第13話

 こんこん、というノックの音で目が覚める。うすらぼんやりとする頭は、更なる睡眠を求め、体に訴えかけてくるが、ドアの向こうから聞こえる声がそれを許さない。




 「光、朝だよ」




 今日僕を起こしに来たのは父だった。今までの割合で言うと1割ぐらいしか起こしに来ないからめっちゃレアキャラ。レアだからと言ってうれしいかと言われると、みやみやさんよりはまぁ気が楽かもしれないけどその程度だと思う。というか寝起きってなんでも嫌いになれるよね、目覚ましにした音楽とか。




 んー、とドアの前まで聞こえるように唸ると、遠ざかっていく足音が聞こえる。いつも父は、僕が起きているのを確認するとリビングまで戻る。ちなみにみやみやさんは僕が出るまでドアの前にいるし、しろちゃんは最近部屋の中まで入ってくるようになった。距離感。


 それを考えると、一番心やすらかな相手ではあるかもしれない。僕は何を批評しているんだ。












 「ごちそうさまでした」




 もそもそと朝食を食べていると、父が先に食べ終わり、たいして差がなくみやみやさんも食べ終わる。僕の器にはまだ半分程度ごはんが盛られているけど、隣に座るしろちゃんも同じくらい。


 仕事がある大人二人が先に家を出て、高校生にしては早起きな僕たちはゆっくりご飯を食べてから、学校に間に合う程度にゆっくり歩いて登校する。徒歩20分と近くはないから1年生の時は自転車を使っていたけど、朝食を食べるようになってからはしろちゃんに合わせて歩くようにした。腹ごなしにもちょうどいいし。


 ただ、今日からそのルーティーンに家でしろちゃんの友人を待つ、が追加されるようで戦々恐々としながら牛乳を飲んでいた。




 「そういえばしろちゃん、僕にご飯食べるスピード合わせてるよね」


 「えぇ、まぁ」


 「どうしてそんなこと?」


 「おにいさま、食べているときはお話してくれないので、せめて一緒に食べているようにしようかと」


 「そっかぁ……」




 最近できた疑問を解消していると、ドアのチャイムが鳴った。




 「行きましょうか」


 「うん」




 変な子って言ってたけど、仲良くできるといいな。適度にね。












 「その、お兄さんは部活とか入っているのでしょうか。私は運動は苦手なので運動部は無理なのですけど、文化部に入ろうにも人見知りですから躊躇してしまっているんです。よければ小白ちゃんと一緒の部活とか、よければお兄さんと一緒の部活に入れたらなと思っているんですけど、どうですか?でもうちの学校は部活強制ではないので、帰宅部の可能性もありましたね。であれば私と小白ちゃんと一緒に―――」




 朝、通学路。僕はお経か何か聞かされている気分だった。あれってめっちゃ長くてだんだんうとうとしてくる。もちろん寝るのは失礼だから面白みを見つけようとむしろ頑張って聞き取ろうとするけど、全然聞き取れないんだよね。この子の話も半分も入ってこない。帰宅部で全国目指すって言ったように聞こえたけど、絶対そんなことない。




 「りつ、にいさんが困っています」


 「ご、ごめんね?でも小白ちゃんのお兄さんとは仲良くしたくって……」




 苗字は名乗っていないけど、名前だけは聞いている。この子に会う前に受けたしろちゃんの注意事項は一つだけ。人見知りだけど、おしゃべりが好きな子だから、話だけは嫌がらずに聞いてあげて下さいとのこと。君その子のお母さんなの?




 「部活には入ってないかな、それにあまり興味が惹かれる部活もないし、入るつもりはないよ」


 「そうなんですね、すいません、私と一緒とか嫌ですよね……」


 「いやそういうわけじゃないけど」




 おしゃべりなのは構わない。僕は話を聞いているのは苦手だけど、それが年下の可愛い後輩で、義妹の友達の話であればちょっとの苦痛にもならない。問題はさっきからテンションの波が激しいということで、この通りいっぱい話したと思ったらいきなり卑屈になる。




 「趣味とかはありますか?私は小白ちゃんと話すのが好きで、趣味と言えばそうなんですが、小白ちゃんは私以外にも友達がいるのでそれ以外の時は本をよく読むんです」


 「二人は仲がいいんだね」


 


 反応しづらいことを平然と言うりつちゃん。触れないでおこう。


 


 「りつはその、あまり私以外とは話しませんので……」


 「小白ちゃんは私と話してくれるし、お昼ご飯も一緒に食べてくれるんですけど、あまりほかの子は私とお話してくれないんです」


 


 だってりつちゃん面倒だし。


 あぁ、僕が思ったことをそのクラスの子も思っているんだろうな。容易に想像できる。




 「前髪すごく長いけど、切らない理由とかあるの?」


 


 そのうち僕も話を聞くだけは疲れてきちゃうかもしれないから、自分から気になっていることを聞く。背丈は平均より少し小さめ、でも妖精な先輩よりは高いはず。目立って体型が歪というわけでもないし、総合的に見れば容姿は優れているんだろうけど、目元が前髪で隠れているのと、長く伸ばした黒髪が不気味に見えてしまう。


 始めて僕から振った話題ということもあり、どこか嬉しそうな声で答えてくれる。




 「私、人と目を合わせるの苦手なんです!でも人と仲良くはしたいので、目元だけ隠したら、目を合わせなくても問題ないので!」


 「胸を張って言うことではないと思います……」


 


 小声で非難するしろちゃん。僕もそう思う。












 「千尋、今から僕は君に相談しようと思う」


 「俺はそろそろお前の普通の朝の挨拶を聞きてぇよ」




 その日、唯一の友人である千尋にりつちゃんのことを相談することにした。




 「議題は義妹の友達との距離感です」


 「ほぉ……面白そうだから聞いてやるよ」


 「いろいろあって義妹の友達と登校することになったんだよね」


 「へぇ」


 


 ちょっと待て、なんと説明したらいいのだろう。その友達が性格に難があるとか伝えてしまうのは気が引けるが、オブラートに包んで伝えようにもどういえばいいのか。




 「千尋、オブラートまで食べる?」


 「は?」


 「ごめん、その友達がちょっと怖くてどうしようかなって」




 千尋はオブラート過激派、と。




 「怖いって、どういうことだ?屈強な男でも連れてきたのか?」


 「いや、そういうわけじゃないんだけど」


 「つーかお前の義妹、新入生代表ではなしているの見たくらいだけど、可愛くていい子っぽかっただろ。その友達が怖いっていうと、男子に厳しそうな女子でも連れてきたのか?」


 「むしろ優しそうではあったかもしれない」 




 可愛いといい子に見られやすいのって、なんでだろうね。これが綺麗とか美人とかの評価になると厳しそうなイメージがつくんだけど。


 また脳内で脱線したあたりで、先生が教室に入ってくる。また今度聞いてもらうことにして、そのときまで言葉選びを考えておこう。


 一限目から数学で焼かれる僕の脳細胞、練習題をきっちり全て解き満足していると。つまずいている生徒に教える先生の目を盗んで、千尋が小声で前から話しかけてくる。




 「おい、昼一緒に食べようぜ。気になっちまったから最後まで聞かせろ」


 「いいけど、教室じゃなくて別の場所で食べるよ」


 「そういえばお前いつもどこで食べてるんだ」




 ここ先輩、今日は来たら追い返そうかな。

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