第9話 惹かれている

「もう知ってると思うけど、とりま自己紹介! 今日入部届を出しました、新入部員の真弓一果でっす! 誕生日は1月21日、血液型はO型! 趣味は色々あるけど一番は邦ロック! 好きなバンドはシーホースでしょ、後はトラキン……まぁ一杯知ってるから、また聞かせたげる! よろしく!」

 旧校舎の一角にある空き教室に、底抜けに明るい少女の声と二人分の拍手の音が響いた。

 深月に真弓さんの超能力を教えた翌日。この度天文部は、新たに三人目の部員を迎える事となった。そう、真弓さんである。

「何か質問あったら答えるよ?」

「えっと、じゃあ僕から」

「おっ、遠前クン! 何々?」

「その……本当にもう、入部届を提出したの?」

 まず僕が聞きたかったのは、それだ。部活に入るには、まず顧問の教師を訪ねて入部届を貰い、そこに保護者の判子を貰う必要がある。つまり正式な入部は通常、早くても入部届を貰った翌日になる。放課後に学校と家を往復でもしない限りは。

「したよ~~! 昨日一回学校戻って、入部届貰って、そんで昼休みに出してきた! つまりアタシはもう、緑心寺高校天文部の正式な部員ってワケ!」

 白い歯を見せつつ右手でピースサインを作る真弓さん。

「ギャルの行動力ってすげぇな……」

 深月が遠い眼をしながら呟いた。僕も小さく頷いた。

「はいじゃあアタシがしたから、次は二人ね!」

「あ、そういう流れ?」

「だってよく考えたらアタシ、遠前クンとミヅキの個人情報あんま知らないし」

「まあ、確かに」

 僕と深月は勝手知ったるってレベルじゃない程知り合っているが、真弓さんに関してはそうではない。というかそもそも僕自体、ほんの一週間前まで彼女の事を何も知らなかったのだ。そんなことを忘れてしまう程、僕は彼女に親しみを感じていたのだろうか。

「まあ、そういう事なら……」

 一つ咳払いをしてから、僕は椅子から立ち上がった。

「二年三組遠前心太郎。二月二十七日生まれで、好きな学問は物理学と天文学。ちょっと前までは籍置いてるだけに近かったけど、これからは出来るだけ顔を出すつもりです」

 一礼して座ろうとした時、正面の真弓さんが口を尖らせた。

「え~~、それだけ?」

「他に言える事もないし……。面白い冗談も言えれば良かったかもしれないけど、それも苦手だから」

「冗談はともかく、宇宙と物理好きってのは知ってるし。例えば……あっ、休みの日何してる?」

「基本勉強かな。先週末は合間に音楽聞いたりはしたけど」

「……外出て遊んだりは?」

「深月、最後に外出したの、いつだっけ?」

「私に聞くなよ」

 何処かに行くときは、基本的に深月か太陽(或いは両方)と行くので、一人で出かける事は滅多にない。休日に待ち合わせをして――なんていうのは、それこそ三年程無かったかもしれない。

「……遠前クン。あんまりこういう事言いたくないんだけど……もうちょっと人生の楽しみというか、生き甲斐というか……そういうのあった方が良いと思うよ」

「いや、それならあるよ」

「じゃあ、それを教えてよ」

「真弓さんの事だよ」

「……へっ?」

「真弓さんの超能力についてこれから知れると思うと、それが一番楽しみかな」

「あっ……! そ、そういう事……」

 真弓さんの眼が見開かれ、心なしか頬が少し紅潮している。口元に手を当てながら目を逸らしている彼女を不思議に思っていると、急に隣の深月に後頭部を叩かれた

「痛っ。……いきなり何?」

「何となくしばきたくなった」

「なんで……?」

 文句をつけたそうに、深月は。白い目で僕を見る。まあ、深月の行動が突拍子もない事なんて、今に始まった話じゃないから、あまり気にしないことにした。

「ま、まあ遠前クンはそれで良いとして……はい次、ミヅキ!」

「うえっ!? わわわ私も!?」

「そりゃそーでしょ。アタシにミヅキのこと教えてよ」

 真弓さんは足をブラブラさせながら、「早く早く」と深月を促す。無邪気な顔は、悪意ではなく純粋に深月の事が知りたいという好意に因るものだと、僕らに伝えていた。

 深月は――胸の前で両手を組み、俯いていた。昨日はちゃんと会話が出来たと思ったけど、やはりそう簡単には行かないか。とはいえ、深月もあれで少しは踏み込めるようになったと信じている。

 深月は大きく頷くと、勢いよく椅子から立ち上がり、スゥッと一つ息を吸い込み、そして――

「し、しん……み……す」

「「いや声小さっ!」」

 直前までの立ち振る舞いに「おおっ」と思ったのが、完全にズッコケる前振りとなってしまった。僕と真弓さんのハモリに、深月が瞠目しながら喉に手を当てる。

「う、嘘だろ!? 私の中では教室中に響くぐらいに……」

「完っ全に擦れてたね……」

「うぅっ……こんな筈じゃあ……」

深月はがっくりとうなだれ、床に手を着いた。

「ん~~……」

 真弓さんが、何か納得いかなさそうに唸る。若干眉間に皺を寄せて何か考える彼女は、普段の底抜けに明るい笑顔からは想像出来ない真面目さを湛えていた。

「真弓さん? その、深月なりに頑張ったから、もう少し――」

「あっ、ううん。ちょっと思った事があって……」

「思った事?」

「いやね、ミヅキの人見知りって、そもそもどうしてかなって……」

「どうしてって……?」

 人見知りする、しないというのは、言ってしまえば性格の問題だ。過去のトラウマとかに起因する場合なら、一気に克服する方法もあるかもしれない。だけど、深月は僕と知り合った八歳の頃から、既に今と同じだった。僕も太陽も、今の調子で会話出来るまで結構な時間を要したと思う。

「あっ、そうなった原因じゃなくて、深月自身の考え方の話。例えばさ、知らない人に対して怖い、とかそういうの」

「怖い……かぁ。まあ、ゼロじゃないかもしれないけど、それが根って訳でも無さそうだよ。だって、ここには僕と真弓さんしかいないじゃないか」

「確かにね~~……」

 深月は、真弓さんとは昨日の時点である程度コミュニケーションは取れた訳で。それで真弓さんの人柄を把握して『なりたい』と願ったから、彼女と友達になれた。今更、深月が何か怖がるような事と言えば――何だろう。

「ご、ごめん……二人とも。期待させといてこのザマなんて……ハハッ、失望したよね……。怒らないで……」

「そんな事ないって! ズッコケはしたけどさ、怒るとか失望とか、そんな重い風に考えなくていいよ!」

深月が申し訳なさげに縮こまる。そんな彼女の背を、眉を八の字にしつつポンポンと真弓さんは叩いていた。

僕と太陽は深月の人見知りについて、色々考えたり行動したことはあるが、結局上手くは行かなかった。というより、僕らでは彼女に近過ぎて却って駄目なのだ、という結論に達し、彼女自身『私の友達は二人で充分だ』と言ったので半ば諦めてしまっていたのだが。

 ここはもっと根本的に、新堂深月という少女の性格から考えていこう。

 深月の性格と言われて真っ先に浮かぶのは、『真摯』ということだ。彼女は自分の好きな物に対しても、周囲の人に対しても、決して軽い気持ちで接しない。一度やるからには真剣に、そして結果を出す。それが彼女の生き方。

「……そうか」

 そこで僕は、ようやく彼女の内弁慶の根源を見出せた。それと同時に、真弓さんも僕の方に近付いて来る。

「真弓さん。深月の人見知りは、知らない他人への恐怖、というより『他人に失礼を働かないか』ということへの怯えだと思うんだ。まあ要するに――」

「『人に気を遣い過ぎちゃう』ってコトだよね? アタシも思ってた」

 言葉にしてしまえば、一言で足りる。だけど心に染みついた恐怖心は、何年も放っておいた油汚れのようなもので、たった一度の洗浄でどうにかなるほど軽いものじゃない。事実、深月も人に気を遣い過ぎだと指摘された事もあった筈だ。それでも彼女は、今日まで他人への怯えを持ち越している。

