第5話
「おにいさまは―――」
「飲み物入れるけど、何がいい?」
話すのなら飲み物は欲しい。何か言いかけたのを遮ったのは申し訳ないけれど、面と向かって真面目に話すのは疲れるし、許してほしい。
「同じものを下さい」
「牛乳ね」
父が買ってきた牛乳パックを手に取る。ご飯の時は水を飲んでいたけど、わざわざ新しいコップを出すのは少しのこだわり。
お客様用のコップと、僕用のマグに注いで机に置き、座る。
「可愛らしいマグカップですね、犬好きなんですか?」
「小さいころのものだからね」
別に犬は好きじゃないが、わざわざ言うことでもない。
「いつまでも来客用のコップだと申し訳ないから、コップも買わないとね」
「そうですね」
これから振られるまじめな話の気配を察して、中身のない会話で間を埋める。
あぁ、面倒だ。
「おにいさまは、おかあさんのこと苦手ですか?」
「別に、そんなことは無いよ」
何が出てくるかと、パンドラの箱を前にしたような思いだったが、やはりというべき内容だった。予想通りであることが喜ばしいとは限らないが。
「私とは普通に話すのに、おかあさんには少し冷たいように見えます」
「そりゃ同年代であるしろちゃんと比べたらね」
「嫌っては無いんですね」
「まさか」
あんな美人を嫌うだなんてそんな。
「どう接していいかわからないだけだよ、父と同じようにとも思ったけど、それはよくないかなって悩んじゃって」
「私はおとうさんにはおかあさんと同じようにしていますが、何か問題がありますか?」
「僕は父と会話ほとんどしないから、そういうわけにもいかなくって」
「一緒に生活しているのに?」
疑わし気に僕を見てくる・・・表情に変化はないけど、そんな雰囲気。嘘を言ったらばれるのかな、読心術使えるっぽいし。
「そこはほら、親子の絆みたいな、だから別に悩んでただけで嫌ってるわけじゃないよ」
「そうなんですか」
納得してくれたみたい。
「私と同じ感じで話してみては?」
「うーん、父の前であまり話したくないんだよね」
「なぜ?」
なんでだろうね。僕が子供だからかな。
「僕も自分について全部答えられるわけじゃない」
「自分のことが分からない?」
「そんな大袈裟な言い方じゃなくていいけど、そんな感じ」
「おにいさまって、やっぱり変な人ですね」
「子供なだけだよ」
手元の牛乳がお互いに無くなった。そろそろ家を出ようかな、これ以上話してると眠くなってきちゃうし。
そんな雰囲気を悟ったのか、しろちゃんが先回りして席を立つ。
「そろそろ行きましょうか」
僕たちは近くのショッピングモールまで来ていた。普段こんな時間に外を出歩くことは少ない、あっても通学路かラーメン屋までの道か。
だからはぐれて、迷ってた。
「これは僕がはぐれたのか、しろちゃんがはぐれたのか」
まぁしろちゃんはここに来ることに慣れていたようだし、僕が悪いことは明らかであるんだけど。
僕が道に詳しくないものだから、自然としろちゃんが先導する形になっていたところ、本屋に目を取られていたのが良くなかったらしい。
学校の図書室の本を読むのは好きだけど、わざわざ自分で買ったことは無い。でも、有名な賞を取った本が陳列されているのに少し目を取られていたら、隣を歩いていたはずのしろちゃんを見失ってしまった。
ここがショッピングモールの何階かすら怪しいし、近くから動かないでいよう。本、気になるし。
本屋に入ったところで、その本に目を向けている知り合いの女の子が目に入った。
外で会うのは珍しい、と思うけどそもそも僕が外出することが少ないから当然の話だった。話しかける理由もないから、隣に立って僕も本を手に取る。
「光?」
へぇ、僕も聞いたことがある賞の名前だ。
「光だよね?」
ミステリーはあまり読まないけど、少し気になる。学校の図書館にあるかな。
「ねぇってば!」
「なんですか?」
本に気を取られて、隣への反応がおざなりというか、無視してしまっていることは自覚していた。けど本のほうが気になっていたから仕方ない。
「なんでさっきから無視してたの?」
「本に気を取られてまして」
嘘じゃない。気づかなかったとは言わないけど、勘違いしてくれるだろう。
「そんなことほんとにある・・・?」
「目の前にあることは受け入れるべきです」
僕よりかなり低めの体躯を見下ろして、適当に言いくるめる。学校の先輩だけど、あまり年上という感覚は無いどころか年下に見えるため、ごまかしたことに罪悪感が芽生えてくる。この人めっちゃ素直だし、人のことを疑うとか知らないし。
「ここ先輩、ショッピングモールとか来るんですね」
「まぁ、休日だし・・・光くんこそ珍しいんじゃないの?」
「買い物を頼まれたので」
ここ先輩、本名はこばやし こと。普通の小林に、楽器の箏と書く、印象的だから覚えている。あと、可愛いからという理由もある。
「本なんて見てていいの、まだ何も買ってないみたいだし」
「新しい妹とはぐれちゃって」
「うそ!探さないとじゃん!」
新しい妹という単語が気になるだろうに、自分のことのように焦ってくれる、いい人だ。でもそこまで焦る理由が分からない、しろちゃんも幼い子供というわけじゃないし、そもそも僕がはぐれた張本人だし。
「はぐれたのは僕です」
ここ先輩が焦りだしてわたわたしていた足元の動きを止める。僕を見つめて、年齢より幼く見える要因である目をぱちくりとして、首をかしげる。そんな可愛いしぐさ自然にすることあるんだ。
「僕、ここに来るの久しぶりなんですよ」
「そうじゃなくて、妹さんは無事なの?」
「僕を案内してくれたのは妹なので、今頃僕を探してくれてると思います」
「・・・妹さん、何歳?」
「僕と同じですけど、学年は一つ下だと聞いています」
はぁ、とため息をついてここ先輩が脱力する。感情表現が豊かな人だ。
「光はいつも言葉足らずだよね」
「そうですかね」
「うん、新しい妹とはぐれたっていうから、妹さんまだ幼い子供なのかなって思っちゃった!」
そういうことだったのか、確かにそう勘違いされてもおかしくない会話だったと、今更ながら思う。
「思ったより深刻ではなかったみたいでよかったけど、妹さんととは連絡取れたの?」
「忘れてました」
スマホで連絡を取ればいいだけだった。如何せん人とはぐれることも、人と一緒に出掛けるのすら経験に乏しい僕には対処法が思いつかなかった。
スマホに手を伸ばそうとしたとき、後ろから声がかかる。
「にいさん」
振り返ると、いつもと変わらない表情のしろちゃんがいた。
まぁ、いつもと言っても会ってから三日しか経ってないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます