第6話 違う
「これで十曲目……か」
「あっ、聞き終わった? フフン、どうだった遠前クン?」
鼻を鳴らし、どや顔で寄ってくる真弓さん。
「何だか、夢みたいな時間だったよ。もう少し、余韻に浸っていたいかな……」
「えへへ、でしょでしょ? 多少のストレスなんてヨユーで吹っ飛ぶっしょ?」
名残惜しささえ感じながら、僕は近くに寄ってきた真弓さんへ、イヤホンを返した。
彼女のプレイリストは、どれも耳に心地よく、素敵な楽曲ばかりだった。
「ちなみに遠前クンは、どの曲がお気に入り?」
「どれも良かったけど、特に印象に残ったのは三番目の曲かな? 確か『揺れる揺れる青い季節』みたいな歌い出しの」
「シーホースのエバーグリーン! 五分二秒の間全部がエモい名曲だよね! それに目ぇ付けるって、いいセンスしてるねぇ~~」
それから僕らは地面に腰を下ろしてから、今聞いた十曲について話し合った。
「もしかして真弓さん、邦ロック好き?」
「好き好き、チョー好き!! さっき遠前クンに聞かせたのも、大半はロックバンドだし!」
「ああ、やっぱり。僕はあんまり音楽に詳しくないんだ。最近の流行りとかも全然知らなくてね……」
「最近はね~~CDじゃなくて動画サイト発のアーティストが増えてるんだけど、アタシ的には――」
底抜けに明るい笑顔で時折ろくろを回しつつ、真弓さんは好きな音楽の事を語ってくれた。彼女は他にもシチュエーションや気分毎に違う曲が聞けるように、多数のプレイリストを作成しているらしい。全部の曲を合わせると百を軽く超えるとのことで、特に『邦ロックの事ならアタシに聞いて』と言い切るなど、その情熱と知識は相当なモノだった。何より、それについて語る時の彼女の顔といったら、山頂で見上げた夜空に負けないくらい眩しかった。ただでさえ可憐な彼女に、好きな物に興じる人間特有の輝きが加われば、周りにも楽しい心を伝搬させる魔力さえ有するようになるみたいだ。
「良かったらさ、アタシが最近ヘビロテしてるの後で送っとこうか?」
「うん、是非ともお願いするよ」
「オッケー。遠前クンは素直に聞いてくれるから、話しやすくていいなぁ」
「ん? そうかな?」
膝を抱えて座り直し、頬を緩めて僕を見つめる真弓さん。何処かその眼は、『ありがとう』と言っているように感じた。
「否定とかはせずに、でも素直な感想言ってくれるじゃん? だからアタシも、ちょっと話し過ぎちゃいそうになったよ」
「別に普通だと思うけど……」
「いやいやそんなことないって! ……アタシね、入学した時は軽音部入ろっかなって思って。それで、部活見学行ったんだよね」
真弓さんは一転、不機嫌そうに膝に顔を埋めた。
「軽音部か。確かにロックが好きなら、良さそうだよね。同じ趣味の人が沢山いるだろうし」
「そーそー、アタシもそう思ってて。で、男子の先輩に話しかけられてさ、好きなバンド聞かれたの。だからアタシ、率直にシーホースって言ったんだよね。そしたらさぁ……」
真弓さんはさっきまでの笑顔が嘘のように、青筋を立てて虚空を睨んだ。
「『それトラキンのパクリバンドじゃん』ってさ……。あんまりムカついたから無言でソッコー出てった」
「うっ……うわぁ……」
あんまりなエピソードを前に、何も言えなくなった。シーホースというバンドは僕も良いと思ったし、彼女の語りにも頻発していた、恐らく最推しの一角。それを初手で侮辱されたとなれば、怒って当然だ。
「それは本当……災難、だったね……」
「ゆーてまあ、アタシトラキンも好きだけどさぁ! アンタにとってはどうでもいいバンドかもしんないけどさ、アタシは『それが好き』って主張したワケじゃん! 自分から聞いといてお望み通りの答えが来なかったからって、人の好きなモン軽々しく馬鹿にすんなっつー話! あ~~今思い出しても腹立つ!!」
髪が乱れることも気にせず、真弓さんは両手でガシャガシャと頭を掻きむしる。一年以上前の事なのに、彼女は昨日の事のように怒っていた。その様子が、アレがそれだけ許し難い出来事だったのか、そして彼女がシーホースのどれだけ熱心なファンなのかを語っていた。
「っはああぁぁ~~!! ……ふぅ、ちょっとスッキリした。ゴメンね、つまんない話聞かせて」
真弓さんはバサバサになった髪を手櫛で軽く整えてから、申し訳なさそうに小さく笑った。その謝罪を込めた笑みを、僕はどうしてかあまり見たくなくて――
「いや、そんな。今でもそれだけ怒れる事なら、吐き出せる時に吐き出した方がいいよ。特にここなら、僕以外誰もいないし」
