第11話
始業式があった。4月に入って少しして、春の陽気を感じるようになった矢先のことだ。今朝、しろちゃんと一緒に登校してきたけど、特にいうこともない。あ、でも制服姿は新鮮だったかもしれない。
クラス分けが張り出されている場所に、人だかりができている。一番人が集まる時間帯なのか、背伸びをして見える距離でもない。こんなことならもっと早くに家を出るんだった。いやこれでもしろちゃんに合わせてそこそこ早く出てはいるんだけど。
「よう」
途方に暮れていると、人だかりから一人男子生徒が抜け出して、声をかけてくる。僕の唯一と言っていい学校で話せる友人だ。ここ先輩は一応先輩だから友人カウントできない。
「千尋、僕のクラスと席どこ?」
「お前久しぶりに会うのに開口一番それか」
呆れる顔を作るけれど、ちゃんと教えてくれるあたり優しい。苗字はあまり呼ばないから忘れてしまっているけど、それを伝えても怒ることも本気で呆れることもないだろう。嫌われるかどうかはちょっとわからないけど。
「同じクラスだ、教室行こうぜ」
「席は?」
「俺の後ろ」
「せんきゅー」
バスケ部ということもあってなかなかの偉丈夫だから、きっと授業中寝てもばれないだろう。一つだけ懸念点があるとすれば―――
「休み時間、千尋がどこか行ってくれると嬉しくてジュースとか奢っちゃう」
「わぁってるよ、ジュースじゃなくコーヒーな」
「あんな泥水何がおいしいんだ」
こいつ、人気者だからか知らないけどやたら群がられる。5分かそこらの休み時間だけど、同じバスケ部のやつが寄ってきたり、そうでなくても仲のいい男子生徒とか、あとたまに女子生徒も。だから近くにいると結構邪魔。面と向かってこんなことを言うのも心苦しい気がしないでもない、あれ、苦しいのか苦しくないのかどっちだっけ。
教室へ向かいながら、千尋が話を振ってくる。
「春休みはどうだった?」
「穏やかだった」
「なんだそれ・・・俺は練習ばっかりだったよ」
運動部は大変だなぁ、と思いながら、春休みにあった出来事を思いだす。別に特筆するべきことなんて、家族が増えたことくらい。全然穏やかじゃないじゃん。
「ごめん、自動返事機能になってた。全然穏やかではなかったな」
「珍しい。何かしたのか?」
しかし、言ってしまっていいものか。迷って口をつぐむ僕を見て、千尋が首をかしげる。やがて千尋が口を開こうとしたあたりで、先んじて言葉を紡ぐ。
「家族が増えたんだよね」
「は・・・?ペットか?」
「いや、親が再婚した」
多少回りくどい言い方をすると、千尋には伝わらない。いい奴ではあるけど、察しがあまりよくないというのは千尋の友人達の共通認識らしく、この前千尋が笑い話にしていたのを覚えている。
「マジ!?なんていうか・・・なんだろうな」
「なんだろうね」
「・・・」
「可愛い義妹もできたよ」
「やったな、今度紹介しろよ」
「いいよ」
思ったよりも重い話が飛び出してきて、言葉が見つからなかったのだろう。不自然な間ができたから、反応しやすいであろう話題を出す。ここまできたら全部話してしまえ。ちょうどいいから、しろちゃんと話したあの日以来も全くうまくいかない義母との関係も、折を見て相談しよう。
「いいのかよ、義兄として変な奴から守るとかそういうのは無いのか」
「僕よりしっかりしてるし、再婚したばっかでそんな兄としての自覚が生まれるわけでもなし」
そんなものか、と千尋が息をつく。話した部分がすべてではないけれど、真実ではある。まぁ、一部心配してしまうところはないでもないけど。包丁の扱いとか。
「今日新入生代表で話すって」
「あぁ、一つ下なのか・・・それで同じ学校か。気まずくないか?」
もっと浮ついた話にしてもいいのに、心配してくれる。僕の気性で仲良くやれるかが気になっているのだろう。千尋からしたら、僕はあまり社交的とは言えない性格だとされているようで、その評価はあまりに正しい。
「いや、そこそこに仲良くできてるよ。いい子で、変な子だから」
「変な子ってお前・・・新入生代表って、優秀なんじゃないのか」
「優秀な人って変な人多いと思う」
食卓の場以外ではそこそこ話しかけてくることもあって、僕はしろちゃんについて詳しくなっていた。僕と同じで無趣味であることだったり、そのため勉強で暇な時間を埋めるようになり、新入生代表の役回りが回ってきたことだったり。
みやみやさんも話しかけてくれるんだけど、いまだにそっけない態度をとってしまっている。仲良くやりたいと思う以上に、拒否感が強い。
そのあとは、最近見たアニメの話を千尋がしたり、僕が今朝見つけた猫の話をしたりして、いつも通りのくだらない話題に路線を戻した。
昼休み。当然ながら千尋と一緒にご飯なんて食べてたら、わらわらと人が寄ってきて、僕の気が休まらないことが確定している。幸いなことに空いている教室でご飯を食べていても怒る人はいないから、図書室に一番近い小さな空き教室で牛乳を飲む。
この学校、学食は無いが購買があるため、お昼代として渡されたお金で適当にパンを食べたり食べなかったりしていた。気が向いたりおなかが減っていたりしたら食べるが、最近、しっかりとした朝食を食べるようになって、飲み物だけで十分な気がしていたから固形物はなにも買っていない。
みやみやさんが弁当を作る、なんて話も出ていたが、夕飯も作っているのに大変だろうとやんわり断った。食べられないのもそうだが、まだどのような態度で話すか決めかねているのも無関係ではない。
「光くーん、入るよー?」
「どうぞ」
牛乳パックが軽くなったあたりで、闖入者が現れる。ここ先輩だ。僕が昼食を食べていたり、図書室から本を持ってきて読んでいると高頻度でやってくる。一緒に食べてくれる友達いないのかな。疑問に思うけど、さすがに聞いたことは無い。可愛いし、いい人だから人気はあると思うんだけど。そういえば成績もよかった、完全無欠か?
