第11話 二人だけの親睦会①
「フフフ……心太郎。私が今から何をするか……あんたなら分かるだろ?」
次の日。僕達天文部は、例の草原に集まっていた。そろそろ梅雨入りの時期だが、今日のところは晴れてくれた。
深月は今日、いつもの通学鞄から、大きめのリュックサックに鞄を変えていた。その意図が最初は分からなかったが、どうやらその中に真弓さんの重力に関する実験として、必要な物を入れてくる為だったらしい。そしてニヤニヤしながら彼女が取り出したのは、T字型の締め付け金具。いわゆる『T字ノブ』と呼ばれるもので、釣り竿のリールなんかに使われているものだ。
無重力とT字ノブ。この組み合わせに、僕はすぐにピンと来た。
「ジャニベコフ効果か!」
「正解!」
「じゃに……何て?」
指を鳴らした深月の横で、真弓さんが目を点にしていた。
「えっと……見れば分かると思うよ」
「とりあえず一果は……む、無重力にして、くれたらいいよ」
「よく分かんないけど、無重力ね? それは分かった」
状況が呑み込めないながらも、真弓さんは深月と共に無重力空間に浮かぶ。深月は『おぉ……』と感嘆の息を漏らしてから、意を決したように右手のノブに回転を掛けつつ手から離した。すると――T字ノブは等速で横に回りつつ、時々百八十度くるりと回転した。しかもそれは、全くの同周期で繰り返される。
「えっ!? 何コレ踊ってるみたい! アハハ、面白~~い! ねえ深月、これって何でこうなるの?」
興味深く回転するノブを見つめる真弓さん。横で膝を抱えて浮いている深月が、今目の前で起こっている現象について語り始める。
「ジャニベコフ効果、中間軸の定理とも言ってね。三つの異なる慣性モーメントを持つ物体を回転させると、二番目に小さい慣性主軸周辺の回転が不安定になる。そこに重心を置いたから、回転も不安定になって――」
「……ヨケイワカンナクナッタ」
深月の解説の前に、真弓さんは目が点どころかロボットみたいな話し方になってしまった。深月の説明が悪いとは言わないけど、物理をある程度学んでいないとあの説明は却って難解だろう。僕は無重力空間に入り込むと、ポカンとしている真弓さんの肩を叩きつつ補足する。
「えっとね、真弓さん。重心って分かる?」
「ジュウシン……えっと、回転の中心部分のコトだよね?」
「そう。このT字ノブは、それぞれ違う長さの三つの線に分解出来るんだよ。で、この線――軸は、一番長いのと一番短いのは良いんだけど、真ん中の軸に重心があると、重心の位置も不安定になるんだ」
「重心がふらつくから、回転もふらつくってコト?」
「そういうこと」
よし、ちゃんと伝わった。やっぱり真弓さんは、順を追ってちゃんと解説すれば理解出来るんだ。それが分かったなら、きっと成績も伸ばせる。
「いやあ、でもやっぱ知られたのが遠前クンとミヅキで良かったよ。アタシ一人だったらこんな面白い事しよう、なんて全然思いつかないもん」
「そうかな。もし僕と深月が重力制御の超能力なんてあっても……宙に浮きつつ音楽鑑賞、なんて思いつかなかったと思う」
「はっ? 何あんた、私の知らない所でそんなクッソ楽しそうな事してたのかよ」
「アハハ、ミヅキも興味ある? 後でする? アタシのチル系プレイリスト聞かせてあげるからさ」
「良いの? それなら、是非……」
「オッケー。けどその前に、二人にアタシから提案があって……」
真弓さんが能力を解除し、全員で地上に降りる。彼女は人差し指を立てつつ、腕を組みながら僕と深月を交互に見た。
「二人はさ、来週の土日は空いてる?」
「僕は大丈夫だけど」
「私も」
「よしよし。じゃあさ……親睦会ってコトでさ、遊び行かない?」
「遊びって……具体的には?」
「フフン、それはね……」
真弓さんはメモとシャーペンを取り出してニッコリ笑った。
「アタシたちで一個ずつ出しあって決めるの!」
「つまり……多数決? でもそれって、僕と深月の趣味に合わせる形になりそうだけど……」
「大丈夫なんだよね、それが。これ、アタシの友達が考えたヤツなんだけど――」