「そういうことかぁ……」

 得心がいった真弓さんが、人差し指で唇を突きつつ唸る。

「いや、気を遣うなんて特別な事じゃないって……むしろ当たり前の事してるだけっていうか……」

 深月が顔を上げた。眉は下がり、目元は潤んで、眼鏡のレンズが少し反射して光っている。彼女は、絞り出すように話し始める。

「だって、そうじゃない? この先どういった関係性を築くか分からない相手にそんな軽々しく『おい~~っす』なんて行ける訳ないじゃん。ただでさえ私の不足した対人スキルじゃあどんな下手を踏むか分かったモンじゃないし、失礼な物言いでもして怒られたら私も相手も嫌過ぎるでしょ……!?」

 冷や汗を流す深月。他人に気を遣うというのは僕もそうなのだが、自分を過剰に縛る程の気遣いを『当たり前』と断じてしまうのが、彼女の肩の荷の重さの原因だろう。真摯であるが故の弊害と言うべきか。やはりこれは、既に打ち解け切っている僕ではどうしようもない。

そんな彼女の訴えに、真弓さんはフッと微笑むと、深月の前でしゃがみ、目線を合わせた。そして、我が子を諭す母親のように、優しく語り掛ける。

「あのねミヅキ、コミュニケーションっていうのは、自分も相手も気持ちよくなくちゃダメ。自分――つまり、ミヅキもちゃんと楽しまないと。ミヅキの相手のこと考えられるっていうのはスッゴイいいトコだけどさ……あんまり肩肘張ってちゃあ、相手も気を遣わせちゃうし……」

「うっ……それはそう……」

 笑顔は絶やさないながらも、真面目に深月を諭す姿は、僕がそれまで見て来た真弓さんのイメージとはまるで異なっていた。何処か母性的なその姿に、彼女には妹がいるという話を思い出す。それを話した時、『周りは皆意外そうな顔をする』と零していたが、それは今のような彼女を見ていないから言える話なのだと思えた。

「だから、さ……」

 そんなことを思っていると、真弓さんの笑顔が突如、不敵な笑みへと変わる。その顔で深月の後ろに回り込み――

「もうちょっと遠慮なしでいいよ……こんな感じ、で! こちょこちょ~~」

「うひ、うひひひ!! ちょ、一果――うははははは!!」

「えっ……えぇ……」

 深月の脇腹を何とも楽しそうにくすぐり始めた。くすぐられている本人はというと、目尻に涙を浮かべながら、おおよそ女子高生とは思えない声で大笑いしている。いや、確かに深月に対して色々な意味で一切遠慮が無いし、二人とも笑ってはいるんだけど……駄目だ。幼馴染の女の子と可憐なギャルが戯れるところは、何だかとても目に毒だ。床にしゃがみ込んでいるというのも、立ってくすぐるより姦しさがプラスになる気がする。

「ミヅキの弱点は~~なるほどこの辺か~~」

「ちょま、やめぐははははは――ゴボッ!」

「ストップストップ真弓さん! それ以上は深月が死んじゃうから!」

「えっ? あっ!」

 バンバンと床を手で叩く手と呼吸が止まり、喀血しそうな勢いの咳をし始めた深月。それに気付き、真弓さんは慌てて深月から手を離した。肩で息をする深月を前に、真弓さんは申し訳なさそうに苦笑した。

「あはは……ごめんねミヅキ、やり過ぎちゃった」

「フゥ……フゥ……」

 頭を垂れていた深月が顔を上げ、真弓さんを掴んでガクガクと揺らし始める。笑い過ぎかそれ以外の理由からか、目には涙が浮かんでいる。

「やり過ぎってレベルじゃないでしょ!?!? やるにしても準備ってもんがあるし、つーか一果さん何でそんな弱いトコばっかつけるの!? なに、何なの!? ギャルってヤツは皆そんなテクニシャンな訳なのかよ!」