「聞いてよ!仲いい子とクラス離れちゃってさぁ!」
「あ、友達いたんですね」
「え?」
しまった、パックの端っこに残った牛乳を逃すまいとしていたら口が勝手に。弁当箱の包みを開いた手を止めて、ここ先輩に見つめられる。
「ごめんなさい、昼休み結構来るので一緒にご飯食べてくれる友達いないのかなって」
早口で言ったけど別にこれ言い訳にもなってない、というかむしろ失礼を重ねてる。今日からボケツホリダーを名乗ってもいいかもしれない。
「あぁ、友達とお昼ご飯はたまにしか一緒にしないの」
「はぁ」
「進級して少しは良かったんだけどね、余裕が出てくると仲良くやろうって意識より他のことをみんな考えるようになるんだよ」
「へぇ」
「私がここに来るようになったのも、光くんが1年の夏休み前とかだったでしょ?」
そうだっけ、と思う。今になってはどうやってここ先輩と仲良くなったのかも思い出せない。僕って長期記憶壊滅的かも、友人の名前もそうだけど、忘れていることが多すぎる。覚えていることを大切にする主義だと思い込むことで、平静を保つことにしよう。
「大変ですね」
「そう!女の子の世界は大変なの!」
「男子もたいして変わらないとは思いますけど、僕も余計なことを考えてるとは思いませんか」
先ほどの話は説得力があったけど、はじめましての後輩に声をかけて一緒に昼食を食べる人のセリフとは思えない。ここ先輩は一口ご飯を食べてから、僕の質問に答える。
「男の人が考える余計なことってなんだと思う?」
「えっちなことですかね」
「わああああなななななにをいきなりいってるの!?おこるよ!?」
あまりに真面目な顔をして話すものだから、思わずネタに走った答えを返してしまった。僕も男子高校生が好きそうな特定の話題は好きじゃないけど、ここ先輩ほどではない。でも、的外れな回答ではないとは思う。
「すいません、ここ先輩が真面目な顔をするのは慣れないので」
「意地の悪い質問をしたのは光くんでしょ・・・。でも大体合ってる!好きになられたら面倒なの!」
半ばヤケになったような風に、疑問に答えてくれた。普通の口調で言うには恥ずかしかったから真面目な顔してたけど、途中で僕がふざけたからこうなってしまったのだろう。でも、そういうことなら。
「ここ先輩、初めて会ったときから好きでした」
「・・・私とご飯、そんなに嫌だ?」
あれ、おかしいな。
「そんなことないですけど」
「なぁんだ!よかったぁ」
心底安心したような声を出して、幸せそうな顔で唐揚げを口に運ぶ。僕の初めての告白、反応すらもらえなかったんだけどどういうことだろう。おいしそうに食べるからおなか減ってきたな。
「さっきの話の流れだと私に距離を取らせるためかと思ったんだよ、冗談だったんだろうけどね」
不思議そうな顔をする僕に、答えてくれる。別に冗談でもないんだけどな、だって美少女が好きじゃない男なんていないでしょ。
「冗談というわけでも―――」
「冗談じゃなかったとしても、私と付き合いたいとか絶対思ってなさそうだし、むしろ少しは私がここに来なくなることを期待したでしょ」
僕のことをよくわかっている。一緒に食べるのは嫌じゃないのは本当だけど、一人のほうが気が楽だ。天秤にかけたら後者を選ぶが、別の場所を探したり、ここ先輩を悲しませてまで一人で食べたいかと言われたら、労力と報酬が見合っていない。今回は少ない労力で報酬を得ることができそうだったから実行してみただけだ。
「付き合いたいとまで思ってる、と言ったらどうしますか」
心の中を読まれていることに、若干の不快感と気恥ずかしさを覚え、つい妙なことを言ってしまう。
「ふふん、私を動じさせたいなら顎クイまでして言ってみたまえよ」
うーん、勝てない。
「そうだ、あの子のこと聞かせてよ、新入生代表だったじゃん」
このあとめっちゃ根掘り葉掘り聞かれた。さっきの告白を弄られながら。
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