真弓さんが提案した方式に、僕と深月は思わず頷いた。
その方法とは、まず何処に行くかを決めて、次にその周辺で食べたい物とやりたい事をそれぞれ一つずつ挙げる。そうして挙がったものを午前・昼・夜と訪れるというもの。勿論この予定に合わせるため、一人分の時間は長くても二時間。
「これなら全員のやりたい事も行きたい場所も行けるし、全員の好きなコトや食べ物も分かるってワケよ」
「凄いね……それ考えた人」
「けど、諸刃の剣だな。一ミリも合わねえ奴がいると大変になりそうだ。けど確かに、全員の趣味とか知るには良いな」
「ささ、それで二人は何がしたいの?」
遊びに行く場所は、ここから電車で二十分程で行ける県内一の都会エリア。その周辺で、やりたい事と行きたい飲食店を考える。暫くして、全員分の解答が揃った。
「フンフン……ミヅキは映画と餃子。遠前クンは展望台とプリンかぁ。アタシはゲーセンと唐揚げで!」
「いやちょっと待て、チョイスの性別が逆過ぎるだろ」
深月が思わず突っ込みを入れるのも分からないではない。深月の趣味は知ってたけど、真弓さんの趣味が少し意外だった。
「アハハ、まあいいじゃん、それも分かったってことで! で、次は時間帯なんだけど……」
「食事は昼とおやつと夜だよね。僕はカフェだからおやつ確定で良いとして……二人はどうしようか?」
「じゃあ、私の方を晩飯にしない? 自分で言っといてアレだけど、女子が昼飯餃子は後がヤバい」
「最近ニンニク無しのトコも結構あるけどね。まあいいや、じゃあお昼唐揚げ夜餃子ってコトで」
そして話は進み、最終的に決まった予定が以下の通りだ。飲食店についても、それぞれ行きたい店を挙げて、その日が休みで無い事を確認している。
・午前 映画(深月が見たいやつ)
・昼食 唐揚げ
・昼 ゲーセン
・おやつ カフェ
・夕方 展望台
・夜 餃子
「よしよし、いい感じに収まって良かったよ。たまに軽く揉めるんだよね、このやり方」
「さっき深月が言ってたように、まるで合わない人がいた時とか?」
「どっちかと言うと、適当な時間帯が被るパターンかな。例えば一人が食べたい物にパフェ、もう一人がハニトーとか挙げたら、おやつの時間が取り合いになるっしょ?」
「成る程……」
だからこの方法に慣れてる真弓さんは、スイーツ系を挙げなかった訳か。
「じゃあ、来週の土曜日に現地集合ね! フフッ、今から楽しみだなぁ」
「でも、大丈夫? 真弓さん補習あるから、その課題もあるんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫。課題の提出は最後の補習から二週間後だから。未来の自分を信じるよ」
「ギリギリになって徹夜とかするパターンだな、これ」
「うえっ……ミヅキ、前の時のアタシの行動当てるの止めて?」
「あ、当たってた……」
「けど今回はヘーキだし。分かんなかったら遠前クンが教えてくれるって言ってたし」
真弓さんは再び周囲を無重力にして、膝を抱えた。何だかその姿が意地悪されて拗ねた子供のようだった。
「心太郎。あんまり一果を甘やかしたら駄目な気がするぞ」
「深月がそれ言う?」
けどまあ、深月の言葉は覚えておこう。
「つーかさあ、心太郎。一個突っ込ませてくれ」
「何か?」
「あのさぁ……スカートで無重力って……ヤバくね?」
「ヤバい? 何が?」
「いやいや……見えるだろ、中身が。私は短パン履いてるからいいけど」
中身……スカート……。そこまで来て、ようやく僕の中で点と点が繋がった。
「あっ……」
しまった、全く気が付かなかった。言われてみればその通り、スカートが衣服として機能しているのは、重力によって地面に引っ張られているからだ。重力が働かなければ、スカートなんて只の布切れにしかならない。
「ううん、それなら大丈夫だよ? ホラ、ちゃんと中にスパッツ履いてるし」
そう言って真弓さんは、スカートをめくって黒いスパッツを露わにした。
「それに、浮いてる時はちゃんと押さえてるしね。その辺は無意識にやってるよ」