「ごめんミヅキあとあんま揺らさないで~~ああ~~」

 昨日僕にしたように、深月ががくがくと真弓さんの首を揺らしながらまくし立てる。

「チクショーが! 私だって自分がここまで弱いと知らなきゃこんな隙なんざ作らせなかったっつ――ヴッ、ゲホゲホッ!」

 流石に大笑いした後だからか、再び深月はむせてしまった。そこまで含めて、昨日の彼女と全く同じであることに気が付いた僕は、思わず頬を綻ばせた。

「……あぁ? おい心太郎、何笑ってんだ」

「それだよ、深月」

「……え?」

「ちゃんと素でぶつかれたじゃないか、僕以外にも」

「……あっ」

 はっとしたように、深月が喉を抑えた。彼女はさっきまで、真弓さんを前にした緊張で声が出なかった。ところが今はどうだろう。教室中に響き渡る大声で、昨日の僕に対してのそれと寸分違わぬ形でまくし立てていたじゃないか。つまり、その間深月は、『僕と太陽と同じレベルで』真弓さんとやり取り出来た、ということだ。

「うんうん、良いカンジにリラックス出来たんじゃない?」

「そっか。真弓さん、深月の素を引き出す為に、やり過ぎなぐらいに……?」

「あ~~……うがーってなるまでする気は無かったんだけど……ままいいじゃん。終わり良ければオールオッケーってことで!」

 笑いながら僕の背中をバシバシと叩く真弓さん。その軽い調子に、僕も背中の痛みに反比例して、肩の力が抜けていった。

「まあいいや。それじゃあ深月、自己紹介のやり直し、する?」

「あ~~もう私も何かどうでも良くなってきた。しゃあねえ、遠慮なしにやってやらぁ!」

 深月は自分の拳を、平手にパシンと打ち付けた。そうして気合を入れてから始まった自己紹介は、ちゃんと部室に行き渡る声で行われた。

「おお……」

「出来た……」

 僕と深月は互いに歩み寄り、ハイタッチをした。多くの人にとっては当たり前に出来ることなのかもしれないけれど、深月にとっては偉大な一歩だ。これを喜ばずして、幼馴染など名乗れない。僕らの様子を見て、真弓さんもニコニコとお日様のような笑顔を浮かべている。

「アハハ、二人ともスッゴイ喜んでんじゃん。まぁアタシも、ミヅキの事知れて嬉しいけどさ」

「い……一果の、おかげだよ……。あり、がとう……」

 再びたどたどしくなったものの、それでも真っ直ぐ真弓さんを見て、しっかりとお礼を伝えていた。

「あっ、でもくすぐるのはやめて! それはマジで!!」

「アハハ、オッケーオッケー。……それでさ、深月。一個聞いていい?」

「あ、うん。何でも」

「遠前クンと一緒でミヅキも宇宙好きってことだけどさ、例えば宇宙のこういう所にロマンを感じるとか、聞かせてくれない?」

 あ、まずい。真弓さん、その手の事を深月に聞くと……。

「一果……その話するなら、一・二時間じゃすまないけど……良い?」

 眼鏡の奥に映る瞳が、静かに燃えている。ああ、この顔は本当に二時間以上の講義が始まる顔だ。

「深月……それはまた後で――」

「うん、いいよ~~」

「いいの!?」

 ニヤニヤする深月にニコニコしながら返した真弓さんに、僕は素で突っ込んでしまった。

「うん。だって深月の事知りたいし。ホントは遠前クンにも聞きたかったんだけどね。一・二時間ってのも、比喩っしょ? ほら、『焼肉なら幾らでも食える~~』みたいな」

「いや、真弓さん、君は火が点いた深月を知らないから……」

「そうだなぁ。一果みたいな初心者に話すんなら、いっそビッグバンから始めてもいいかな。よし、そうしよう。じゃあまず宇宙の成立から――」

「駄目だ……始まってしまった……」

 そうして、新堂深月先生による講義が開講した。僕は前々からさんざん聞いていた話だったが、真弓さんからすれば聞いた事のない話のオンパレードだったので、段々と目の焦点が合わなくなっていった。ヒッグス粒子だの超ひも理論だのと言った言葉を一斉に浴びせられたのだから、さもありなんといった所だが。嬉しそうに話をする深月を二人で眺めているうちに、真弓さん入部初日の部活動は時間切れと相成った。





 漸く深月が満足して話を終えると、時刻は六時半だった。正門が閉じるのが七時なので、それまでに鍵を返して門を出ないといけない。七時を過ぎて校内に残っているのを見つかると、顛末書を書かなければいけないので非常に面倒なのだ。