『構わない』という一言に、幾つもの飾りを付けて発信した。
「うん、ありがと。……ヒナも同じこと言ってた」
「朝倉さんも?」
「そっ。ヒナとは去年同じクラスでさ、あの娘も音楽好きで、それで仲良くなったの。まあ、ヒナはどっちかと言うと洋楽派だけど。モチロン、性格や考えなんかも合うからさ。話してると楽なんだ」
真弓さんは再び、いつもの明るい笑顔に戻った。
でも、彼女の気が合う友達と同じ事を言ったという事は、遠回しに『僕と気が合う』という事だろうか。だが、彼女がそんな婉曲的な言葉遣いをするようには思えないので『思ったから言った』以上の意味は無さそうだ。というか、そういう事にしないと不幸な勘違いをしそうで困る。
「ってか、遠前クン。アタシはもういっぱい話したし、そろそろ遠前クンのやりたいコトしない?」
「あっ、そうだね」
真弓さんが楽し気に語る様を見守っていて――僕自身、音楽にも興味を惹かれたし――すっかり忘れていた。
「知りたい事はまあ、幾らでもあるんだけど。まずは検証というより、真弓さん自身が把握してる事を知ろうと思うんだ」
通学鞄からシャーペンと白紙のノートを取り出し、身体ごと真弓さんをまっすぐ見た。
「インタビュー的な感じ? オッケー、何でも聞いて」
「じゃあ、最初の質問だけど……自分の力に気付いたのって、いつ頃?」
「いつ頃って言われてもなぁ……赤ちゃんの頃から使ってたらしいよ」
「って事は、本当に生まれつき?」
「うん。お父さんは『病院に診せようか』って思ったけど、お母さんが『これが私達の子供ってコトじゃない?』って言ったんだって」
「真弓さんのお母さん、何というか凄く器が大きいんだね……」
「いやいや、何も考えてないだけだって」
何かしら後天的な要因ではなく、先天的に彼女が持っていた物らしい。だから、あれだけ無重力の扱いに慣れていたのだろう。彼女のお母さんの対応も、ある意味正解だ。『生まれたばかりの娘が超能力者でした』なんて、どう医者に説明するのか。
「一応聞くけど、ご家族やご先祖様に超能力者とかは?」
「いないいない。お父さんもお母さんも妹も、皆フツーだよ。ご先祖様は知らないけど、そんな事おばあちゃんも言ってなかったし」
まあ、それはそうか。となると彼女は、一般家庭から突然変異的に生まれたようだ。
まあ、これは個人的興味の面が強く、遺伝子なんかは専門でも何でもないので、ここはあまり深く考えても仕方がない。
「分かった。じゃあ次。真弓さんは『重力を操る』って言ってたけど、僕の前でやってるのは、無重力にするってだけだよね。逆に重力を強くすることは出来るの?」
「周りを重くするってコト? うん、出来るよ。けど……ショージキやりたくない」
憂鬱そうに、真弓さんはため息を吐いた。
「どうして?」
「だってアタシも重いし」
「あっ、そうか」
それで気が付いた。彼女の超能力は、『能力者自身も影響を受ける』。能力を使うと真弓さん自身も宙に浮かんでいたのが、何よりの証拠だ。つまり、例えば周囲の重力を二倍にしたら、真弓さんは自分の体重と同じ重さの重りを全身に纏う形になる。使いたくないのも道理だ。
「まあ……どうしても知りたいならやるけど……」
「いやいや、暫くはいいよ。出来る限り楽な方で調べられるなら、それが一番良い」
「ホント? やっぱ優しいね、遠前クンは」
真弓さんは膝の上に顎を乗せて、優しい眼で僕を見ていた。
「そ、そうかな……。それより、もう一ついい? 弱く……つまり軽くする場合、普通の重力を一としたら、真弓さんに出来るのはゼロにするだけ? 0・5とかには出来ない?」
「出来るよ。こんな感じで、どう?」
「おおっ……」
真弓さんが人差し指を立てると、身体がとてつもなく軽くなったのを感じた。しかし、それまでと違って宙に浮かぶ様子はない。
「す、凄いっ……! まるで月面着陸したような気分だ」
「げつめん……ちゃくりく?」
「ああ、月は地球の六分の一の重力なんだ。つまり、体重六十キロの人は、十キロぐらいに感じられるってこと。で、重力が六分の一ってことは、重力加速度――地表に引き戻される力もそのぐらいってこと。つまり月でジャンプしたら、地球の六倍の高さで跳べるってことなんだ」
右手をグッと握りながら、湧き上がる高揚感を声に出す。まあ、実際今がどれだけ重力が弱くなっているのか、恐らく真弓さん自身も分からないだろうけど。だけど今僕とその周辺は、普段より掛かる重力がかなり弱くなっている。となれば、僕としてはどうしても試したいことがあった。