「いやそれはそれでマズくないかな!?」
確かに真弓さんは制服の下にスパッツを履いている。履いているのだが――めくって見せていい訳じゃないと思うんだ。どうしてかって言うと、スパッツはハーフパンツより丈が短いので、彼女の健康的に引き締まった太ももが強調されてしまう訳で……。
「んん? どしたの遠前クン? アタシ、ここに来る時はずっと前からこうだよ? 何も言わないから気にしてないと思ってたけど、何で今更慌ててるの?」
「いや、それは、その……」
「……ああ~~。そういう、ね」
ハァ、と深月が露骨にため息を吐いた。
「……一果、コイツ多分、素で気付いてなかった。超能力に気を取られまくったせいで、女子のスカートとか布切れにしか見えなかったっぽい」
「深月、言い方。……うん、気付かなかったのは本当だけど」
本当に気が付かなかったので、こう言うしかないのだ。今の僕に出来るのは『スカートの中身を覗きたくて黙っていた』という誤解を与えないよう祈ること。真弓さんはその可憐な外見故に、そういう目を向けられる事も少なくなかっただろう。太陽の話を聞いていると尚更思う)
。だからそんな誤解をされてしまうと、彼女からの好感度が一気に落ちてしまう。それは正直、とても嫌だ。
「……まあ、遠前クンはそういう人だもんね」
どうやら、信じて貰えたらしい。良かった、これで彼女から嫌われたりは――
「ふ~~ん。そっかぁ~~。遠前クンからすればアタシは大した魅力も無いってワケかぁ~~。へぇ~~」
「……あれ? 真弓さん?」
真弓さんは唐突に能力を解除すると、しかめっ面で腕を組み、そっぽを向いてしまった。
「えっと……怒ってる?」
「怒ってないも~~ん。別に遠前クンがアタシより超能力に興味があるなんて知ってたし、別にアタシを女子として見てなかったとか思ってショックだったりしてないも~~ん」
「えっ……え!?」
何で? どうして真弓さんは機嫌を損ねたんだ? 僕は彼女の事を邪な目で見ていないと伝えただけなのに、それの一体何が駄目だったんだ?
顔を背けたまま何かブツブツ不平を言い続ける真弓さんをどうする事も出来ず、僕は深月を見た。
「深月……僕は、何を間違えたんだろう」
「『お前なんざ興味ねぇよブス』とか言われたらそりゃ怒るって」
「そんな事言ってないよ!? そもそも真弓さんは美人だし!」
「……へぇ?」
またしても何かしら反応したらしい真弓さん。僕の方を向いたかと思うと、今度はニヤニヤしつつ僕にズイっと顔を近付けて来た。
「なに遠前クン? 今アタシのコト美人って言った?」
「えっと……うん、言ったけど」
「具体的には?」
「いや……何が?」
「だからぁ……具体的に、アタシのどの辺が綺麗なのかな……って?」
「ぐ、具体的に……」
そんなに見つめられると、目を合わせづらくて困る。だけど、今日の真弓さんは『言わなきゃ逃がさない』とでもいうような圧を感じる。瞳の黒さと合わさって、さながらブラックホールだ。
「例えば……その……」
期待の眼差しを向ける真弓さんの顔を、もう一度見る。
「……夜空のように綺麗な瞳とか」
「……う、うん」
「後は……艶やかな濃藍の髪とか。スタ……脚も長いし、それから――」
「ちょちょちょ、ちょい待って遠前クン! もういい、もう充分だから!」
真弓さんが大慌てで僕の両肩を掴み、揺らした。彼女の顔は夕焼けのように真っ赤で、先程までの余裕と圧が嘘のように消えていた。
「まだ全部じゃないんだけど……」
「いいの! ゴメン、からかったアタシの負けだから!」
「え? いつの間にか勝負してた――痛っ!? 深月!?」
いきなり深月に背中を平手で叩かれた。見ると、深月はまるで嫌な物をみるかのように、冷ややかな目線を僕に向けていた。
「深月……何、その眼」
「中途半端な女たらしを見る眼だよ」
「心当たりが全く無いんだけど」
「『スタイルが良い』って言おうとしたけど胸の事と勘繰られるのを恐れて『脚が長い』って逃げたムッツリスケベ、と言った方が良かったか?」