「あのさ、帰る前で悪いんだけど……一個聞いて良い?」

 全員で帰り支度をしていると、ふと真弓さんが躊躇いがちに口を開いた。僕は鞄を肩に掛けながら応答する。

「すぐに答えられる質問なら大丈夫。SIGNのグループは作ってるから、何なら後でそっちに送ってくれてもいいよ」

「あ~~ごめん、口から直接聞きたいというか……」

 真弓さんは恥ずかしそうに身体を揺らしつつ、躊躇いがちに僕と深月を見た。

「遠前クンとミヅキってさ……付き合って、ないよね?」

 ……何だって? 付き合う? 僕が? 深月と?

 あまりにも予想外な質問だった為、僕は理解に少し時間を要した。ようやく内容を飲み込めた所で、僕は深月と見つめ合う形となった。

「僕が……?」

「私と……?」

 無言で深月を見ながら、脳内で幾つかの想像を巡らせた。多分、深月も同じことをしていただろう。

 そうして五秒程経った辺りで――僕らはどちらともなく、小さく噴き出した。

「「それは無いなぁ~~」」

 アハハハ、と僕らはそのまま声を上げて笑う。僕と深月が恋人繋ぎで街を歩くとか、公園のベンチで肩を寄せ合うとか、恋愛経験ゼロの乏しい想像力で考えてみた。出た結論は、『どう考えてもおかしい』でしかなかった。

「……違うの?」

 不思議そうに首を傾げる真弓さん。まあ、僕らの距離は明らかに近いので、誤解するのも無理はないかもしれない。

「前も言ったけど、僕と深月は小さい頃からの付き合いなんだよ。男子とか女子とか、そんな事考える前に最高まで仲良くなっちゃったから……今更男子だ女子なんて考えるのは、ちょっと無理かなぁ」

「言うなれば、心太郎の事は『性別:男』じゃなくて『性別:心太郎』と見做してる感じだな」

「あ~~それ言えてる」

「ま、『血縁ある』のも関係してるだろうけど」

「け……血縁?」

 真弓さんの目が点になり、口がポカンと開いた。

「えっと……離れて住んでるきょうだいとか……?」

「そんな重い話じゃないよ」

 いきなり血縁と言われてビックリするのは分かる。大っぴらにする話じゃないけど、別に隠す必要もないから、言っても全然問題じゃない。だから、努めて軽い調子で説明する。

「深月の父方のおじいちゃんと、僕の……母方の、おばあちゃんは姉弟なんだよ。つまり、僕と深月はいわゆる『再従姉弟はとこ』に当たるんだ」

「尤も、それが分かったのは知り合ってからだけど。聞いた時はまあビックリしたけど、他人の気がしなかったのはそのせいだな」

 僕も今でも覚えている。おばあちゃんに学校で仲良くなった女子の話をしたところ、『それ大五郎(深月のおじいちゃん)の孫じゃないか?』と言われた時は、結構驚いた。だが、それで深月との関わり方が変わった訳では無く、僕らはそれまで通り一緒に本を読み、一緒に遊んだ。だから普段の生活で、深月が親戚だと意識する事は殆どない。

「そういう訳だから、僕と深月の間には恋愛感情のれの字も無いと思ってくれていいよ。人間性は、大好きだけどね」

「ハッ、徹頭徹尾同意だわ」

 腕を組みながら悪戯っぽく深月は笑う。恋愛だけが絆の形じゃないと、僕らは心で理解し合っていた。

「そっか……そうなんだ……」

 真弓さんはフゥッと一息吐いてから、僕らに背を向けて早足で教室の戸を開けた。

「アタシが言うのも何だけどさ、そろそろ出よ!」

「あっ、そうだね!」

 僕達は少し急いで、職員室に部室の鍵を返し、正門をくぐり抜けた。周囲には僕らと同じく部活終わりと思しき生徒がちらほら見えた。僕達は三人で並び、正門から少し歩いたところで少しだけ話をする。

