第26話
「ただいま」
「おかえりなさい」
わざわざ玄関まで出迎えてくれるしろちゃん。何があったか気になったのだろう、校門で誤魔化そうとしたことは不問にしてくれるようで、特に何も言わず無言で椅子に座りじっと見つめてくる。
隠すことでもないから、いつものように雑談を交えながら今日の放課後あったことを話す。
「中原先輩の恋が実る可能性はどのくらいあると思いますか」
千尋みたいに煙に巻くこともできたけど、最近、この義妹の顔を見るととてもそんなことをする気になれなくなる。隠し事をしたり、何かをごまかしたりとか。
「うーん、どうだろうね。僕は9割くらいで成功すると思っているけど、飯田さんとやらを見たこともないからあてにならないかも」
「そうですか……いい方向に行くといいですね」
「そうだね」
もし僕の予想が当たってたら、そんな面倒な女子はやめといたほうがいいと思う。心の中でそう思うけど、本人の幸せを願うのなら、応援するべきだと思うから肯定した。
「しろちゃん」
「はい」
「りつちゃんって、小白ちゃんって呼んでるよね。しろちゃんのこと」
「……そうですね」
ふと、藪をつついてみたくなった。千尋の件がなんとなく解決したようで、僕に心の余裕があったのかもしれない。
「前のお父さんがそう呼んでたのかな」
「……よくわかりましたね」
「なんとなくね」
義妹ができるなんてよくあることではないから比べる対象がないけれど、普通より懐いてくれるのが早いなと思った。最初は一度会ったことがあるからだと思っていたけど、それにしては距離感が近い。家族になったから、で納得するラインを越えていた。
あの時はその場の空気に流されていたが、手を繋いだりするのは一般的な義兄妹の関係ではないだろう。長い付き合いならまだしも、あの日は出会って三日も経っていない。
「僕をお父さんと重ねてた?」
「っ……そんなことは、ないです」
「そうだよね。年が全く違うだろうし」
言葉に詰まるのは珍しいから、図星だったのだろうか。いや、人にそんなことを聞かれては戸惑うのも当然か。僕としては、聞いてみたけど真偽はどうでもよかった。人は信じたいことを信じるものだし、僕だってそうだ。中原くんだって、普通に聞けばばかばかしいと思うような僕の言葉をすんなり信じた。
僕にとって信じたいことは、しろちゃんが僕と父を重ねているから僕によくしてくれるということ。何かの拍子にしろちゃんに嫌われても、それは僕個人が嫌われたことにはならないと思える。しろちゃんの記憶の中の父が風化しただけだと思える。僕は、僕という人格が否定されるのが苦手だ。
「牛乳飲むけど、しろちゃんも飲む?」
「え……じゃあ、いただきます」
本当は、僕になんでしろちゃんと呼ばせているかなんてどうでもよかった。知りたかったのは僕に対する好意の理由。それを知った、それにいや納得した僕は酷くほっとした。僕自身が好かれていないと思えたことが、僕をいつもより親切にした。
しろちゃんに対する得体のしれない恐怖ともいえる違和感がなくなった今、冷静になって顔を見てみれば、いつも無表情だとしか思えなかった顔が少し、表情豊かに見える気がした。
「小白ちゃんとなにかあった?」
数日後、狭い教室で収容人数ギリギリになって飲む牛乳が慣れてきたころ、ここ先輩が僕に聞いてきた。
「なにかってなんですか?」
「分からないから聞いてるんでしょ。少し前から距離近かったりしてるし、光くんの態度も違うし」
なんていうか、柔らかくなった。呟く先輩と、それに同意をするようにこくこく頷くりつちゃん。低頻度でこの集まりに参加する千尋も、パンを口に含みながら身振りだけで同意を示す。
しろちゃんのほうに目線を寄せてみても、すいっとずらされる。
「慣れてきたんですよ、出会ってから時間も経ちました」
「私とは一年かかったのに?」
「個人差はありますし」
納得してなさそうだけど、あることを思い出したのかにぃっと笑みを浮かべ、距離を詰めてくる。
「そういえば、埋め合わせ。覚えてるよね?」
「近いです」
「そうですよ!何してもらいましょうか」
千尋としろちゃんに助けを求める目線を向けるけど、しろちゃんはそっぽを向いているし千尋はにやにやとしている。千尋は許さん。
僕を間に挟んで、予定を話し合う二人。嬉しいけど、出荷前の家畜になった気分。
「そういえば、中原うまくいったってよ」
「よかったね」
「そんな他人事みたいな……」
わざわざ言われなくても、僕の耳にまで入ってくるくらいには校内で有名になっている。噂されるほどベタベタするのはどうかと思うけど、素直に祝おう。
「信じる者は救われるって言うよね」
「お前が信じさせたんだろ」
「変わんないよ」
みんな、信じたいことだけ信じればいいと思う。
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作者です。
この後何を書こうか迷ってまして、更新が遅れるかもしれません。
何か思いつくまで頭空っぽにして日常を書こうと思います。
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