無表情の義妹、不器用。

@wagana

第1話

少し遅めの朝、僕以外誰も客がいない店に入って席に座る。


 店員さんもあまり干渉してこないし、古めのラーメン屋だというのに店内は綺麗なとこも気に入っている。


 提供が少し遅めなのは人によってはマイナスポイントなのかもしれないけど、休日に予定を入れることもない僕にとっては気にすることでもない。


 むしろラーメンが出てくるまでの時間、外の緑を見て呆けているのが好きだ。晴れているとなお気持ちよくて、優しく陽光が降り注ぎ、癒しをくれるような気がしている。


 1分くらいメニューを見て、悩むふりをしてから注文をする。




「醤油ラーメン一つください」




 店員さんが奥にいる大将に声をかける間に、セルフの水を取りに行く。


水で口を湿らせながら、携帯に目を落とすと、唯一の家族とも言える父から連絡が来ていた。




「馬で大勝ちでもしたのかな」




 自分にしか聞こえない冗談を口にしながらスマホに目を落とすと、驚きで水が器官に入りむせる。


 思えば今日は休日だというのにやけに早く家を出ていたし、ひと月ほど前から父のルーティーンから外れた行動は続いていた。


 だからむせたのは父に何も聞かなかった僕の責任であって、実はこのメッセージも驚くことではないのかも―――そんなわけないだろなんだこれ。




  再婚していいかな




 こんな大事なことメッセージで言うなとか、相手はどんな人だとか、言いたいことはいろいろあったけど、そんなことは家に帰ってきてから聞けばいい。そう思ってより重要なことを伝える。




 帰りに牛乳買ってきてくれたらいいよ




 よし。


 こうすると自分の懐から飲み物代が出ていかないんだ。


 現実逃避をして、僕はいつのまにか目の前にあったラーメンに向かい合うことにした。




 「いただきま―――」


 


 その時、店の扉が開いた。


 この時間に僕以外の客が入るのは珍しく、思わずそちらに目をやってしまう。




 「開店してます…よね?」


 


 かわいらしい声だったし、顔も可愛かった気がする。


 言い切れないのは、すぐに目をそらしたからだ。


 知り合いでもない人の顔を見るのはなんだか苦手だし、相手もいい気はしないだろうと思ってしまう。


 


 (だから友達少ないんだけど)




 いないわけではない、決して。




 いただきますと小声で言い直して、黙々とラーメンを食べていても、やはり(暫定)美少女の動向を気にしてしまって集中できない。


 注文を終えて水を取りに行っているようで、僕の隣を通る。




 (あーめっちゃ顔気になる、一度気になるともやもやしてしまう)




 そんなことを考えていると、思いもよらずそのもやもやは解消されることになった。


 暫定美少女ちゃんはどうやらこの店に始めてきたようで、物珍しそうにあたりを見まわしながら水を片手に席に戻る。


 これがいけなかった。


 


 ガッ




 「あっ」




 「えっ」




 幸いというべきか、僕はその美少女ちゃんに注意を払っていたのでその危機を回避することもできた。


 しかし、僕が避けてしまえば倒れこんでくる美少女ちゃんが机か椅子、あるいは僕の食べているラーメンにぶつかってしまうのは明白なわけで。


 結局、少女に先立って向かってくるコップを受け止めながら美少女ちゃんを体で受け止めるしかなかった。




 (割れないコップでよかったな)




 そんな場違いなことを考えて、僕はびしょ濡れになった。






 






 「本当にごめんなさい」


 「別に構わないよ、そういうこともある」




 色々を片付けた後に、空になったどんぶりの前で美少女ちゃんと僕は向かい合っていた。


 冷めてしまってもあれだし、ラーメンを食べてから話すことにした。


 ちなみにちゃんと美少女だった。ごめん暫定美少女とか言って。


 


 「何かお詫びをさせていただけませんか」




 大きな瞳をこちらに向けて聞いてくる。耳にかかるほどの髪の毛はつやがありサラサラしてる。いいにおいしそう。




 「いい匂いしそう」


 「はい?」




 あっぶね、声に出てた。


 女子に免疫のない変態はこれだからいけない。




 「気にしなくていいよ、服がちょっと濡れたのと、肘を受け止めた場所が少し青あざになっただけだし」


 「けがまでしているのなら、そういうわけにもいきません」


 


 しまった、黙っておくべきだったか。


 対人能力の低いぼっちはこれだからいけない。


 いやぼっちではない。友達が少ないだけだ。




 しかし、お詫びと言っても何をしてもらえばいいのか。


 ここの支払いを持ってもらうくらいか?


 ラーメン一つくらいならそんな負担にもならないはず。




 「ここの支払いをもつ―――」




 とか考えていたら提案してくれそう、やっぱ美少女はコミュ力もあるんだ。


 きっと鼻もほじらない。


 


 「とかはできないんです」


 「そっか」


 


 できないならなんで言い出したんだろうこの子、先読みしてきたのちょっと怖いし、会話のテンポおかしくない?


 いやコミュ強はこういうノリが当たり前なのかな、きっとそうだ。




 「・・・あの、お金を自分の昼食分しか持たせてもらってないんです、お詫びをしたいのはほんとですから、連絡先を交換してもらって、また今度お会いしていただけませんか」




 そういうことか、見た感じ僕と同じ高校生っぽいけど、バイトとか禁止されてるのかな。




 「いいよ」


 


 断るのも大変だし、無駄な抵抗はやめておこう。


 正直なところ少し面倒だし、目の保養になるとはいえどはじめましての人と話すのは億劫だ。


 でも断るほうが大変なら受け入れよう、よく考えたら美少女の連絡先もらえるんだから断ることないいよね。




 「古宮小白です」


 


 あ、名前か。


 ふるみやこはく・・・かわいらしい名前だと思う。




 「大宮です」




 下の名前はあえて言わなかった。こういうあたりがコミュ障なんだろうなって思う。




 「おーみやさん・・・」




 味わうように僕の名字を口の中で転がす古宮さん。なんかしゃべり方に違和感があるけど、なんだろう。


 


 ブブッ




 スマホが鳴る。自分のを見ると、父から返信が来ていたけど、通知は切っているはずだった。


 目の前の古宮さんは同様にスマホを見て焦りだす。




 「ごめんなさい、時間があまりなくて」


 「いいよ、また今度ね」




 自分の分の支払いを済ませて、急ぎ出る彼女を横目に返信を見る。




  古宮さんという方なんだが、今夜顔合わせをしたい




 「どっちだ・・・?」


 


 僕の中で父が超えてはならない一線を越えた説が浮上した。 

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