「よし、跳んでみよう」
「えっ? ちょっ、それは――」
何やら真弓さんが静止しようと立ち上がったけど、僕に好奇心を止める気は無かった。全力で両足を踏ん張り、垂直に跳び上がった。すると、身体はゆっくりと高度を上げていき、真弓さんの顔が僕の両足より高くなった。
「凄い! 本当に――えっ」
が、そこまで上がったところで、急に上半身がガクリと重くなった。そこで上昇は急激に停止し、僕は地面へと落ちていく。が、すぐに再び身体が軽くなり、結果的にはゆっくり降りることが出来た。
「ああ、そうか。能力の範囲を出たら、外は1Gの重力なんだ」
「もう、いきなり過ぎてちょっとビックリしたじゃん」
「ごめん。興奮してつい……」
着地した僕を、真弓さんは口をへの字にして迎える。心につき動かされて突飛な行動をしてしまった。
しかし、先程の経験で、一つ大きな発見があった。彼女の能力の『有効範囲』の事だ。
「さっき僕は確か真弓さんを越えるぐらい跳んで、そこから上で範囲外に出た感じだから……真弓さん、身長は幾つ?」
「え? 百六十二だけど?」
「僕と殆ど一緒か……僕と真弓さんの身長を足せば、僕の最高到達点は三メートル二十五センチぐらい? ということは、大体地面からそれぐらいの位置が有効範囲って事かな」
僕は考えを呟きながら、ペンをノートに走らせた。あくまで偶発的な発見で、正確な数値を一切測っていないため、概算に過ぎないが。
「ん? 今ので何か分かった?」
「うん、縦方向の有効範囲がね。ソースは僕の体感だから、あんまり信用は出来ないけど」
「えっ!? 今ので分かったの!?」
「うん。僕と真弓さんの身長が同じぐらいで、真弓さんの頭を超えるぐらいから普通に戻ったから、大体地面から三メートルぐらいが範囲かなって」
僕はノートに書いた棒人間の図を真弓さんに見せた。地面にいるのが真弓さんで、その上で浮いているのが僕として、それぞれの高さを書いた簡単な図だ。
「うおお……そんな感じでサッと図にされると何となく分かる気がする」
「例えばメジャーでもあれば、もっと正確に測れるんだけどね。僕と真弓さんが互いに端と端を持って僕が跳び上がれば、ジャンプした分だけ目盛りが伸びるとか。後は……」
色々考えたことを話していく内に、自分でも頬が緩んでいくのが分かった。
そもそも『知りたい』というのは、対象は違えど誰でも持っている欲求だ。僕はそれ――知的好奇心自体が人より強い。だから、勉強だって嫌いではない。だが、やはり自分が興味のある事に関連するとなれば、その楽しさは別格だった。ましてや、今世界で『重力制御の超能力』なんてものを検証しているのは僕だけだ。すなわち、前例の一切無い新分野の研究といえる。こんなもの、心が躍らない筈がない。
そうこうしているうちに、時間というものはあっさり過ぎて行った。五時を過ぎた辺りで、僕たちは解散する。特に示し合わせた訳ではないが、五時になると二人の間に『帰ろうか』という空気が生まれる気がする。
「土日挟むから……次は月曜日で、どう?」
「良いよ、月曜日だね」
「オッケー、じゃあまた月曜日に!」
そうして、僕と真弓さんの放課後は終わった。と、思った矢先、帰る途中で真弓さんからメッセージが届いた。歩道の端で止まり、内容を確認する。
『今日はアタシばっか話してた気がするけど、付き合ってくれてありがとね! でもさ、遠前クンは大丈夫って言ってたけど、やっぱりアタシ、ちゃんと学校でも友達として接したいな。色々突っ込まれるかもしんないけど、悪い事してるワケじゃないのにコソコソするのも変な気がしてさ……もちろん、遠前クンが嫌ならいいけど』
このメッセージに対して、僕は何て返答するべきか、少し迷った。
恐らく真弓さんは、友達――と感じてくれた――僕を昨日無視したこと、他人の振りをすることが心苦しかったのだ。彼女にも伝えたように、僕はその事は気にしていない。現状僕達の関係は、真弓さんが超能力者だという秘密保持という面で成り立っている。本気でそれを隠蔽する場合、関係性からして隠した方が確実だ。
とはいえ、彼女がそれを良く思わないのなら、そこはリスクを最小限に抑えつつ、スッキリするようにするのが、関係性を維持する上では必要かもしれない。
