第31話

 「で、何しに来たの?」


 「お兄さんに会いに来たんですよ!可愛い後輩を歓迎してください!」




 結局家に上げた。最初から呼ぶつもりではいたからいいけど、何か釈然としないものを感じてしまって、憮然とした表情になる。




 「さぁ、私と二人きりのこの状況にかこつけて、この身をその腕で―――」


 「慰めないで部屋の隅で泣かせといたほうが楽だったかな……」


 「ごめんなさい調子に乗りました!隣に座るくらいで我慢します!」


 


 そもそもアポなしで来ないという発想はないのだろうか。聞いてみれば、連絡入れたら断られそうだけど来てしまえばなんだかんだ遊んでくれそうと思って、とのこと。賢いかもしれないけど思ってること全部僕に言うのは何で?怒る気力もないから、無言で飲み物だけ出してあげる。




 「今日はお部屋じゃないんですか?」


 「しろちゃんも、大人も居ないしね。あの狭い部屋じゃなくてもいいでしょ」


 「別に気にしませんよ?」


 


 僕が気にする。




 「何しますか?」


 「何もしないけど」


 「そんなぁ」


 


 牛乳を舌先で味わうように口をもごもごさせて、机にへにゃりと突っ伏すりつちゃんを眺める。ふと、思ったことをそのまま口に出す。




 「というか、クラスの友達と遊んできなよ。しろちゃんにお願いすれば混ざったりできるでしょ」 


 「嫌です!だってしろちゃんが私じゃない友達と話してるのを眺めることになるのが目に見えてます!」


 「眺めてないでしろちゃん以外の友達作りなよ」


 「どうせお兄さんもお友達少ないんですから、効きませんよー」


 


 まぁ、確かに。いつも使っているマグカップに口をつけて、納得してしまう。でも僕とりつちゃんで致命的に違う点があると思う。


 僕は一人でもいいけど、りつちゃんは一人は嫌だということ。それを指摘してみると、どこか不思議そうな顔をして聞き返してくる。




 「お兄さんも私と一緒ですよね?」


 「別に僕メンヘラじゃないけど」


 「そういう話じゃなくて……って私もメンヘラのつもりはありません!」




 何を言うかと思えば、突拍子もないというか、脈絡……はあるけども、だいぶ予想外のことを言われて普段ならギリギリ言わないことを言ってしまう。発言の意図を探ろうと、口を開こうとするけど言葉が出てこない。


 


 「だってお兄さん、私に嫌そうな顔滅多にしませんし。それどころか少し楽しそうですもん」


 「それは……」


 


 否定はしない。しろちゃんが義妹になったことをきっかけに、人との関わりが増えてきた。そのことに煩わしさを感じることもあるけど、それ以上に楽しさを感じることもある。それに、中身がどうあれ美少女に構われて嬉しくならない男は少ないと思う。中身がどうであれ。




 「でもそれ、僕は一人でも大丈夫であることと両立するよね。というか僕とりつちゃんが一緒である理由になってないと思う」


 「私、一人で大丈夫な人なんて居ないと思っているので、その言葉を最初から信じてません。私が言いたいのは、お兄さんも私も極度の寂しがりだってことです」


 「うーん……?」




 黙って続きを促す僕の顔を見て、指先をくるくる回しながら、自慢の推理を発表するように笑みを浮かべて話す。




 「しろちゃんと仲いいですよね?」


 「ある程度はそうかもね」


 「普通、思春期に同じくらいの女の子といきなり一緒に暮らすなんてことになれば、意地悪するか無視するかですから!」


 「りつちゃんの同年代の男子像歪んでない?小学生くらいじゃないかなそれ」


 


 思わず突っ込めば、りつちゃんは黙って再び来客用のコップに口をつけて、真顔になる。


 


 「言われてみれば私男の子と仲良くしゃべった記憶、小学生で止まってます」


 「じゃあ今までの言説はただの妄言だね」


 「でもお兄さんは人が苦手なのに寂しがり屋のはずです。つまり私と一緒!」


 


 話がループしそうな気がした。












 そのあと、最近読んだ本の話をしたり、はまってるおやつの話をしたりして時間を潰していると、呼び鈴が鳴る。




 「誰でしょう?」


 「多分ここ先輩、出てくれる?僕飲み物入れてくる」


 「はーい」


  


 牛乳がなくなってしまったから、常備してある麦茶をコップに入れる。麦茶も丁度無くなるから、容器を洗って新しいお茶パックと水を入れて、冷蔵庫にしまう。父と二人の時は普通に蛇口の水飲んでたけど、二人が来てからは麦茶を作るようになった。お互いの家の習慣が混ざり合って、だんだん馴染んでいくのを感じる。




 「ここ先輩でしたー」


 「私だよ」


 「麦茶どうぞ、最近暑くないですか」


 「いや、光くんが温度変化に弱すぎるだけじゃないかな」


 「そんなことは……」


 


 いや、最近暖かくなってきたし僕が外れ値というわけじゃないはず。希望的観測を込めてりつちゃんをちらっと見る。




 「私、暑いのも寒いのもそこそこ得意なのでわかんないです。そんなに暖かくなりました?」


 「結構暖かくなったとは思うけど……暑いまではいかないかなぁ。ていうか光くん、夏とか冬とかどう過ごしてるの……?」


 「家から出ません。もう出たくなくなってるので家に呼びました」


 「呼ばれるのはいいけど、何するの?」


 「何しましょうねぇ」




 特に何をするか決めていたわけでもない。遊びたいと言われたからとりあえず呼んだけど、このまま喋ってるだけというのももの悲しい感じがしてくる。


 しばし何をするかの会議が始まることになった。

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