第7話 冴える調整力

 また藤田は、アリアネス王国の政治にも助言をし、次第に国王ジャヌスの信頼も勝ち得ていった。藤田にとってみれば、そちらの方が本懐ほんかいであったかもしれない。


 ある日、農地の開発がはじまったダナーン地方の視察に同行した藤田に、ジャヌス王は満足げに話しかけた。


「ここは豊かな農地だと確信していたが、反対派の大騎士ウィリアム卿をうまく立ち退かせることができたのは、貴公の手腕だ、ソーリ・フジタよ」


「はい・・・そういった話は、我が国では良くありますもので」


 藤田はメガネの中央に指をやりながら、静かに応えた。


「ふふ・・・それが、そなたの言う『調整力ちょうせいりょく』というやつか。余も少し分かってきたぞ」


「我が国では、合意ごうい形成に時間をかけますが、そのうえで重要なことは一つ・・・全員が百点満点で納得する解決策というのは、ありえないということです。全員が六十点から七十点ぐらいの満足度で合意することを目指す、そのことを相手にも理解していただくのが重要だと思っております。時に、あめむちも使いますが・・・」


 藤田は苦笑を浮かべた。


 ウィリアム卿は確かにかたくなだったが、農地開発そのものに反対していた訳ではない。土地を奪われることで、大騎士としての面子が潰されることを、最も恐れていたのだ。藤田はそこを巧妙こうみょうにつき、交渉した・・・まさに、飴と鞭も使いながら。


 清貧な顔をして、特に泥にまみれることも厭わぬその手法を、党の長老たちも恐れたものだ・・・


 馬車の揺れを心地よく感じながら物思いにふけっていた藤田に、ジャヌスは現実へ引きもどす言葉を投げかけた。


「しかし、ソーリ・フジタよ。『魔王とも、まず話し合いをしてみるべき』というそなたの言葉には、やはり同意しかねるぞ。あれがどれほどの被害を、我が国にもたらしたことか・・・」


「陛下の懸念は、理解いたします」


 藤田は神妙しんみょうな面持ちで答えた。


「ですが、我が国は平和国家として百年以上歩んできました。私の世界と、この世界では異なる事情もありましょうが、まずは外交努力をしてみるという原則は変わらないと思います」


「ふむ」


 ジャヌスは白いあごひげをしごきながら考え込んだ。


「そもそもあの魔物どもに、我らの言葉が通じれば、だがな・・・」


 王はつぶやいた。


 ソーリ・フジタは異能いのうを持つ魔法使いで、なおかつ優れた政治家であることは理解できた。けれどもその理想は、時にあまりに浮世離うきよばなれして、危うく感じるところもある。彼のいた「太陽の国」とは、いかなる国なのだろう?


 ジャヌスはそう考えていた。




 そして、藤田がこの世界にやってきて二ヶ月が経過したころ、ついに恐れていることが起こった。


 魔王が、魔物たちの軍勢を引き連れて、アリアネス王国に攻め込んできたのである。

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