第30話

 久しぶりの、ラーメン屋。僕の習慣と言ってもいいほどに毎週通っていたけど、ここ最近はいろいろあって来てなかった。朝食を食べるようになったという理由もあるし、しろちゃんやみやみやさん、それに最近の休日は家に居るようになった父を放って一人で行くのも気が引けた。


 今日は父とみやみやさんが出勤で家に居ないし、しろちゃんもどうやら友達と遊んでくるらしい。わざわざ教えてくれなくてもよかったんだけど、しろちゃんは休日予定を僕に報告してくれることが多い。それもお昼ご飯をどうするかが理由なんだけれど、人に予定を把握されるのって嫌ではないのだろうか。僕は正直あまり好ましくは無い。




 「醤油一つ下さい」


 「久しぶりだねぇ、ちょっと待ってね」


 


 あれ、と思う。僕の注文を取った店員さんは、いつもこんな風に声をかけてくれていたのに気づく。今まで意識もして無かったけど、今日は耳に詰まった何かが取れたようによく聞こえた。


 以前、自分は変わったと感じて、それに嫌悪感を覚えていた。でも、今日感じた違いはそれほど不快でもないかなとぼんやりした頭で考える。




 「醤油一つね、お兄さん携帯鳴ってるけど大丈夫かい?」


 「あ、はい。ありがとうございます」




 自分の感情の揺らぎに対してぐるぐると考え事をしていたら、ラーメンが目の前に運ばれてくる。どうやら音を立てて鳴る着信も聞こえないほど真剣に考えこんでしまっていたようで、店員さんに心配されてしまう。


 誰からの着信だろうかと、携帯を取り出して見てみればここ先輩からだった。




 「もしもし」


 『光くん、今日暇?』


 「暇と言えば暇ですけど」


 『お昼一緒に食べに行こうよ!行ってみたいお店があるんだけど友達達が乗り気じゃなくて、誘ったら微妙な反応されちゃったんだよね』


 「今ラーメン食べるんで無理です」




 朝と昼の間の時間に食べるのが習慣になっているので、誘いを断る理由ができた。どうやらここ先輩の生活リズムは休日でもしっかりしているようで喜ばしいことである。僕はラーメンのためにわざわざ朝食を断っておいたというのに。




 「りつちゃんでも誘ったらどうですか」


 『……私、りつちゃんと二人きりなのはちょっと苦手かなぁ』


 「へぇ」


 


 意外だったけど、特段驚くことでもない。好きではあるんだろうけど、昼休みにあの教室に来ている理由を思い返してみればむしろ当然ともいえる。




 『皆、というか光くんかりつちゃんが居るときならいいんだけど。面倒になってもどうにかしてくれるし』


 「ラーメン冷めるんでそろそろいいですか」


 『私と遊んでよー!行きたいお店なんて誘う口実なんだからさぁ!光くんなんだかんだでちょろいから』


 「今のここ先輩も結構面倒ですよ」


 『えっ嘘だよね―――』




 面倒になって切った。僕以外客は居ないけど、そろそろ食べないと申し訳ないし。




 「いただきます」












 『酷いよぉ!』


 「冷めたラーメンとか嫌ですし」




 流石にあのまま放置したら後で何を言われるか分かんないし、食べた後にかけなおした。




 「お昼はもう食べたんで無理ですけど、遊ぶのは構いませんよ。僕の家でならですけど」


 『外嫌いだよね、光くん……』


 「あと二人っきりは無理なので千尋かりつちゃんでも呼びます」


 『実は私のことも嫌いだったりする?』


 


 そういうわけじゃない。この前中原くんに聞いた、僕とここ先輩が付き合ってるという噂を意識してしまっているというだけだ。事情をそのまま伝えてここ先輩にからかわれるのを嫌って、適当に話をまとめようとする。


 


 「家に誰もいないんで配慮したんですよ。今日はお昼食べてから来てくださいね」


 『それって私を意識してるってこと?』


 「別に来なくてもいいんで、それじゃ」




 ここ先輩相手に上手な会話の立ち回りをできるわけがなかった。諦めて通話を切る。




 最近、かなり暖かくなってきた。それどころか少し暑く感じる日がよくあるくらい。こうなると外に出るのがさらに億劫になる。暑いのも嫌だけど、何より汗をかくのが本当に嫌いだ。じっとり湿っててきた表皮を睨みつけながら、できるだけ日陰を選んで歩く。




 「うぅ……」




 日陰を歩いている途中で、どうしても日の光に晒されないといけない道に出る。来たときは日陰だったのに、太陽が位置を変えたせいで僕に柔らかな陽光を浴びせてくるのが恨めしい。


 別にすごく強い日差しでもないけれど、明らかに変わった体感温度に思わずうめき声をあげてしまう。




 やっとの思いで家に着くと、玄関の前に誰かが立っているのが見える。立ち姿にすごく見覚えがある、あれはりつちゃんだ。え?まだ呼んでないけどなんでいるの?




 「あ!お兄さーん!」


 


 僕を目にとめると、大きな声をあげて僕に手をぶんぶんと振ってくる。ご近所さんに見られたら恥ずかしいからやめてほしい。切実に。




 「どうしたの。しろちゃん今日いないけど」


 「いえ?お兄さんに会いに来たんですよ?」


 「何か約束してたっけ」


 「……?」


 「その何言ってるんですかみたいな顔やめてくれる?ちょっと嫌いになりそう」


 


 この後、僕の言葉で予想以上(あるいは予想通り)に落ち込むりつちゃんを何とか復活させるまで10分くらいかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る