うちの猫には何か見えないものが見えている

湾野薄暗

餅田という猫

築2年のペット可マンション。1階のエントランスにお菓子の自動販売機とジムも備えていて、ワンルームは広くて日当たり良好。駅まで歩いて10分。街まで電車で20分。そして何と破格の水道料金込み3万円である。


「それで告知事項有りって………?」と恐る恐る私は尋ねた。目の前の不動産屋のミミさんはゆっくり口を開いてこう言った。

「人が亡くなってます。3人ほど」

お父さん、お母さん、私は何でこんなことに…?


結局、物件をそこに決めて、今のボロアパートに帰ると、もっちりどすんとした体型の三毛猫がのそのそと玄関までお出迎え。名前は勝手にそう呼んでいるが餅田。先日、職場の前で前足を怪我してたのを放っておけずに動物病院に駆け込んだのだ。迷い猫の貼り紙の中にもいない名無しの彼女に私ができることと言えば里親や飼い主が見つかるまでの間、一緒に暮らして怪我を治してもらうことだけだった。しかし、現在のボロアパートでは大家さんの許可が出なかったので引っ越すことに決めた。が、決めたは良いがペット可のアパートやマンションは1匹につき+5000円ぐらいかかるので極力、安い物件を探していて、あの破格のマンションが出てきたのだった。

「餅田〜!引っ越しはストレスだと思うけど頑張ろうね!」と2キロ6000円のロイヤルカナンを食べてる餅田に話しかけるが無視された。ご飯が先だよね!


引っ越しも無事終わり、破格のマンションでの生活が始まった。餅田は最初こそキョロキョロしてたが「私、前からここに住んでました」みたいな顔で優雅に寛いでいた。引っ越しが完了して2時間後の話である。


問題は私だった。

クローゼットの中からコンコンとノック音がする午前3時。夜中、目覚めると顔を覗き込む人の気配がする、日中は何故か肉の腐った臭いがする、など多種多様の心霊現象に悩まされていた。姿は見えないのに音が、臭いがするという非現実的な現象を不動産屋さんに伝えても「そういう物件なんです」の一点張りだ。私は食欲が落ちて、少し窶れたが何とか仕事に行っていた。


ある日、とうとう仕事を休むぐらいに体調が悪くなり、家で寝ていた。しかし肉の腐った臭いは健在で私の具合を更に悪化させた。ほとんど気を失った様な状態から目を覚ますと餅田が私を見ている。あぁ、ご飯の時間か…とゆっくり起き上がろうとして起き上がれなかった。重い。私の上にナニカが乗ってる気配がする。ナニカが顔を覗き込む気配がして目をぎゅっと閉じた。そのナニカがふぅーっと息を吹きかけてきた。それはあの肉の腐った臭いで私は思い切って目を開けた。今なら見える気がして。しかし、しっかりとした重みはあるのに見えるのは…いつの間にか近づいてきていた餅田のどアップだった。声は出ないが餅田逃げろ!と念じてみたが餅田は私の顔をじーーーーっと見つめて、私のお腹の上の虚空に向かって猫パンチを立て続けに2発放った。しかし、私は動けないままである。餅田〜私はいいから玄関とか遠くに逃げろ〜!と再び念じてみた。餅田は少し動いて私の顔の少し上の虚空を目掛けて猫パンチを3発お見舞いした後に空中に噛む動作をした。そしたらその瞬間に金縛りが解け、肉の腐った臭いも消えた。

「も、餅田…?」と餅田に恐る恐る呼びかけると餅田は「なーん」と鳴いた。

そして餅田は何事も無かったかの様に空のご飯皿の前へ移動した。とある平日の13時過ぎの出来事。


「餅田ありがとうね」の意味も込めてちゅーるをトッピングして餅田の前に置くと餅田は味わうようにちゅーるトッピング付きロイヤルカナンを食べ始めた。


うちの猫には何か見えないものが見えている。




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