第27話

 「埋め合わせって言っても、これはちょっと予想外だったな……」


 

 少し前に、途中で抜けたために要求されたものは、自分が考えていたより軽いものだった。むしろ、僕としては是非こちらからお願いしたいくらい。

 

 

 「光、数学ってなんのために必要なんだ?」

 「学校のテストだけど」

 「そうだけどそうじゃない」


 前に一緒に勉強していたメンバーにここ先輩が追加。僕の部屋に集まればさすがに狭いけど、昼休みとたいして変わらない。この休日は普通に大人二人がいるし、この人数でリビングを占領する気にはなれなかった。

 ちなみに、りつちゃんの提案だった。なんでも教えてもらう側もやってみたいそうで、僕に勉強を教わるために授業を聞いているふりをしていたらしい。この子、成績いいくせに勉強を舐めているとしか思えない。少し嫉妬してしまって嫌になる、とはしろちゃんの言。友達がしろちゃん以外に居ない理由の解像度が高くなっていく。

 

 「千尋くん、そこ違う」

 「ぐっ……」

 

 しろちゃんは同じテーブルについてはいるが、一人で黙々と勉強している。すると必然的に、千尋に教えるのはここ先輩になる。意外ではあるが、厳しく教えているようで

たまに助けを求めるような目線を向けられるが、僕にできることは何もない。


 「お兄さん、ここわかんないです」

 「本当に授業何にも聞いてないんだね。そこは―――」

 

 応用でも何でもない問題を楽しそうに聞いてくるものだから、教えがいはあるし、もともと勉強ができるからすんなり理解してくれる。むしろ僕の復習をしている気分。なんてできた生徒だ、彼女の授業をした先生に涙が止まらない。

 

 「できました!」

 「計算速すぎて怖いね、この調子で今日数学やれば多分千尋に追いつけるよ」

 「ははっ、冗談……冗談だよな?」

 「どうだろうね」


 あ、ちょっと千尋の手が早くなった。でも別に文字書くのを早くしたところで計算が速くなるわけじゃないから無意味だと思う。


 「にいさん、そろそろお腹が空いてくるころだと思います」

 「ん、そうだね……」

 

 どうしようかな。キッチンを使うのもはばかられるし、どこかに食べに行こうかな。

 しろちゃんのその言葉を聞いても集中が切れない千尋に成長を感じて、昼の予定を思案する。どうしたものかと思っていると、ドアが開いて、父が姿を現す。

 

 「光、みんなお昼は食べてきたのかな」

 「あぁ、どうしようかなって思ってたんだけど」

 「ちょうどよかった、ピザが食べたくなったんだけど、みんなの分も頼もうか」

 「ピザ……?」


 意外な言葉だった。二人で暮らしていた時も、母が居た時もピザの宅配などしたことがない。小さいころの記憶は薄いけど、僕の記憶の限りではそうだ。


 「これ、職場でもらったんだ」


 カラフルな紙切れをひらひらとしているが、ここからでは見えない。だが、恐らくクーポンか何かなのだろう。そういうことであれば納得できる。


 「このチラシにあるやつで食べたいのに印付けてね」

 「わかった」

 

 父が部屋から出ようとする背中に、僕以外からの感謝の言葉がかけられる。僕も言うべきなんだろうけど、父の顔がやけに楽し気なのに気を取られてしまっていた。


 「光くんはどれがいい?」

 「……あぁ、はい。じゃあこのパイナップル乗ってるやつに一票で」


 ここ先輩が声をかけてくるまで、呆けてしまっていた。

 あんな顔は、僕の知る限りでは十年ぶりかもしれない。


 「光、それは無い……」

 「私もちょっと」

 「私は!お兄さんの味方ですよ!」


 苦い顔を見せて否定する親友と義妹に、その状況を見て生き生きとしだすりつちゃん。

 君たち酢豚のパイナップル苦手なタイプだな?あとりつちゃんはそろそろ一般人のふりができるようになってほしい。

 この直後、僕の頬も自然と緩んでいるのをしろちゃんが教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る