第10話
「いただきます」
本当に記憶が飛んでる。昼にカレー食べた後、宇宙に行ったんだっけ。なぜ生きて帰ってこれて、夜ご飯を食べようとしているのが思い出せない。
いや、本当は少し覚えてる。あまりに箸が進まないから現実逃避しているだけだ。現実逃避をしていると自覚している以上は逃避できてないのだと思うのだけどどうだろうか、人はなぜ知性を身に着けてしまったのか。
「光くん、あまりおなか減ってないかな」
みやみやさんの声でハッとする。箸が進まない一番の理由は消えない満腹感なんだけど、ここで是と答えるのはちょっといただけない、ご飯だけに。つまんな。
「にいさん、お昼食べたら寝てしまいましたからね」
くだらないことを考えながら答えに窮する僕を救うように、隣から声がかけられる。いやちょっとまってそれを素直に話すのもよくないと思う。あれもだめこれもだめって何話せばいいんだよ僕。
父と二人になってから今まで、家族との会話をサボってきたのがここにきて効いてきてる。何をどう話すのが自然だろうか。
「うん、そうだね、もういいかな」
そういって席を立ってしまう。父と二人で食べる夕飯も、しろちゃんと二人のお昼も、こんなに複雑な気持ちになったことは無い。別にみやみやさんが嫌いなわけではない、はずだ。美人ではあるしね。
「光」
父が僕を呼び止める。別に父は怒ってないだろうけど、なぜか今は続きを聞くために歩みを止めるのさえ辛い。でも、ここで無視してしまうのは違う。
「ラップをかけとくから、後で食べなさい」
「うん」
シャワー浴びて、少し部屋で頭を冷やしたら食べよう。
「はあ・・・」
美矢子は自分が、食卓でため息をついてしまっていることに気づかなかった。それほど気が滅入っているのだ。最近家族が増えた、それ自体は喜ばしいこと思っているようだが、義理の息子との関係がうまくいってない。
「どうしましたか、おかあさん」
自分の娘である小白が、口の中にあった唐揚げを飲み込んで聞いてくる。見ている限り、小白は光くんとうまくやっているようだったから、義兄妹の関係で心配することはないように思える。
「光くんとあまり話せていない気がして」
嫌われているのかも、とまで声には出さなかった。声に出したらさらに落ち込むことが分かっている。
「気にすることないですよ」
ちょうど、箸を置いた宗が口を出す。
「距離を測りかねているんだと思います、ましてや嫌いになることはないはずですし」
それを聞いて、小白は思わず宗のほうを見てしまう。自分が義兄から聞いた内容とほぼ一言一句同じであったからだ。
一方美矢子は、それを聞いても気が晴れることは無い。むしろ自分だけ焦っている事実に、さらに焦燥が重なる。
「・・・小白、お昼どうだった?」
母があまり具体的でない質問をするのは珍しい。驚きつつも小白は答える。
「えっと、普通に買い物したし、にいさんと家で映画とか見たよ。あとカレーを一緒に作って食べた」
「カレー?あなた怪我とか・・・」
当然、美矢子は小白の壊滅的な料理の手際を知っている。だから、最初に教えようとしたとき以外は、キッチンに近づけることもなかった。今日だって、初めてこの家で作る夜ご飯なのだからと、美矢子が少し張り切って作ったものが食卓には並んでいる。
「してないよ」
思わず咎めるような口調で心配を口に出してしまったが、指に絆創膏も、目立つ傷跡もないことからうまくやったのだろうと思いなおす。それに一緒にと言っているあたり、娘は思った以上に義兄と仲良くできているようだ。
思わずまた、ため息をつく。つい最近までは娘と仲良くしてくれるかが心配だったというのに、今では自分と仲良くしてくれるかが心配でならない。娘の思わぬ成長を目の当たりにしたこともあり、どんどん気分が下がっていく。
「おとうさん、聞いてもいいですか」
「なにかな」
小白は、宗に聞きたいことがあった、というよりできたというべきか。本当は、何故にいさんとの会話がそんなに少ないのですか、と聞いてみたいところだったけど、それを正面から聞く勇気はまだなかった。
「にいさんがおかあさんを嫌いになることは無いと、何故思うんですか」
代わりの質問もなかなか強烈なものであった。ほんの少しの気力をたたき起こして、やんわり責めようとした美矢子だったが、質問の答えが気になってしまった。横目で宗の顔を見る。
「光は誰も嫌いにならないから」
答えづらい質問に、さらりと答えるが、二人は答えに満足していないような顔を見せる。宗自身、答えになっているかはわからなかったけど、これ以上費やす言葉は無い。
あまり話してしまっては光がかわいそうだし、と心の中で言い訳して、二人の疑惑の視線から逃れるため、味噌汁が入ったお椀を傾け、顔を隠した。
「にいさん、少しいいですか」
みんなが寝静まったあたりで、一人温めた夕飯を口にしているとしろちゃんが声をかけてくる。
「いいけど、もう寝るから少しだけね」
散々寝たのだ、全く眠くはないけれど、おそらくあまり楽しくない話題だろうから抵抗する。あぁ、向こうから歩み寄ってきてくれるのに、それに答えれない自分が嫌いになりそう。
僕の正面ではなく隣に座ってくるのに違和感を一瞬感じるが、夕食の席に準じているのだと気付けば、違和感はなくなった。
「お昼、よく寝ていましたね」
「あぁ、もたれたりしてたかな」
「映画に夢中だったので気になりませんでした」
気にならなかった、ということは程度はさておき、もたれかかっていたのだろう。夕方に目を覚ますと二人がそろって帰ってくるところだったから、あわてて起きたけど、その時もしろちゃんは隣にいた。寝起きでどのような体制だったかは覚えてないけど、僕を起こさないようにしていたのだと思う。
「私、おにいさまと同じ学校に行くんですよ」
「そうだったんだ、知らなかった」
「聞いてなかったか、忘れているんです」
多少は驚くけれど、ここらへんはあまり高校の選択肢が多いわけじゃないから、たいして驚きはしなかった。それよりも、しろちゃんはわざわざこんな話をしに来たのだろうか。
「怖くないですよ」
「いきなり何?」
「おかあさんの話はしません」
それ言ったらもうしてるようなものじゃん。
「夕食のときはあまり話せなかったので」
「僕は食べながら話すの得意じゃなくて」
「昼食もそうだったので知っています」
「じゃあ、別に特段気にすることでも―――」
「それ以外で、たくさん話すことにしましょう」
やっぱり、変な子だ。普通面と向かってこんなことは言えない。
でも、しろちゃんなりに仲良くしようと頑張っているのだろうし、僕も少しは歩み寄らないといけないのかもしれない。
その日は学校の話を少しして、それぞれの寝室に戻っていった。
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