第2話
よく考えてみれば当たり前の話だが、僕をびしょ濡れにした古宮さんが新しい母なんてことは無かった。
自分視点の登場人物だけで世界が回ってる思考はいい加減やめたいものである。
その日の夜、僕はよくわからないけどよさそうなご飯を食べていた。
ご飯の味の良しあしはわからないけど、食事会は和やかに進んでいるようで何より。
「学校は春休みのようで、家でずっとゴロゴロしてて・・・」
父が僕の長期休暇中の痴態を酒の肴にしているが、特に言い訳のしようもないので黙っている。
このハムめっちゃしょっぱい。
「うちの子も似たようなものです」
長期休暇中の学生などどこもそのようなものなのだろうな。
父の対面にいる人は少し冷たさを感じる怜悧な顔立ちと、固めの声、しかし、話す内容でその印象が薄まっている。
先ほどから思うことだが、会話が上手な人だ、寡黙な父が笑みをを浮かべて楽しそうに話す。
僕の対面では黙々とハムを口に運んでいる古宮さんがいる。
流れで分かるとは思うが、ラーメン屋で会ったあの子だ。
こういう場では子供は話しづらくて仕方がない、僕も古宮さんも気まずくて仕方がなかった。
僕の父はそういう機微には疎いのだが、古宮さんの母はそうでもないらしい。
「もう少し話すこともありますが、二人はあまり遅くなってはいけませんし、子供たちだけ先に返しましょうか」
その一言で、僕と小白さんはタクシーで先に帰ることになった。
「驚きました」
「そうだね」
タクシーの中で二人話す。今のところ出来の悪いAIみたいな会話になっているけど。
「そう言っている割には驚いているようには見えませんでした、私と既に会っていたことも話しませんでしたし」
「古宮さんもそうでしょ、ハムに夢中だった」
「・・・あれは母がいて話しづらかったんです」
少し顔を下に向けて、恥ずかしそうに小声で返してくる。
「いや、本当はかなり驚いてたよ、再婚したいって言われたのも今日だったし」
「今日・・・ですか?私は結構前から相談されてたんですけど・・・」
「うちの親そういうとことあるから」
本当ならあってたまるか、という話なんだけれど。犬が欲しいと言った明日には犬が居たりしたこともあった。ちょっと前に寿命を迎えたからもういない。
形容しがたい顔をしながら首をひねる古宮さん。どんな顔をしていても美少女だから驚く。
「そういえばどっちが年上なんだっけ」
「本当に驚いていたんですね、自己紹介とか、再婚を望むようになったまでの経緯とか、いろいろ話してたのに」
「いや、ハムに夢中だっただけ」
驚いていたわけでも、ハムに夢中だったわけでもない。あまり興味なくて聞いてなかっただけだけど、それを言うわけにもいかずに適当吐いとく。
「まだ年は変わらないそうですけど、学年は一つ下だと聞きました」
「義妹か、なるほどね」
思わず口に出してしまう。
「どういう・・・?」
いや、義姉より義妹のほうがフィクションの影響を受けている僕にとっては好ましいというか、サブカル的な琴線を刺激してくるんだ。
「あまり情けないとこは見せられないから気を張らないとなって」
今度は口に出なかったようで安心。
「はぁ・・・生まれは一か月も変わらないのですから、気にしなくてもいいと思いますけど」
「えっそうなの」
いったそばから情けない声が出てしまう。いやまだ兄の威厳ゲージは0なのだから問題ない、マイナスにはいかないはず。
「これも話していたんですけど・・・」
「ハムめっちゃしょっぱかったよね」
「もしかして結構変な人ですか?」
失敬な義妹である。
「それなら古宮さんも、その敬語やめたら?」
僕が今年で2年生だから、この子は今中学を卒業した直後で、今年高校に入学してくることになる。まったくいないわけでもないが、常に敬語で話す中学生は珍しい。
おそらくラーメン屋で会ったときに敬語だったからそのままなのだろう。
「いえ、ラーメン屋の流れを汲んでこのままにしようと思います」
「君もたいがい変な人だな?」
これがこっちのほうが話しやすい、とか言われるのなら納得するんだけど、真顔のままそういわれてしまっては何と言えばいいかわからない。
あ、もう変な人って言ったのだった。
「失敬な人ですね」
こころもち憮然とした表情で言う古宮さん。
ラーメン屋の時の印象とは大きく変わっていた。
「私、ここで降ります」
「あぁ、うん、気を付けて」
明かりを灯していない家の前にタクシーが止まったので、気を付けることもないと思うが、社交辞令として。
あれ、そういえば再婚するなら家とかどうするんだろう。
「明日からよろしくお願いします」
ぺこ、と軽く頭を下げて古宮さんが家に入っていく。
これはたぶん僕の聞いてないところで話が進んでいるか、あるいは僕が話を聞いてないかのどちらか・・・十中八九後者ではあるが、行き過ぎた自責思考は自分を苦しめるだけだから父のせいにしておこう。
僕の精神衛生を守るために必要なことである。
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