第33話
「そういえば、先輩とお兄さんって付き合ってるんですか?」
りつちゃんから放たれたその言葉は、場の空気を凍らせるのに十分な威力を持っていた。ここには僕とここ先輩、それに言った当人であるりつちゃんしか居ないのだから空気が凍るのは当然である。
少しだけ顔を引きつらせながらここ先輩が、僕の言いたいことを代弁する。
「誰から、聞いたのかな?」
「えっと、クラスの人たちが話しているのを聞きました。特定の誰かがっていうことはないです」
「へぇ……」
僕は以前、中原くんからそういう噂があると聞いていたからその話自体に驚きはしないけど、りつちゃんがこの状況でその話題を振ってくることに戦慄を覚える。気まずさとか感じないのだろうか。
「いや、それはただの噂――」
「もしそうだったらどうする?」
「えっ」
まだからかいモードが続いてるのか、ここ先輩が僕の言葉を遮ってとんでもないことを言い出す。これでりつちゃんがヘラったらどうしてくれるんだ。僕はどうもしないぞ。
心なしかここ先輩との距離が近くなった気がする。いやこれ気のせいじゃない、りつちゃんに見せつけるように若干だけどすり寄って来てる。今までここ先輩に対してそういう意識をしたことは無い。しかし話題のせいもあり、女子特有のいい香りを嗅覚で感じ取りそうになる。普段は嗅覚が機能していないとかそういう話ではなく、そういう意識を持ったうえで匂いに意識を向けるのはちょっと変態っぽいというかなんというか。
「やめなさい離れなさいはしたない」
「きゃあ」
「その作ったような悲鳴も今は苛立つだけなんで」
頭の中でぐるぐるそんなことを考えているよりさっさとここ先輩を引きはがした方がいいと気付いて押しのける。少し力が強かったかもしれないが、僕の力なんて女子より少し強いくらいだし、そもそも悪いのはここ先輩なのだから誰も僕を批難できる者はいない。
「あれ?もしかして本気で照れてる?」
「照れてませんが」
「怒ってるにしては怖くないし、慌ててる感じあるし」
「照れてませんが」
僕だけ慌てているのに納得がいかない。しかし僕から何か反撃をしようとしてもこの手の駆け引きで優位に立てるわけがない、落ち着け。
「そういうことするから男子に好かれて面倒になるんじゃないですか」
「馬鹿め、私も相手は選んでおるわ。光くんはそういう意味で好きにならないでしょ」
「女子は知りませんが男子は性欲と好きの区別がつかないので相手が誰でも同じです」
流石に半分冗談だけど、このくらい脅しておかないといけない気がした。最近の距離感を是正するいい機会だ。少し得意げに言う先輩がうざくて過剰に言ってしまったというのもないではない。
「……冗談だよね?」
「冗談ではありませんが」
「っ……!………っ!!!!!」
ここ先輩は顔を赤くした後に素早く立ち上がってどこかに逃げ出した。よし、撃退完了。
「おーい、りつちゃん?」
「……」
撃退した方はまだ荷物もあるし、そのうち戻ってくるだろうから心配はいらない。問題はさっきから一言も話さないりつちゃん。怖すぎ。
「先輩の冗談だからね?」
「私……」
「うん?」
「二人が付き合ってるとは思いませんでしたけど、別にショックを受けてたりはしませんよ?怒ってもないですし、驚いただけです」
今度はりつちゃんの瞳から色が消えている。さっきのここ先輩みたいになっているけど、受けごたえは普段よりむしろしっかりしているのが怖い。
「いやだから冗談だって」
「そんなそんな、隠さなくてもいいですよぉ。応援しますよ?」
「僕の話聞いてくれないかな」
「お二人がいくら仲良くしてもらってもいいですけど、ここ先輩とデートしたらその分私とも遊んでくださいね?別に二人きりでなくてもいいので。あ、デートに私も連れて行けばいいじゃないですか、そしたら私ここ先輩ともお兄さんとも遊べて幸せです」
急に壊れて彼氏の友達にいてほしくない女友達みたいなこと言いだした。冗談だよね?冗談じゃなかったらこの子の友人関係破綻しているのに更に納得してしまうからできれば冗談であってほしい。
「あっ小白ちゃんにはもう伝えているんですか?お兄さんからは言いづらいでしょうから私から伝えてあげましょうか?」
「できればやめてほしいな。その前に僕の話を聞いてほしいかも」
「なんですか?デートの日程とかですか?」
「ここせんぱーい!早く帰って来てくれませんかねぇ!?」
お手上げである。何とか帰ってもらったけど誤解は解けなかった。今度しろちゃんにお願いして誤解をを解いてもらおう。
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