「真弓さんの補習は木曜日からだったよね?」

「うん。気は重いけど……頑張る」

「じゃあ、明日も活動しようか。今日は時間取れなかったから、心太郎に言おうとしてた事言えなかったし」

 時間が取れなかったのは深月が宇宙のロマントークを二時間ぶっ通しでしたからなんだけど。まあ、それは置いておくとして、深月が昨日送って来た『嬉しい報告』というのは確かに気になる。

「分かったよ。じゃあ、明日も部室?」

「待って。折角深月もアタシのコト知ったんだからさ、あそこで話さない?」

「確かに。あそこなら極端な話、門限も無いしね。深月はいい?」

「言われてみれば、そっちの方が良いかもね。話終わったら……また、重力制御のあれこれ見たい、し……」

 真弓さんに目線を向ける深月。目線がやや泳いでいる彼女に、真弓さんはやはり晴れやかな笑顔で応えた。

「モチロン!」

「あ、ありがと……」

「うん。また明日。深月、真弓さん」

「おう、明日な」

 僕と深月が帰路に着こうと、真弓さんに背を向けた。

 その時、僕は思わず足を止めた。

「……心太郎?」

 何故か、ここから離れることが惜しいと思ってしまった。僕の足は押さえつけられたかのように重く、地面から離れてくれない。心配して顔を覗き込む深月に何を言おうか迷っていると――突然、爆弾が投げ込まれた。

「またね、ミヅキ、シンタロー!」

「「…………は?」」

 ……今、真弓さんは何と言った? 僕の聞き間違えじゃなければ、彼女は今僕の事を『シンタロー』と呼んだ。『遠前クン』だった呼び名が、『シンタロー』になっていた。

 えっと、つまり……

「真弓さん……? どうして、名前で?」

「へっ? い、いや……なんとなく……。嫌だった?」

「いや、別に嫌とかそういう訳じゃないけど……」

 ただまあ、滅茶苦茶ビックリはした。とりあえず見渡した限り僕たち以外いないっぽいのが幸いだった。

「えっと……じゃあ僕も、『一果さん』と呼べばいい……のかな?」

「いっ……!?」

 名前で呼ばれたからには、僕も呼び返した方が筋が通る気がして、言ってみた。帰って来たのは、驚き後沈黙。両手を身体の前で組んで、縮こまるように俯いていた。

 まずい。そういう態度を取られると、僕の方が恥ずかしい事をしたみたいじゃないか。

「ご、ごめん。やっぱり今の無しで!! じゃ、じゃあね遠前クン! ミヅキも!」

「あっ……」

 真弓さんは早送りのように手を振って、自転車に跨り去っていった。その瞬間、僕の足を縛り付けていた鎖は解け、再び軽く動かせるようになった。

「……帰ろうか、深月」

 深月は怪訝な眼をしつつも、無言で僕に続いた。

 今こうして歩いていると、どうしてさっき動けなくなったのか分かった。

真弓さんと別れるのが、名残惜しかったんだ。どうせ明日には会えるのに、だ。

それが分かった瞬間、少し怖くなった。木曜日から一週間、僕は彼女に会えなくなる。一日でも寂しさを覚えるのに、一週間。連絡先は知っているのだから、メッセージのやり取りや、彼女さえ許せば通話だって出来る。何だったら、『分からない所を教える』というのを口実にすれば――

「おいコラ心太郎」

 すると、右の太ももに鋭い痛みが走った。その方向を見ると、呆れ顔の深月が足を下げている。どうやら彼女に蹴られたらしい。

「さっきから私が話し掛けてんのに、全然聞いてないな。ったく、一果の事気になり過ぎだろ」

「そ、そんな事は……」

「下の名前呼ばれたぐらいでデレデレしてさ。……ぶっちゃけあんた、もう一果の能力より、一果本人の方が気になってるんじゃないの?」

 深月の指摘に、反論出来なかった。

 確かにさっき、僕が考えた事。それは勉強を教えることを『口実にする』ということ。つまり、これは僕の本意が真弓さんとの会話にあるという証明に他ならない。

 ……どうやらもう、認めるしかないようだ。

 遠前心太郎は、真弓一果に『引きつけられている』。彼女が超能力者だなんてのは、もう彼女の個性の一つに過ぎない。ただ、真弓さん自身の事が知りたい。

 もっとあの人と、近付きたい。

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