第29話
「そういえばさ、最近りつちゃんに対しても敬語になってるよね」
「おにいさまと話すことが多くなって、敬語で話す方が自分にとって自然になってしまいました。同学年ですから普通に話すようにした方がいいとは思っているんですけどね」
ある日の昼休み。ここ先輩は今日は来ないし、りつちゃんはなんでも用事があるようで遅れてくるとのこと。千尋も今日は居ないから、しろちゃんと昼ご飯を二人で食べるという珍しい状況になっていた。なんだかんだ言って、学校で二人になるのは珍しい。大抵しろちゃんの隣にはりつちゃんがいるし。
「へぇ……あ、牛乳なくなっちゃった」
「おにいさま、最近お昼ずっと食べてないですよね」
「まぁ、いらないかなって」
しろちゃんは眉をひそめて、弁当を食べる手を止める。僕がお昼を食べていないのをよく思ってはいないようで、こうして指摘されることはよくあるけど、僕はこの習慣を改める気はない。しろちゃんは最近、自分で弁当を作るくらいには料理が上達してきている。僕の分も作るかと提案されたけど、断った。
しろちゃんが僕を責めるような目線でじっと見つめてくるのに耐えかねたところで、教室のドアが開く。助けが来たと思ったけど、恐らくりつちゃんだろうから助けになるかは怪しい。
「こんにちは、お兄さん!」
「遅かったね。先週全く授業聞いてなかったの怒られてたのかな?」
「いえ、ちょっと、その」
言いよどむりつちゃん。これは本当に怒られてたのかな?可能性としては低くないと思う。うちの学校は特別進学に力を入れてるとはいえないけど、それでも七割くらいは進学を選ぶから、勉強、授業をあまりにおろそかにしていると指導あってもおかしくない。りつちゃんが授業を聞いてなかったのは、ほんの少しだけ僕も責任を感じてしまっているからもしそうなら申し訳ない。その気持ちが表情に出てしまっていたようで、例にもれず僕の心を読んだしろちゃんによって訂正される。
「にいさん、別にそういうわけではないです。恐らくですけどクラスの男子に告白されてたんじゃないですか?」
「ははは、冗談……いや、まぁ、全くないわけでもないか……」
思わず失礼なことを言ってしまったが、よく考えてみれば僕はクラスでりつちゃんがどのような立ち位置かは知らないわけで。しろちゃん以外に友達は居ないんだろうけど、異性から人気があってもおかしくは無い……そんなことある?
「そうなの?」
「えっと、そうですね」
「そうなんだ……よかったね」
まぁ、なんにせよ誰かに好意を持たれることは喜ばしいことだと思う。これでここ先輩のせいでエスカレートするスキンシップも収まると思えば、もの悲しい気持ちはあれどそれよりも祝福の気持ちが勝つというもの。
しかし、僕の祝福の言葉にりつちゃんは首をかしげるのみで反応を見せない。
「にいさん、恐らくですけどりつは断ってますよ」
「えっなんで?」
「りつは昔から誰の告白も受けたことないです」
「えへへ……」
「えへへじゃないが」
なんで照れているのかよくわからない。彼氏とか作ったらずっと構ってくれるだろうし、若干依存気質のりつちゃんは楽しくお付き合いできるんじゃないかな。相手にもよるだろうけど。
「だって、怖いんですもん」
「何が?」
「男の子が、怖いです」
「僕も千尋も男だけどね」
一応指摘はしてみるが、別に納得できないことでもない。前にもこんな話をしろちゃんとしたことがあるし。
「千尋先輩は、また二人で話すのは緊張すると思います」
「へぇ、勉強教えてたりしたと思うけど」
「あれは小白ちゃんとお兄さんがいたので!」
にしても、先ほどしろちゃんは昔から、と言っていた。つまりはそこそこ告白された経験があるということで、りつちゃんの暴走気味の一面をよく見る僕からすれば意外である。それとなく、しろちゃんに聞いてみると。
「りつはかなりモテると言って差し支えないほどに異性の興味を引きます」
「嘘だろ」
「本当です。何なら中学で告白された回数は一番多いでしょう」
「どうですか?私が魅力的に見えてきませんか!?」
なんでも、教室では大人しくしていることが多く、ガワだけ見れば可愛くて成績が良い。しかしあまり周囲と関わらない不思議ちゃんポジションを獲得しているらしい。僕からすればしろちゃんも人気があっておかしくないと思うから、下世話な話だと思いつつも聞いてしまう。
「しろちゃんの方がモテるんじゃないの?」
「表情が薄いので近寄りがたいそうです。この前話しているのが聞こえました」
「あぁ」
「納得されると少し悲しくなります」
無表情なことを気にしてたらしい。憮然とした雰囲気を感じ取る。慌てて取り繕ろおうとするけど、特に弁明の言葉が出てこなかったから、無言で目をそらしてしまう。
僕を悪者にしてしろちゃんにすり寄りながら慰めているりつちゃんを見て、なんだかなぁと思った。
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