第4話

 「小白、明日光くんと食器とか買ってきてくれる?」




 どうやらもともと使っていた小物類は廃棄したようで、二人のものは新しく買わなければならないらしい。


 僕は親から何か任されることはあまりない、というか父が大体のことは一人でしてしまうので、僕は家事とかあまりしないし、自分で買い物をすることもない。


 物欲も薄いから貰うお小遣いも、毎週土曜の朝に行くラーメン屋で使うくらい。あとたまに飲み物とか。




 「うん、わかった」




 だからこのやり取りは少し驚いた。




 「僕が明日、会社帰りに買ってくるよ」


 「いえ、宗さんも疲れているでしょうし、小白も暇でしょうから」




 父も馴染みのない展開に戸惑っているのか、あまり見せない表情をしている。




 「光くんは明日予定とかあった?」


 


 美矢子さんが僕に聞いてくるが、首を横に振る。終業式も終わって春休みではあるけど、僕に友達と遊ぶとかの予定はない。




 「じゃあ、小白と一緒にお願いね」




 うん、ともはい、とも言えずに頷く。出前を取っての食事中だったけど、僕の口には何も入ってなかった。


 普段は結構遅くまでリビングでぼうっとしているけど、その日はお風呂に入ったらすぐに寝てしまった。疲れてたんだろう、慣れない肉体労働で。












 こんこん、と控えめなノックの音で目覚める。


 誰かに起こされるのは久しぶりだ、小学校以来だと思う。学校がある日は割とぎりぎりまで寝ているけど、それで遅刻したことは無い。




 あまり待たせるわけにもいかないから、布団から出てドアをゆっくり開ける。返事すればいいだけなんだけど、ドアの向こうまで届く声量を出すのが面倒だった。


 


 「おはよう、光くん」


 


 みやみやさんだった。てっきり小白ちゃんだと思っていたから驚いた。普通こういうのってかわいい義妹が起こしに来るイベントじゃないの。みやみやさんも美人ではあるけど、僕は別に美人が好きなわけじゃない。美少女が好きなのだ。




 「ぉぁょぅぉぁぃぁぅ」


 「朝ごはん、食べない?」




 これが小白ちゃんなら適当にあしらうこともできたけど、大人に向かって舐めた態度をとるのもできない、いや父ならできるか。どういう流れでみやみやさんが起こしに来ることになったのかわからないけど、僕が早い時間に起きなきゃいけない唯一の分岐だった。




 食べない?という質問に対して首をどう振ってもややこしいことになるから、仕方なく返事する。


 


 「食べます、顔洗ってきます」




 (比較的)いい返事をして、みやみやさんの横をすり抜け、洗面所に行く。


 正直なところ、新しい母とどのような距離感で接すればいいのか分からなかった。大人と敬語を使って話すのは実はそんなに苦手じゃないけど、家族に対して敬語なんて使うのも僕としては違和感がある。


 かといって、父と同じように接するのもあまり印象が良く無いだろうし、なにより恥ずかしい感じがする。ネットで調べたら解決するか、唯一の友達に相談してもいいかも。












 「普段、宗さんは朝ごはん食べているんですよね」


 「えぇ、息子は食べないので一人でですけど」


 


 食卓は、前あった食事会の焼き増しみたいなものだった。父とみやみやさんは和やかに会話しているけど、僕と小白ちゃんは静かに食べている。




 「光くん朝食べないんですか、起こしに行ったの迷惑だった?」


 


 口の中に物を入れたまま返事をしてはいけないけど、僕はすこぶる食べるのが遅い。でも、首を振って返事をするのも、なんだか恥ずかしい。昨日の夜は普通にしてたんだけど。


 聞かれてからたっぷり10秒くらい経ってから、返事をする。




 「いや、そんなことないです」




 この間にイライラする人がたまにいるから、僕はあまり人と食事をするのは好きじゃない。僕が悪いともその人が悪いとも言わないけど、目の前でイライラされると味に集中できないし。




 「おとうさん、ご飯おかわりいりますか?」




 小白ちゃんが父に聞く。僕とみやみやさんはあまりうまく会話できてない気がするけど、この二人はどうだろう。


 


 「・・・うん、小白ちゃん、お願いしようかな」




 見ている感じは不自然じゃないけど、父が戸惑っているのがわかる。多分自分でご飯をよそおうとしていたんだろうな。あとおとうさんって呼ばれるのが慣れないとか。


 


 美味しい和食だけど、みやみやさんが作ったのだろうか。もしかしたら小白ちゃんが作ったのかもしれないけど、今までの印象からはあまり想像できない。うっかり転んだりしたのもそうだけど、みやみやさんからわざわざお金をもらってラーメン屋に来てたあたり、自分で作るのはできないと思ってる。




 父とみやみやさんは同じ車に乗って、出社していった。




 「同じ会社らしいですよ」


 「へぇ」




 出て行った車の残像をずっと見ている僕に、声がかけられる。ほんとに心読めるのかな。




 「これも前話していたんですけど、本当にずっとハムに夢中だったんですね」




 ハムに夢中?何言ってるんだろうこの子。




 「離婚して社内で気まずくならないといいね」


 「不謹慎です」


 「自宅でくらい慎みのないことを言っても許されない?」


 「義妹の耳もありますから」


 「小白ちゃんは厳しいんだね」




 小白ちゃんが眉を寄せる。そんなにいけない発言だったかな。美少女だからそんな表情をしても可愛い。


 


 「ちゃんはやめてください」


 「嫌なの?父がそう呼んでたからそれに倣ったんだけど」


 「同年代からそう呼ばれるのはあまりいい気分ではありません」


 


 そういうものか、僕も父に似て人の機微には疎いようだ。知ってたけど。




 「小白」


 「はい」


 「小白さん」


 「はい」




 しまった、昨日の小白ちゃんの真似をしようと思ったけど、義妹を呼ぶレパートリーなんてないし、何より喜んでいるかもわからない。


 苦肉の策で、あだ名みたいなものをひねり出す。




 「しろちゃん」


 「はい」




 返事してくれた。でも喜んでいるかはやはりわからない。


 


 「小白さんって呼べばいいかな」


 「待ってください」


 「待つよ」


 「私はわかりやすく喜びましたが」




 どれ?




 「小白」


 「はい」


 「小白さん」


 「はい」


 「しろちゃん」


 「はい」




 わからないけど、さっき小白ちゃんって呼ばれるのは嫌がっていたし、小白さんがはずれだったことから、呼び捨てがいいのだろうか。思ったより呼び名にこだわる子だな。




 「小白、何時ころ買い物に行こうか」


 「違います、しろちゃんと呼んでください」


 


 嘘だろ・・・?


 ちゃんは嫌じゃなかったのか?とか言ってもいいけど、女の子にあまり質問攻めにしてもいいことは無いと知っている。




 「あだ名ってちゃんまでがあだ名ですから」


 「出たよ読心術」


 「質問攻めにしてもかまいませんよ」


 「ほんとにすごいな」


 「おにいさまはわかりやすいので」




 そんなレベルじゃないけど。




 「・・・仲のいい友達はそう呼びますから、慣れてるのでそれがいいかな、と」


 「へぇ」




 意図せず当てたあだ名がしっくり来たのなら、まぁ納得できる。


 


 「おにいさま、少し座って話しませんか?」


 「いいけど、何話すの?」




 しろちゃんがそんな提案をしてくる、ほんとに何を話すんだろう。




 「世間話です」




 世間話ってそんな身構えてすることかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る