第7話

 「いろいろ買いましたけど、ほかに必要なものはありますか?」


 「いや、お願いされていたのは買ったし、いいんじゃないかな」


 


 レシートを財布に入れて、返事をする。歯ブラシとかの小物類に、話に出ていた食器。あと小白ちゃんのほうで化粧水とかも買っていたけど、みんな同じ水に見てるから種類の判別はできない。こういうものに対して口を出すと怒られるって本で読んだから知ってるんだ。




 「別に怒りませんよ、おにいさまも使うようにしたらどうでしょうか」


 「僕はいいかな、面倒だし」


 「化粧水すら家に無かったのですから、それだけでも」


 「でもほら、塗った後変な匂いしそうでさ」


 


 匂いもそうだけど、面倒くささとの割合で言えば匂いが2割あるかないかくらい。ニキビの心配と天秤にかけても、自分で塗ろうとは思えない。


 


 「私が塗って差し上げます」




 えぇ・・・化粧水って顔に塗るものだった気がするんだけど、人に顔をべたべた触られるのは、さすがに遠慮したい。というか触るほうも嫌だと思う、人の顔って皮脂とか嫌じゃない?




 「いくら義妹とはいえ遠慮したいな」


 「そう言わずに、今日のお風呂上りにでも」




 押しが強くなってないかこの子。この絡み方は妹というより母親みたいな感じだ、僕のことを気遣ってくれているような素振りが多い。




 「何でも言うことを聞いてくれるといいましたので、私に塗らせてください」


 「自分で塗らせればいいじゃん」


 「面倒なのでしょう?時間を奪って困らせたいわけではありませんから」


 


 時間とかそういう問題以外の部分で困っちゃう。さすがに押し切られてはまずいから僕が折れるしかない。


 


 「わかった、自分で塗るよ。お願いにカウントしなくてもいいから自分で塗らせてください」


 「そうですか、お兄様の分も買ってきますね」




 ととと、としろちゃんが店に戻っていく。しろちゃんにいいようにされている、というかなんというか、やっぱり家庭内で女性は強くなるものなのだろうか。根本的にいい子だから、強く拒否もできないし、これからどういう関係に落ち着くのか予想もできない。


 最初はおとなしい子だから、仲が良くも悪くもない、普通の兄妹になると思っていた。しろちゃんは新しい家族に抵抗とかないのだろうか、おにいさま呼びはともかく、父のこともすぐにおとうさんと呼んでいたし。




 ふと、気づく。




 「財布持ってんの僕じゃん」


 


 急いでしろちゃんの後を追う。今度は迷わないように、慎重に。












 「ごめんなさい、手をつないでいるべきでした」


 「そういう話じゃないと思うけど、謝らなくていいよ」




 しろちゃんの姿は、レジ前にあった。レジに並んで支払いをしようとしたところで、財布を持っていないと気付いたらしい。こころなしか慌てているように見えたけど、やはり本当に慌てていたのかはわからない。




 「ところで、お昼ご飯はどうしますか?」


 「あぁ、どうしようかな」




 この時間帯に店に入るのは、混んでそうで嫌だ。僕一人なら、今日は朝ごはんもしっかり食べたから、昼を抜くくらいしていたと思うけどそういうわけにもいかない。




 「しろちゃんは料理とかする?」


 「いえ、経験はありません」




 前にした推測にたがわず、しろちゃんは料理をする子ではなかった。女の子が料理を全くしたことないっていうのも珍しい気がする。でも今の時代女の子がどうとかで論じるのも変な話か。




 気づけばしろちゃんが悩む僕をじっと見つめていた。これはもしかして、行きたいお店とかあるのだろうか。ここは僕も読心術ができるというところを見せつけてやろう。




 「行きたいお店とかあるの?」


 「違います」




 僕には無理だったみたい。




 「料理、してみたいです」


 「そっちか」




 そういうことか、確かに興味を持ってもおかしくはないと思う。ただ、それなら何故いままで料理をしたことがないのかが分からない。


 気になるけれど、これを聞いてしまえば前の家庭環境について言及することになってしまう。まだそんな話をするほど親しいわけじゃない。自分でも少しドライというか、冷たい気はするけど、しろちゃんだって進んで話したいわけでもないだろう。




 「僕も得意じゃないけど、一緒に覚えようか」




 これからは昼食を食べない選択肢をとれないわけだし、外食とコンビニ飯以外、つまり自炊という手段を身に着けておくことも悪くない。今までは父が買ってくる冷食を温めたり、父の作り置きのごはんだったりを食べていた。思うと僕相当ダメな子供じゃない?


 


 「私が料理覚えますよ?」


 「さすがにそれは気が引けるな、もちろん一緒に料理するのが嫌なら身を引くけど」


 「そういうわけではないですが、おにいさまは料理、面倒かと思って・・・」




 義妹に家事をさせて寝てるほうが精神衛生上よくない。




 「ほら、新しい家族なんだし、そういう面倒も分担しないと」


 「わかりました、では食材も買っていきましょう」




 やけに素直に受け入れてくれた。押しが強かったりする部分はあるけど、僕の言うことを素直に受け止めてくれたりすることもある。少し違和感があるけれど、変な子だとは思っていたし、特筆して変に思うこともないだろう。




 「ここの一階にスーパーがあったはずです」


 


 自然に僕の手を握って、引っ張っていく。人ごみの中で恥ずかしいと思うけど、ここですれ違う人なんてほぼ他人だし、未来永劫関わることがないと思うとどうでもよくなってくる。そんなことより、さっきから気になっていることがある。




 「ここ、詳しいみたいだけどよく来るの?」


 「買い物を任されることは結構ありましたから」




 そういうことか。昨日の二人の会話も自然だったし、みやみやさんがしろちゃんに買い物を任せることはよくあることなのだろう。


 


 「その、おにいさまはあまり来ないようですが、買い物とかしないんですか?」


 「しないね」




 少しためらったようだが、言葉にして聞いてくる。僕も特に隠すことじゃないから、簡潔に答えた。自分から聞いといてなんだけど、買い物すら手伝わないなんて、積極的に話したいことじゃないからこんな返事になってしまった。 




 「何か食べたいものとかある?」


 


 自分の失敗を隠すように、露骨に話題をそらす。多分そんな心情も見透かされているんだろうけど、それを言わないあたり、しろちゃんも愉快な話題にならないことを悟っているんだろう。


 やっぱり会話は和やかにしないとね。




 「食べたいものというより、作ってみたいものなら」


 「いいね、何を作りたい?」


 「カレーを作ってみたいです」




 しろちゃんが辛口派なら、喧嘩をしなくてはならない。


 会話とは戦争なのだ。

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