「うぐっ……」
『脚が長い』の下りについては、何も言い返せなかった。
その後は平静を取り戻した真弓さんだが、何やら浮ついた空気になってしまい、奇妙な空気感のなか、今日の活動は終わりを迎えた。
*
思えば、電車に乗るのも久し振りな気がする。
春休みはずっと家にいたから、最後に乗ったのは多分、冬休み。お盆は帰らないけど、流石に年末年始だけは、僕も帰省する。だから大体、半年ぶりだ。
六月半ば、既に梅雨本番の時期。しかし、どうも今年は雨の少ない空梅雨らしい。お陰で今日も天気は晴天。少し蒸し暑いけど、お出かけには悪くない日和だ。
現在僕が揺られているのは、県内最大の都会へ行くため。要するに、真弓さんと深月と共に、『天文部懇親会』という名の遊びに行くためだ。今僕が開いているメッセージアプリには、えらくテンションの高い真弓さんからのメッセージが表示されていた。
『おはよ~~~~!! 今日は楽しい懇親会の日だよ!! 十時に中央改札前に集合ね! 寝坊しちゃダメだよ!』
このメッセージの後、二連続でキャラクターが騒いでいるスタンプが貼られた。一週間に及ぶ補習を終えてテンションが大きく上がっているのだろう事が目に見えて分かる。僕としても、友達との外出なんて久し振りなので、ワクワクを抑えられずにいた。一週間ぶりに彼女とちゃんと話が出来るというのも、楽しみな気持ちに拍車を掛ける。
そうして電車に揺られること二十分。車内の大半の乗客が降りていく中、僕もその波に続いていった。エスカレーターを降り、少し歩くと中央改札が見えた。ICカード乗車券を翳して改札を出て辺りを見渡したものの、真弓さんと深月の姿は見当たらない。時間を確認すると、まだ九時十五分だった。
「早く来すぎたかな……」
どうやら、思った以上に僕も今日を楽しみにしていたらしい。
邪魔にならないよう、壁にもたれかかりながら待つことにした。『着いたよ』とメッセージを送ろうとした時――深月から、グループ通話が掛かってきた。このタイミングで通話という緊急連絡の手段を使った辺り、寝坊でもしたのだろうか。
「もしもし、おはよう深月。どうしたの?」
『おう、心太郎……。すまねぇ、心太郎……実は……』
深月の声は、いつもより元気が無い。その上息が荒く、何処かしんどそうだ。これは、まさか……。
『完っ全に……風邪引いたわ』
「えっ……ええっ!?」
新堂深月、本日病欠。三人で遊ぶというのに、そのうち一人が不在。これが意味する事は、一つ。
「ちょっと待ってよ、深月。それってつまり、今日僕は真弓さんと二人きりって事になるんだけど!?」
『まあ、いいじゃねえか……。あんたからしたら、ちょうどいいだろ? 私の事は気にせず、二人で楽しんで来るといいよ。あっ、映画のネタバレはやめてな』
「そんな事言われても……! というか深月、寝てた方が良くない!?」
『や、大丈夫。微熱っちゃあ微熱だし、多分月曜には――』
『深月、ちゃんと寝ときなさい。後でお粥作ったるからの』
『ああ、うん。ありがと、ばあちゃん。……じゃあ心太郎、切るわ。一果宛てにメッセージも送っとく』
「あ、うん。えっと……お大事に」
そして、深月との通話は終わった。僕は頭を抱えて、大きなため息を吐くしかなかった。
「ええ~~~~……」
いや、真弓さんに伝えておくと言っても。そもそも今日の遊びはそれぞれの好きな事を一つずつやっていくという内容な訳で、深月がいないとその意義が大きく損なわれてしまう訳で。どうしよう。映画は既に三人分、オンラインで予約済みだ。予約は僕がしたから、入ろうと思えば入れる。でもこれは深月が見たかった映画だし、僕らだけで見ても仕方ない気がする。
「よっす、遠前クン! 早いね、アタシ結構早く出たつもりなんだけど」
そんな事を考えていると、不意に横から聞き慣れた軽いノリの声が聞こえた。
声の主である真弓さんが身に着けているのは、当然ながら私服。制服とはその雰囲気がガラリと変わり、それだけで今まで知らなかった彼女に会えた気さえしてくる。
