第8話 出陣

  魔王が数万の魔物たちを率いてアリアネス王国に攻め込んできたという情報は、王国を震撼しんかんさせた。


 アリアネス王国が動員できる兵力はせいぜい三千・・・しかも、下級の魔物ならまだしも、魔王クラスには全く歯が立たないということは、今までに何度も経験済みだった。


 だからこそ、勇者マーカスたちを、魔王討伐の旅に送り出したのだ。


 前回の魔王討伐は失敗に終わったものの、王国軍では歯が立たないことを知っている国民たちは、勇者マーカスたちに再び熱い視線を向けた。彼らが立ち上がり、魔王を討ち取ってくれることに期待するしかなかった。その期待は、とりわけ、最近名声を高めている異世界からきた64歳に集まっていた。




 あわただしく兵たちが駆け巡り、戦いの準備を始めている街路をながめながら、マーカスたちは<王の盾>という名の高級居酒屋に集っていた。


「あぁ、ダメじゃあ。前の戦いの傷が、まだ十分に癒えていない」


 戦う僧侶のバヌスが弱気な発言をする。


「・・・もう、あれ以上の召喚魔法は使えないぞ」


 魔法使いのカールゲンも、くぐもった声でつぶやく。


「それでも、やるしかない」


 勇者マーカスは、窓の外をまっすぐ見つめながら、強い決意に満ちて言った。


 椅子を後ろ向きにして、その背を抱きかかえるように座っていた聖騎士グロリアが、藤田を見た。


「・・・まさに、あんた次第ってことね」


 藤田はテーブルの反対側で、静かにハーブ茶を飲んでいた。王国の東側ロレーヌ地方で栽培されるハーブで、元の世界で言うところのカモミールに似た香りが気に入っていた。


 藤田はハーブ茶を飲み終えると、静かに立ち上がった。


「そうですね、それでは行きましょうか、みなさん」


 そう言ってから、藤田はカールゲンのそばへと言った。


「魔法使いのカールゲンさん、あなたが私を召喚したことには、きっと意味があります。私の国では、これを『えん』といいます。ともに頑張りましょう」


 静かにそう声をかける。カールゲンは、おずおずとうなずいた。


 続いて、藤田はバヌスの元へと行く。


「戦う僧侶のバヌスさん、とても強いのに気弱なあなたを見ていると、どうにも自分の国を見ているような気がして愛おしく思います。ともに頑張りましょう」


「お・・・おう・・・」


 バヌスは戸惑いながらもうなずいた。


 そして、藤田はグロリアに向き合う。


「あなたの正義感にはいつも感銘を受けています。冷たいふりをしていますが、本当は熱い心を持った方なのでしょう、聖騎士のグロリアさん。その思いを、これからの戦いにぶつけましょう」


「・・・おお?」


 弱々しく頼りにならないところも多々ある藤田に、今までにないような父性を感じたグロリアは、やや顔を上気させた。


「なるほど」


 グロリアは一人理解したようにうなずき、つぶやいた。


「あんたの国では、言葉こそが武器だと言っていた。それが、少し分かった気がする――――ソーリ」


 聖騎士のその言葉を聞いて、藤田はひそやかな微笑を浮かべた。


 そして藤田は、勇者マーカスの元へと向かう。


「勇者マーカス、あなたのまっすぐな勇気、私も見習いたいものです。さあ、我々を、導いてください・・・我々の、そしてアリアネス王国の栄光へ!」


 マーカスは不思議そうな顔をして藤田を見上げた。


 パーティを結成して以来、マーカスは常にリーダーだった。けれども、ソーリ・フジタの中には、彼が持つものとは別種のリーダーシップを感じていた。


 マーカスは、それを見てみたいと思った。


「・・・いや、ソーリ。あんたが我々を導いてくれ。あんたが言うところの『縁』に従って!」


 マーカスは決意に満ちて言う。


 藤田は驚いたような表情を浮かべたが、その暗褐色あんかっしょくの瞳に宿る真剣さを確認して、微笑を浮かべた。


「承知いたしました、あなた方の信頼に、感謝申し上げます」


 そう言ってから、感慨深げにぼそりとつぶやきを付け足した。


「内閣総理大臣になって、内閣官房より先に、異世界の勇者たちを指揮することになるとはなあ・・・」

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