第3話

 その日はいつもより目が覚めるのが早かった。


 昨日最後に古宮さんが言った言葉を考えれば、今日から家に来るのだと推測できる。


 流石におちおち昼過ぎまで寝てるわけにもいかなかった。普段はもっと惰眠を貪る僕も、比較的健康的な時間に目を覚ます。


 


 「ちゃんと起きてくれたか」




 まだしまわれていない炬燵で手足を温めるべく、温もりを享受していると、父が声をかけてきた。


 朝、声をかけられた僕が返事することはあまりない。返事してもあーとかうーとか、意味のない音を発するだけだ。別にまだめちゃくちゃに眠いわけでもないけど、朝って体のどこを動かすにしても億劫で仕方ない。口を開くのにさえMPをいっぱい削られる。


 


 「今日?」




 それでも昨日話を全く聞いてなかった僕は、父に色々聞かねばならない。差し当たっては今日家に来る(と推測している)大宮さん家族について聞くべく、主語をぼかして事情を聴こうとする。何も知らないことを知られては、呆れられてしまうから、悟られないように。




 「あぁ、もうすぐ二人か来るから、手伝って」




 何を?




 父は言葉が足りないことがある。ことがある、というか大体そうだ。母が居なくなってからは特にそれが顕著になったように感じる。思うに、僕にあまり配慮をしていないのだ。


 僕もこれ以上聞かないし、なんとなく察することができるから改善の兆しはない。家族が増えたら変わるのだろうか。


 大方荷物とか、家具とかの話だろうなとあたりをつけて、いつもなら口だけでも断るのだけど、しぶしぶという体で軽く頷く。




 父がわずかに身じろぎをしたあたり、多少驚いたのだと思う。しかし、それ以上口を開くことは無い。


 僕と似て柔和な顔つきをしているし、しゃべり方も穏やかだけれど、とても寡黙。家で会話はあまりしない。別に居心地が悪いわけでもないし、子供である僕に対して興味がないとかでも決してない。


 むしろ父からは多大な愛情を感じて育ってきたし、比べるものではないけれど、ほかの家の父親より人一倍子煩悩だと思う。


 ただ、この年になっても何か欲しいそぶりを見せると買ってこようとするのだけは、微妙なものを感じる。




 父にとっての両親も他界しているから、たった一人の家族に入れ込んでいるのだとか、ひねくれたことを考えてしまうこともある。


 そして、それは大きく違うこともないだろうとも考える。


 家族が増えたら、僕と父の関わり方も変わるだろうか。




 ぴんぽん、と呼び鈴が鳴った。




 あ、新しいお母さんの名前さえ聞けなかった。












 「お邪魔します」




 大宮さんたちを出迎えて、そこから忙しかった。


 新しい家具とか、ベッドとか入れて、部屋割りをして。


 


 肉体労働をしているうちにわかったのだが、新しいお母さんの名前はみやこさんというらしい。


 漢字でどう書くかまではわからないけど、なんだかきれいな名前だと思う。


 ふるみや みやこさん・・・心の中でみやみやと呼ぶことに決めた。




 「宗さん」




 どうやらみやみやさんは僕の父をしゅう、と名前で呼ぶことにしたようだ。昨日の食事会では名字で呼んでいたけれど、これからは夫婦になるのだし、当然といえばそうだ。


 


 「光くん」




 僕の名前は、知っていたようで、普通に名前で呼んでいた。僕はあの食事会で自発的にしゃべってはいないのだから、父から聞いたのだろう、




 「ひかり・・・さん?」




 これから義妹になる小白ちゃんには名前を言ってなかった。両手に椅子を抱えたまま僕の名前を反芻する。何か悩んでる様子。


 


 「おにいさん、と呼んだほうがいいですか?」




 そのあと、わざわざ僕にこんなことを聞いてくるあたり、悩みの種はこれだったようだ。


 僕としてはにいさんと呼んでくれたほうが仲良くなった気がするし、なんか可愛いからいいのだが、そんなことを面と向かって言ってしまっては肉体労働で稼いだ威厳ゲージがなくなってしまう。


 


 「どっちでもいいよ」




 「・・・光さん」


 「うん」




 「おにいさん」


 「うん」




 「おにいさま」


 「うん?」




 「にいさん」


 「うん」


 




 「おにいさま、と呼んだ時が一番嬉しそうでした」


 「心を読むのがうまいね」




 自分でも知らないツボを刺激されてしまった、空恐ろしい子だな。




 「でもあまり一般的ではないから外で呼ばれると困るな」


 「では家の中でだけの特別な呼び名ということですか」


 「親の耳もあるからな」


 「二人きりの時だけの・・・?」




 この子、あまり表情が変わらないから冗談で言ってるのかの判断がつかない。


 距離感、というか会話のテンポも独特だ。


 僕はあまり人の心を読むのがうまくないから、なおさら反応に困る。


 まぁでも、折角だし乗ってやるか。嬉しいのはほんとだし、役得。冗談だったとしても、義妹の冗談に乗ってるだけというだけで済むし。




 「そうしてくれると喜ぶ」


 「それ以外の時はにいさん、と呼ぶようにしますね」 




 変わらない表情で告げる義妹。しれっと僕の要望を叶えてくれてるのはとてもうれしいけど、どうやら冗談ではなかったらしい。


 こんな態度で美少女に接せられたら、好きになっちゃう。僕美少女は大体好きだったから変わんないや。












 「仲良くしてくれそうですね」


 「小白ちゃんが話しかけてくれてるように見えます、いい子ですね」


 「私としては意外なんですけど・・・」


 


 当然であるが、親は二人を心配していた。難しい年ごろ、と言っていい男女二人が仲良くやるのは難易度が高いと考えていたようだ。


 先日の食事会の様子で、不安が募っていたのだろう。思いのほか親しげに話す二人を見て、安堵する。




 「息子よりは全然マシでしたけど、昨日はあまり話していませんでしたね」


 「えぇ、口数の多い子ではないんですけど・・・親の前以外では、あんな感じなのでしょうか」


 


 美矢子はどこか後ろめたいことがあるような表情で、呟く。


 


 「僕の前では、息子もあまり話しませんよ」




 僕の性格が遺伝したんですかね、と軽く言う宗。


 子供の知らないところで、親も悩むことがあるらしい。

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