第34話
「おにいさま、りつが妙なメッセージを送ってきたんですけど」
「何て?」
「旅行に行くならどこがいいか、ここ先輩とお兄さんが付き合ってる、とても寂しい」
「新手のスパムメールじゃん」
「なんと原文そのままでこれです」
りつちゃんの言語中枢を破壊してしまったようで、申し訳なく思う。しかし同時に僕は悪くないとも心の底から思っているから、心中複雑である。
今は僕の複雑な心中より重大な問題があって、この話は夕食の場でされており、ここには父とみやみやさんもいるということ。自分が誰かと付き合ってるとかたとえ虚偽であっても親に知られたくはない。
「へぇ、光に彼女が。今度紹介とかしてくれても……」
「宗さん、嫌がられますよ……?」
「……」
二人がそんな会話をしていることに、少し驚いた。僕の知っている物静かな父と今のよく喋るようになった父の差に頭が追い付いていない。
「どうなんだい?」
「え、あぁ……。その先輩の冗談だよ、しろちゃんの友達が真に受けちゃって、少し面倒なことになってる」
「そうなんですか?にいさん」
あれやこれやと説明するのも煩わしかったけど、ここでいつも通り適当に流してしまえば、以後妙な気遣いだったり、あるいは今の父であればからかってきたりするかもしれない。むしろそっちの方が面倒であることは明白だから、今日の昼にあったことを誤解のないようにそのまま伝える。ていうかしろちゃんは確認なんて取らずとも予想がついてるだろうに。
「りつちゃん、光くんも仲良くしてるのね」
「まぁ、はい。学年が違うのである程度ですけど」
「その。結構個性的な子だけど、いい子だと思うから……」
個性的で済ませるのにはちょっと行き過ぎているとは思うけど、きっとみやみやさんの精一杯のフォローなんだろう。苦笑いはしているけど、とげとげしい雰囲気でもないから悪く思ってはいなさそう。しろちゃんと何回かお泊り会もしたことがあると聞いたことがあるし、みやみやさんともそこそこに面識があるっぽい。
「そういえば、りつがまたお泊り会したいと言っていましたが、無理ですよね」
「さすがに宗さんも光くんもいるし……」
しろちゃんの言葉に、軽く眉を寄せて答えるみやみやさん。話を聞いていた父が、箸を止めてとんでもないことを言い出す。
「いいじゃないか、光の友人でもあるんだろう?僕は気にしないし、光もその子と仲良くしているようだし」
「そんな、悪いですよ」
「ははは、光が家に友人を連れてくることなんて滅多になかったから安心しているんです。迷惑なこともないですよ」
ちょっと待ってほしい。
「やりましたねにいさん、これでりつの精神が安定しますよ」
「いや、本気?」
「冗談を言っているつもりはありませんが」
「まぁ何も、今日明日というわけじゃなくてもいいんだから。僕は迷惑でないから、事前に言ってくれればそういうお泊りでも何でもするといいというだけの話だよ」
あからさまに渋い顔をする僕に、嗜めるようにして父が言う。いつの間にか父の前にある皿は空になっていたようで、それらを重ねてからまとめてキッチンに運び、仕事で確認することがあると言って自室へと戻る。
父のいない三人という状況は、珍しい。大抵は食べ終わった後もその場でお茶かお酒かを飲んでいる。
「光くんがあまり気が向かないようであれば、気にしないでいいと思う。りつちゃんはあれだけど、結構大人というか、わかってる子だから。リアクションが大袈裟なだけで……」
「まぁ、気が向いたらということにしておきます」
「でもにいさんも嫌なわけではないんですよね?」
「そうだけど戸惑ってるんだよ。僕が全く相手をしなくてもいい知らない子とかだったら勝手にすればいいと思うけど、りつちゃんはそうもいかないから」
そういうと、二人して面食らったかのように意外そうな顔をする。そして僕の目の前で話し始める。
「光くん、結構りつちゃんと仲いい感じなの?」
「うん、相性は悪くないと思ってたけど、私が思ってたよりにいさんはりつのこと気に入ってるみたい」
「反抗期になってやろうかな?」
なんだかみやみやさんまで遠慮がなくなってきて家のパワーバランスが僕に都合の悪い方に動いている気がする。
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