第32話

 「お兄さん、この映画怖いのでもっと寄っていいですか」


 「既に結構狭いけどどうするつもり?」


 「膝の上に座ります」


 「誰かにくっつきたいならここ先輩にくっつきなよ」


 「ちょっと私だと重くて耐えれないかも」




 結局、僕たちはノートパソコンの前に団子になって、ホラー映画を見ていた。言い出したのはりつちゃんだけど、別にホラーが好きというわけでもなさそう。多分ベタベタするための免罪符にするために選んだのだと僕は思う。


 ここ先輩がいるんだからそっちと仲良くしていればいいと思うんだけど、ある程度はここ先輩にも絡むがしかし、僕にするほどじゃない。おいやめろ断られたからって僕に本当に乗ろうとするんじゃない映画に集中しろ。




 僕は本来怖がりだが、りつちゃんのせいというかおかげというか、悲鳴を上げないで済んでいる。そこだけは感謝したいけど、反対する僕を押し切ってホラー映画を選んだのだからマッチポンプとも考えられる。本人がそこまで考えているとは考えにくいから憎むまではいかないが、何か奥歯に物が挟まるようなものを感じてしまう。




 「あ、死んだ」




 最後に、小屋が燃える映像が暗転してエンドロールが流れていく。比較的真剣に見ていたここ先輩の口から物騒な言葉が漏れ、ほう、と息をつき、映画について話す。




 「ホラーというか、サイコホラー?でもスプラッタな感じもあったよね」


 「ここ先輩、怖いの苦手そうなイメージありましたけどそうでもないんですね」


 「うーん、フィクションだしなぁ。お化け屋敷みたいな体験するものとか、自分でキャラクターを操作するタイプのホラーゲームは無理だけど映画は大丈夫」




 意外だ。怖がっていたのは僕だけということになるから、さらにもやもやが加速する。




 「面白かったですね!主人公の友人グループがだんだんと村の狂気に蝕まれていくのが鮮明にじっくり表現されていて、怖かったです!」


 「りつちゃん元気だね?光くんはこんなにも震えているのに」


 「ちゃんと怖いなって思いましたけど、映画は映画なのでお兄さんみたいに引きずる感じじゃないです!」


 「僕怖いの苦手って言ったじゃないですか、だから見たくなかったのに……」


 


 僕が本気で怖がっているのが意外なのか、珍しいものを見るような目で見てくるここ先輩。やがて面白がるような目になって、今までの経験則から、まずい、と思う。これは僕をからかってくる予兆であり、りつちゃんはほぼ確実にここ先輩の悪ノリに乗ってくるから、最近では対処に手を焼いている。いつもは千尋かしろちゃんがそれとなく助けてくれるからいいものの、今ここに二人はいない。




 「へぇ、本当に苦手だったんだ。まだ震えるほど怖いならりつちゃんみたいにくっついてあげようか?」


 「いや、サイコホラーっぽかったですし、今怖いのは人なんでむしろ離れてください」


 「いいじゃん、りつちゃんも光くん心配だよね?」


 「もちろんです、震えているお兄さんを放っておくことなんてできないので今日はお泊りしていいですか」


 「どんだけお泊りしたいの君は」


 


 結局、今までにりつちゃんのお泊りが実現したことは無い。しろちゃんの部屋に泊まればいいと思うけど、しろちゃんはあまり乗り気ではない。なんだかんだ面倒に思っていても仲良くしているのだから別にいいじゃないかとは思うけど、僕にまでちょっかいをかけてくるのは目に見えているから断ってくれて感謝している。前は時たましろちゃんの家に泊まっていたと話していたから、もしかしたら僕に気を遣っているのかもしれない。


 


 「お泊りとはちょっと違うけど、友達と旅行とか行ってみたいなぁ」


 「ここ先輩は修学旅行もう行ったじゃないですか」


 「そうだけど、もう去年の話だし遠い昔だよぉ」


 


 うちの学校は、大体の高校と同様に二年の十月頃に修学旅行が実施される。行先は主要な国内の観光地からアンケートで行われるようで、大体の世代において京都が最多得票になるらしい。ここ先輩も例に漏れず京都に行ってきたようで、その週にわざわざお土産を買ってきてくれたのを覚えている。いろいろ買ってきたはいいものの、部活に入っていないここ先輩は家族のほかには僕くらいしかあげる人が居なかったようで、その日の帰りは少し大変だった。




 「旅行!よくないですか!?私も行きたいです!」


 「家族と行きなよ。それかしろちゃんとの修学旅行を待つことだね」


 「それはそれとして、私はお兄さんとも行きたいです。ここ先輩と千尋先輩とも」


 「私が受験受かって免許取れたら連れてってあげるよ……結構先だし、お金は貯めといてもらうけどね」


 


 ここ先輩が少し虚ろな目になって言う。見た目によらず成績がいいここ先輩は、そこそこ難しい大学を目指しているらしくたまにこうなる時がある。最後の学年となって受験をより強く意識しているのか、昼休みもスマホで英単語を眺める時間があったりする。何か力になれたらなぁと思うけど、どうせ特に力になれることは無いから特に何も言わない。


 ここ先輩のそんな目を気にすることも無く、りつちゃんは元気にリアクションを取る。


 


 「本当ですか!?お兄さん、行きますよね!?」


 「まぁ、その時お金あってそれぞれの親が許可出した上でここ先輩の気が変わってなかったらね」


 「私の親はそこそこ緩いのできっと大丈夫です!それより受験、頑張ってくださいね!」


 「うん、頑張る……」


 


 あぁ、りつちゃんのまぶしい笑顔と反比例して失われていくここ先輩の目の光。これ、さっき見た映画にこんなシーンあった気がする。村の出身の友人が向けてくる笑顔に対して、違和感に気付いて目の色だけどんどんくすんでいくやつ。

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