第6話

 しろちゃんから見れば、親に頼まれた買い物をほっぽりだして女の子に絡んでるように見えるだろうか。いや、頭がよさそうな子だし、そんな短絡的な考えにはならないと信じたい。




 自身と同じくらいの身長をした、ここ先輩のことを見て、しろちゃんが口を開く。




 「ごめんなさい、はぐれてしまいました」




 予想の斜め上の思考だった。あれ?案内されていたの僕だよね。


 でも、積極的に否定する理由もないし、おそらくここ先輩の前で僕のメンツを保とうとしてくれたのだろうから、適当に流す。


 


 「僕もごめんね、買い物行こうか」




 じゃあ、とここ先輩に声をかけて本屋から出る。




 「えっそれだけ!?学校で話聞くからねー!」




 後ろから声が聞こえるけど、三日後には忘れてくれることを祈る。でもあの人あの感じで成績はいいからなぁ・・・覚えてるだろうな・・・。




 「買いたい本があったんじゃないのですか?それにあの子はいいんですか?」




 ここ先輩中学生にあの子とか呼ばれてる。




 「いや、手元に欲しいわけじゃないから図書室ででも読むかな」




 あの子はただの知り合いだから別に。と答えて、しろちゃんに向き直る。




 「ほんとにごめんね、あまり人と歩くことなくて、僕がはぐれちゃった」


 「いえ、大丈夫です」




 気にしてなさそうな声色だけど、内心怒ってるとかだったら怖いな。もう少し弁明しておくべきか・・・?




 「学校の先輩なんだ、あの人」


 


 特に弁明できそうなこともないので、気を引けるような話題を出して話を変える。道の真ん中で向き合って話すのも変だから、ゆっくり歩みを進めながら。




 「・・・本当に気にしていませんよ、それに、道が違います」




 そうだ、読心術の使い手だった。僕が話題をそらそうとしていることも、少し気まずそうにしていることもお見通しだったみたい。道も間違っていたし、あぁ恥ずかしい。


 


 「ごめんね」


 


 また謝罪の言葉を口にすると、しろちゃんは考え込む。謝られるのもよくなかったかな、会話の難しさを改めて実感する。




 「あの、気にしているようであればお願いを聞いてもらっていいですか」




 僕の進路を訂正しながら、そう言ってくる。この子は僕と違って会話が上手だな、お願いを聞いてもらうことで、僕の罪悪感とかをなくそうとしてるんだろう。少し会話を先回りする癖があるけれど。




 「なんでも聞くよ」


 「私がはぐれないように、手をつないでもらってもいいですか」




 目を丸くする。てっきり飲み物奢ってください、とかそんな可愛らしいお願いだとおもっていたけど、予想を大きく外された。いや可愛らしいお願いではあるんだけど、僕を気遣ってくれているのがあからさまなのがわかる。


 うーん、義妹に気を遣われるのを恥ずかしがって断るべきかな。でも話の流れ的に冗談ではなさそうだし、女の子の手の柔らかさを享受するべきかな。




 「いいの?」


 「お願いしているのは私ですが」


 「可愛い義妹に要求されては呑むしかあるまい」


 「いきなりふざけられても反応に困ります」




 そんな全く困ってなさそうな顔で言われても。


 差し出してきた手をそっと取る。人と手をつなぐなんで、ましてや女の子となんて経験がなかったから、どの程度の強さで握っていいものかわからない。


 たぶん今の僕は飴細工の職人差にも負けない繊細さを持ってる。ゲーム的に言うとDEXが高い。




 「おにいさま、くすぐったいのでちゃんと握ってくれますか」


 「はい」


 


 繊細さは評価されなかったらしい。もう少し手に力を込める。やっこい!女の子の手柔らかい!


 しかし、そんなことを考えていると、しろちゃんも手に力を込めて僕の手を握る。えっちょまって思ったより力つよいたたたったたtったった。




 「しろちゃん力強いね」




 内心の焦りを隠して、ささやかな抵抗の声をする。やっぱ怒ってたのかな、でも体育会系の対極に位置する僕にはちょっと厳しいお仕置きだからほんとにやめてほしい、痛い。


 


 「そうでしょうか」




 つないでいる手を見ながら、呟くしろちゃん。とぼけてるのか?




 「ごめん、痛い。怒ってるなら本当にごめん、許して。痛いの以外何でもする」




 耐え切れず、声色だけは普通に、すごく情けないことを声に出してしまう。しろちゃんははっと手を離す。


 


 「ごめんなさい、人と手をつなぐことなんてなかったので」




 悲しき怪物か何かかな?


 そっと僕の手を握ろうとするけど、怖くて手を遠ざけてしまいそうだった。ただ、しろちゃんに失礼になるし、傷つけてはいけない。




 改めてつながれた手は少しくすぐったさを感じてしまいそうなほどやさしく握られていたけれど、痛いのよりはずっとましだから、黙っていることにした。




 しかし、出会って3日の男と手をつなぐなんて肝が据わっているというか、変わっている。この距離感をクラスメイトにしていたなら、男からは勘違いされるし、女からは嫌われそう。でも人と手をつなぐことなんてなかった、と言ってたし、新しい家族と仲良くなろうと頑張っているだけかな。




 「おにいさま、何でもするって本当ですか?」


 「え、まぁ、うん」




 あまりよくない言質を取られてしまった。でもまぁ、そんなにひどいことにはならない気がする、変な子ではあるけど悪い子ではないし。


 


 「じゃあ、これを脅しに今度また何かお願いしますね」


 「悪い子だった」




 お願いで酷いことを要求するわけではなく、それを脅しに使うあたりがたちが悪い。でも、可愛い子からお願いされるのは悪い気分にはならないから別にいっか。




 「んふふっ」




 今笑った?しろちゃんの声だったけど、笑う姿なんて想像できなかったのと、あまり聞いたことない笑い声だったから立ち止まって硬直してしまう。


 


 「おにいさま、立ち止まってどうしたのですか」


 「今の笑い声、しろちゃん?」


 「何のことですか?」




 変わらず、読めない表情で話すしろちゃん、気のせいだったかな。


 


 「いや、早く買い物を済ませて帰ろうか」


 「はい」




 僕の手を引いて、しろちゃんが歩き出す。いつの間にかちょうどいい強さに握りなおされた手を見つめ、僕もその引力に従った。

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