第25話
「うんうん、それは千尋が悪いね」
「そぉだよなぁ!?」
「うんうん……」
隣の千尋はあきれたような目線を向けてくるが、一応元気になっている中原くんを見ては文句も言えないのだろう。元気、とは言えど口数が多くなっただけかもしれないが。
話を聞いていたら、この男にも同情の余地はある気がしてきた。感情移入しているだけかもしれないが、自分に好意を向けてくれていると勘違いする程に、幼馴染である飯田さんとはとても良好な関係を築いていたようだ。バレンタインには手作りのチョコも貰ったそうで、うらやましい限りだ。まぁ、それも一か月前にされた恋愛相談で全てが崩れ去ったらしいが。
「光も俺みたいに取られないように気をつけろよ!俺みたいに……」
「取られるような女の子いないけどね」
「え?お前三年の先輩と付き合ってるんじゃなかったのか?」
「僕は生憎誰とも付き合った経験はないし、もっと言えばそんな噂は聞いたことすらないんだけどどこ情報?」
矛先が僕に向いてきたと思ったら、予想外の角度から刺された。僕がみんなの想像の中で誰とくっつけられているのかは想像に難くない。ここ先輩以外の女子の先輩とは話したこともないし、ましてや男性の先輩も同様である。
「どこ情報っていうか……お前、いつも昼休みどっか行って、別のクラスにいるわけでもないし、クラスのやつらともたいして話さないから元々目立ってはいたんだよ」
「それだけで目立ってしまうクラスのみんなの没個性に警鐘を鳴らしたい」
ふつう目立つやつってなんでもできるイケメンだったり、めっちゃ可愛いクラスのアイドル、あるいは問題児だったりするものじゃないの?くそぅ、フィクションじゃない学校なんてこんなものか。
「まぁ、うちの学校生徒数たいしたことないしな……。そんで、たまたま昼休み図書館行ったやつが見たんだと、お前と先輩が懇ろにしている姿を」
「気持ち悪いぼかし方しないでくれる?」
それが広まっているあたり、言いふらした奴がいるわけだから僕の心は穏やかではない。いや、特段大きなイベントもないし、都市部から少し離れた娯楽の少ない学校であるから仕方ないとも思う。けど、それはそれとして僕はそいつに怒っていいと思う。
「付き合ってる付き合ってないはさておき、俺みたいに後悔するんじゃないぞ……」
「何を終わった気でいるんだ、まだ君の青春は終わってないよ」
「明日以降にまた言ってくれ……今の俺の心を占めるのは十年来の幼馴染が離れていった虚しさとそいつへの怒りだけだ……」
「いや、そうじゃなくて」
店員さんが持ってきた皿を綺麗に空にするくらいには気力は回復しているようだし、こんな空気になってからまた千尋との仲が険悪になるとは思えないから、僕はここで帰ってもいい。
けど、少しの興味と、本気で好きになった人が離れてこの歳でガチ泣きしていた男に対する憐みの感情が僕の後ろ髪を引っ張った。
「千尋は断ってるんだから、君がアタックすることになんの障害もなくなったわけでしょ?」
さっきから何もしゃべらず、ドリンクバーと席を忙しなく往復していた千尋がこくこくと頷く。ようやく話に混ざる気になったか役立たずめ。
「でも、それってさぁ……なんか嫌だろ」
「言いたいことはわかる、恋愛相談に乗ってくれた男子が実は自分のことを狙ってましたって、人によっては絶交されるかもね」
「そうだよな、だから―――」
「でも、そんなシチュエーションって容易に想像できるでしょ?」
星の数ほどあるあるフィクションには、このようなシチュエーションから始まる恋愛が腐るほどある。今どきの高校生なら、僕が言ったとおりに容易に想像できるだろう。
「つまり、飯田さんはきっと千尋に断られる前提で、本命はそのあとの君なんだよ!」
我ながら言ってることがめちゃくちゃである。
「光、それはちょっと―――」
「本当か!?」
千尋が僕の悪魔のささやきを止めようとしてきたが、それを遮るようにして中原くんが身を乗り出して言う。本当かどうかなんて知るわけないだろ。
「千尋、ステイ。もちろん本当だとも」
「俺は……どうすればいい?」
「簡単さ、今すぐメッセージにこう送るんだ」
悲しいよな、わかるよ。俺でよければ話聞くよ。
「って」
「おい―――」
「こうしちゃいられねぇ!あいつの家に行って直接言ってやるよぉ!」
僕たちの分の支払いまで済ませて疾風の如く去っていった。恋は盲目ってよく言ったものだ。
「なぁ、光。今の話本当か?」
「さぁ、飯田さんの気持ちを観測するまで本当である可能性は残されているから、僕が言った時点では彼女が中原くんのことを好きな可能性は残っているよ」
「お前……」
「帰ろうか、しろちゃんが家で待ってるし」
支払い済ませてくれたのは嬉しいから、振られたら牛乳でも奢ってやろう。
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