第24話

 さて、ここで一つ問題がある。

 意気込んで来た……うん、帰りたくはあるけどまだ大丈夫。意気込んで来た(当社比)僕だが、バスケ部の部室がどこにあるかなど知らない。推測できるのは、体育館のどこかにあるということだけ。


 「はぁ……場所くらい聞いとくんだったなぁ」

 

 でも、衝動的な決断は、時間をおいては気持ちが鈍るからこれでよかったんだ。砂粒のような正当性を見出して、自分に言い訳する。しかし、結局僕の心配は体育館付近まで行けば無為になった。

 廊下からつながる一室のドアが、開け放たれている。普段は開けっ放しになることは決してないそれは、ドアが開いているだけだというのに異質なものに見えた。僕の暗雲立ち込める気持ちが、違和感をそれに昇華させたのだろう。


 「ちっひろくーん」


 自分の胸中から緊張を拭い去るため、気の抜けた声を出して足を踏み入れる。この部屋が他の部の部室という可能性は、ドアの上にあるプレートの文字が否定していた。






 僕は何を悩んでいたんだろう。


 「ふぐっ……なんでぇ……お前が……」

 「悪かったって……おい、光何食べる?」

 「鶏肉」

 「原料じゃなくて商品名を言え、中原は?」

 「俺も鶏肉……あいつも好きなんだ……」

 「ちょっときもいね君」

 

 中でボロボロの二人がいたり、張り詰めた空気の中睨みあってたりするのを想像していたけど、僕が見たのはボロボロに泣きはらす中原くんとそれを慰める千尋の姿だった。

 

 「なんで僕呼ばれたの」

 「これ置いて帰るわけにもいかないけど、俺が何を言っても聞いてくれないんだ。これ三回目な」

 「ガキかよ」

 「それも三回目だ」


 緊張感のない空気にやられてしまって僕の脳みそも弛緩しているのだろう。無様に泣きわめく中原くんを尻目に、何回目かもわからない質問をする。


 「ていうかさ、ほかのバスケ部のやつらはこれ置いて帰ったわけ?」

 「いや、最初はもっと張り詰めた雰囲気でさ、真面目に話し合うから二人にしてくれって言ったんだよ。それが、最初の五分くらい話したらこんなになっちまった」

 

 この年になって泣いている同年代なんて、どうすればいいのかわからなかった。千尋に言われるまま、とりあえず適当に声をかけていたら、いつの間にかファミレスに来ることになっていた。幸いなことに、中途半端なこの時間客は僕たち以外居ない。店員さんには迷惑をかけるが、是非今日の厨房裏での雑談の種にでもしてほしい。


 「中原くんさ、なんで泣いてるの?」

 「そんなの……こいつに好きな人を取られたからに決まってるだろ……」

 「飯田さんだっけ、もともと君のものじゃないでしょ」

 「ぐおおおぁあああああああああぁぁぁぁ」

 

 でかい声を出してるつもりなのだろうが、ここがファミレスということで無意識にストッパーをかけているのか、声量自体は小さかった。

 一瞬だけ見た顔だったが、睨まれたという印象が強すぎて勝手に悪人面を想像していたが、こうして一緒の席に座ればなんてことのない、普通の同級生だ。それを確認したら、今までぐるぐる悩んでいたことがどうでもよくなった。ついでに千尋を取り巻く三角関係もどうでもよくなりそう。


 「仕方ないなぁ、千尋に話すのは嫌だろうから、僕に相談してみなよ」

 「お前、隣のクラスの大宮だっけ」

 「よく覚えてるね」

 「いや、ある意味有名だからな……」

 

 その言に気になる部分はあったけど、今はどうでもいい。それよりもこいつの精神状態をまともにして、早く帰ることだけを僕は考えていた。


 「ほら、話しなよほらほら」

 「大宮ならいいか……」

 

 彼の中で何か妥協があったらしい。多分、僕は友達が少ないから言いふらすような心配がない、みたいなことだと思う。


 「俺とあいつは―――」

 

 ちなみに、僕はこれ以降、店員さんが途中で持ってきた料理の味しか覚えていない。

 ファミレス、いつぶりかわからないけど、おいしいからまた来よう。今度はしろちゃんとかと。

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