白地のシャツの上に黄色のカーディガンを羽織り、青いロングスカートを履いている。イメージに反してシンプルな服装故に、彼女のスタイルの良さが強調されていて、それが彼女ならではの魅力を放っていた。
「あっ、真弓さん……」
ああ、来てしまった。しかもこの様子を見るに、多分深月が来れない事を知らない。
メッセージを見る限り、真弓さんは今日を非常に楽しみにしていた。そんな彼女に、『今日は深月がいないので僕と二人です』なんていえば、少なからずガッカリする事は必至。
「……遠前クン? 何かちょっと、元気ないカンジ?」
「えっと……真弓さん。その、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」
意を決して、真弓さんを真っ直ぐ見据えた。
「さっきグループに電話が来たと思うけど……どうやら、深月が風邪引いて、来られなくなったみたいなんだ」
「えっ……マジ?」
真弓さんの目が大きく見開かれ、声が低く、重くなる。仕方ないとはいえ、やはり彼女をガッカリさせるのは辛い。
「えっとね、それで――」
「ミヅキは大丈夫!? 何か言ってた!?」
彼女は真剣な表情でスマホを取り出し、指を走らせる。
「とりあえずお見舞いのメッセだけでも送っといて……」
「ああ、微熱で、月曜には治ると思うってさ。だからまあ、本当に只の風邪みたい」
「そっか……。じゃあ、まだいいけど……よし、メッセ送った。ミヅキ、早く元気になって」
僕が重症じゃない事を伝えても、真弓さんの眉は下がったままだった。
この人は、本当に深月の事を心配してくれている。真弓さんが優しい人なのは知っていたけれど、まさにこれから遊びに行くというタイミングでも真っ先に心配が出る人は、きっとかなり少ない筈だ。
こうして見ると、やっぱり思う。真弓さんに対して外見だけで好きになるなんて、とても勿体ない話だな、と。
「それでさ、真弓さん……今日の事なんだけど……」
「あっ、そっか。ミヅキがいないから……アハハ、アタシたち二人だね」
真弓さんは苦笑しながら、両手を後ろに組んだ。
「……どうしようか。その、ここまで来てなんだけど……延期にしようか?」
「延期!? 何でぇ!?!?」
突然涙目になって、思いっきり顔を近付けてきた。薄く化粧をされた彼女の顔は、学校より華やかで、より一層煌びやかになっていた。そんな顔が眼前に迫っているのだから、平常心を保てという方が無理な話だ。
「いや何でって……そもそも僕達の今日の目的は、それぞれの好きな事を共有しあうっていうのが大きい。だから、深月がいないのにやっても、どうしても意義が損なわれるというか――」
「けど、アタシと遠前クンだってしたい事あるじゃん! それに、映画のチケット予約したっしょ!? だったらせめて、それだけでも観に行った方が良いって!」
確かに僕らが見に行く映画館は、チケットのキャンセルが出来ない。深月の分は仕方ないとしても、見に行っても行かなくても、結局チケット代は掛かってしまう。
「それとも遠前クン、アタシと二人は嫌?」
「えっ……いや、そんな事は全然ないけど……」
「じゃあ何も問題ないじゃん! ……それでも、ダメ?」
両肩をガッシリと掴まれ、寂しそうな顔で懇願する真弓さん。
駄目だ。さっきの話が筋が通っている上に、そんな顔をされてしまえば、断る事なんて出来る訳がない。
「……真弓さんが良いなら」
どうにか絞り出すようにそれだけ言うと、彼女は一転してパアッと満面の笑みに変化した。
「そっかそっか~~! そうと決まれば、早速行こ行こ! ホラホラ!!」
「あっ、ちょっと、真弓さん……! そんな急がなくても、時間はまだあるから……」
真弓さんは僕の手を掴むと、飛び跳ねんばかりの勢いで走り出した。鼻歌交じりに街を駆ける彼女の手の温度は、僕の手どころか顔と心臓まで熱くしていた。
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