 対するのは、五人の勇者たち・・・。


 その戦いは、あまりにも絶望的に見えた。


「まずは、外交的解決を試みます」


 イージス・システムを稼働かどうさせ、防御シールドを張ったのちに、藤田は言った。


「あいつに・・・話なんか通じるのか?」


 マーカスは半信半疑だ。


「分かりません・・・けれども、きっとできるはずです」


 言霊ことだまの力が話合いにまで及ぶかどうか確信はなかったが、戦力が限られている日本にとっては“話し合い”は重要な手段だ。


 藤田は覚悟を決めると、雲霞うんかのごとき魔王軍に向かい、声を張り上げた。


「魔王よ、日本国内閣総理大臣藤田が、あなたと話をしたい!」


 しばらくの沈黙。


 マーカスはグロリアを見、グロリアは肩をすくめた。バヌスは頭を抱えて左右に振り、カールゲンは目を細めて事の成り行きを見守っていた。


 永遠のようにも感じる長き沈黙を破って、勇者たちの前に明滅する魔王の顔が現われた。


 カールゲンは目を見張った。


「イメージの、投影・・・!」


 魔王の顔は、とどろく雷鳴らいめいのような声で、言葉を発し始めた。


「我が言葉をかいするフジタという者は、どのものか?」


「通じたー!」


 マーカスは唖然あぜんとしながら言った。


 魔王の恐ろしい目が、ギロリと勇者を見る。


「勘違いするな、人間の言葉のごとき下等なものに置き換えて、我が意を発しているのだ」


「・・・恐らく、言霊の力。ソーリの呼びかけにしか、魔王は答えない」


 カールゲンが言った。


 細かいことは分からなかったが、藤田はともかく言葉が通じたことにほっと胸をなでおろしていた。


「私が、藤田です。この国では、ソーリ・フジタと呼ばれています」


 藤田が魔王に話しかけた。


「ふむ・・・そなたは、他の無能どもとは少し違うようだな」


 魔王が重々しく言った。その声は、人間たちのたましいを打つ。無礼なことを言われても、言い返す気すら起こさせない力を秘めていた。


「魔王よ、我々は無益な戦いを避けたい。どうか、兵を引いていただけませんか?」


 藤田はそう切り出した。


「・・・そなたの言う意味が分からない。我が配下どもは、血に飢えている・・・人間どもの血にな。これは、無益な戦いではない」


「ですが、戦えばあなた方にも甚大な被害が出ます。話合えば、お互いが折り合える解決策も見つかるかも知れません」


「笑止千万だな、ソーリ・フジタとやら」


 魔王は冷ややかに言った。


「被害?血に飢えたハイエナどもは、被害など恐れはせぬ。奴らの欲求は、全てに上回る」


「・・・ここは、けものの規則が支配する、遅れた世界ですな」


 藤田は失望したようにつぶやいた。


「不服なら、変えてみせよ、力を持って!」


 魔王が力強く言う。藤田は、深くため息をついた。


「私がいたところも、未だに戦争が絶えないろくでもない世界ですが、それでもこの世界よりは進歩している。我々は、『話し合い』を優先する。少なくとも、そう努力はする。この世界でも、そうしてみる価値は、あると思う・・・魔王よ」


 藤田はまっすぐに魔王の顔を見つめた。見ているだけで膝ががくがくとなり、腰が抜けそうな恐ろしい顔だが、最大限の勇気を持って対峙する。


「あなたには、それができる力がある。人間とゴブリン、エルフとオーク、ドワーフとトロールなどが手を組み、より安定して豊かな世界を、創造してみませんか?あなたの決断、ひとつだ」


 弱々しい64歳の貧相な男とは思えぬ熱を持った言葉は、少なくともマーカスたちの心にはしみ込んでいた。しかし、魔王にはそうでもなかったようだ。


「争いこそが、世界であり、進歩をもたらすものだ。そなたこそ、分かっていないようだ、ソーリ・フジタ」


 魔王は淡々と言った。


 藤田は、残念そうに肩を落とした。


「そうですか・・・それでは、『遺憾いかんの意』を表明します」


 藤田はそう言って、何事か起こらないかしばらく待ったが、何事も起こらなかった。


「まったくもって訳の分からん奴だが、我が言葉を聞く者がいたことは良かった。あとは、せいぜい頑張れ」


 そう言うと、空中に浮かぶ魔王の顔の像は消えた。


 その向こうに広がる、魔王の大軍が、より一層大きな存在に見えた。


 藤田は、仲間たちを振り返った。


「すいません・・・力及ばず。けれども、『話をした』という事実が、後に意味を持つこともあります」


「いや・・・」


 マーカスはおずおずとうなずいた。


「魔王と話しをしただけでも、すごいよ・・・ソーリ。そんなこと、今まで誰も考えなかった」


「そうですか」


 藤田はそう言って微笑むと、再び敵軍に向き直った。数万の大軍が、いままさに動きだそうとしていた。


「さて・・・日本国の総力が、試されるときが来たようです」

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