だが、そこで僕は気が付いた。こんなのは、言い訳に過ぎない。僕は既に、真弓さんと『秘密を守る協力者』などというものではなく、純粋に『友達』でいたい、と思ってしまっていた。だから、機会次第で学校でも会話が出来るなら、そうしたい。
そこまで考えてから、僕はようやく真弓さんに返事を送った。
『それは良いけど、口裏は合わせておいた方が良いと思う』
送って直ぐに既読が付き、返事も送られた。
『口裏って……どんな感じ?』
僕と真弓さんが知り合う切っ掛けとして、恐らく最も自然な経緯を考え、伝える。
『こんなのはどうだろう。僕と真弓さんは、お互い同じロックバンドのファンであると気が付いて、それで話すようになった。始まりとしては、例えば真弓さんが学校に持って行っても不思議じゃないようなバンドのグッズを持っていた、とか』
人と人との接点など、何処で繋がるか分からないものだ。それでいくと、共通の趣味というのは、まだ比較的筋が通っているはず。後は真弓さんが実際にその手のグッズを持っていればいいけど。
そして彼女の返事は、僕の期待通りの物だった。
『シーホースのクリアファイルなら持ってるよ』
良かった。どうやらこれで話を通せそうだ。しかし、真弓さんはその後、『でも大丈夫?』と尋ねた。
『遠前クン、別にロック好きでも無かったじゃん。今から勉強するって言っても、アタシの為にそこまでさせるのは申し訳ないなぁ』
『大丈夫。たまに勉強中に音楽流すから、その時にでも聞けばいいし』
まあ、インストゥルメンタルの曲が殆どなんだけど。とはいえ、シーホースは真弓さんからお薦めを幾らでも聞き出せるし、トラキンはそもそも邦ロックの顔と言っていいぐらいの超有名バンドだ。一曲あたり五分程度の音楽なら、ある程度の数聞いても勉強への影響は小さいだろう。
『遠前クンが良いなら良いけど……ありがとね、ホント』
画面の向こうで申し訳なさそうにしている真弓さんの顔が浮かぶ。僕としては、彼女には『アタシが一杯教えたげる』ぐらいのメンタルでいて欲しい。
彼女の心をどうにか軽く出来ないものか、と考えた末、僕はこんな文を送っていた。
『友達と「好き」を共有するのは当然だよ。僕自身、好きで聞きたいし』
送ってから思った。少し恰好つけ過ぎたかもしれない。既読スルーされる可能性も覚悟して、心臓が少し早鐘を打った。結果、それは杞憂に終わったけれど。
『確かにね。考えたらアタシも、ヒナの影響で洋楽もちょっと知ってたし』
続いて、白い猫のキャラクターが『サンキュー!』と親指を立てているスタンプが貼られた。どうやら、上手く行ったようだ。安堵した僕は、スマホをポケットにしまって帰宅――しようとした時、もう一度スマホが震えた。再度スマホを開くと、ホーム画面にアプリの通知があった。そしてそこに、受信した真弓さんからのメッセージが書いていた。
『やっぱり、遠前クンは違う』
「……えっ?」
違う。突然送られた言葉を、僕は上手く呑み込めなかった。
先の会話の流れからすると、悪い意味だとは思えない。だが、『優しい男は男として見れない』という話はしばしば耳にするから、『男子とは思えない』という意味で言った可能性もあった。別に彼女に男として意識されたいと思ってはいない――と思う。いやどちらにせよ、どう返したものか。
そうして頭を悩ませた末に、僕は意を決してアプリを開いた。そうして震える指に落ち着くよう言い聞かせていると、
『一果さんが、メッセージの送信を取り消しました』
という表示と共に、先の発言は消えていた。
*
あの後真弓さんから送られた『邦ロック名曲集(一果セレクト)』と題されたメモの曲をローテーションしつつ勉強していたら、あっという間に土日は過ぎてしまった。まあ、元々土日は勉強以外殆どやる事は無かったので、それに音楽鑑賞が加わったぐらいだ。後は、真弓さんの能力に関する調査方法を考えもした。
そうして月曜日。三時間目は体育だった。
外は生憎の雨。その為、授業も体育館で行われていた。競技はバスケットボール。つまり――
「おっしゃあ! 二十点決めて勝ちィ!」
「おい寺島! お前ちょっとは手加減しろよ!」
「ハハハ、すまねぇな! バスケと聞けば、手が抜けない性分なんだ!」
僕の横のコートは、太陽の独壇場となっていたようだ。水を得た魚のようにイキイキとした彼は、自身の所属するチームを大差で勝利に導いていた。一方で、僕の試合は大した盛り上がりもなく進み、普通に僕のいるチームが負けて終わった。
「よし、二分小休止」
四十半ばの体育教師の声と共に、男子は皆一息ついた。
「いや~~やっぱバスケは楽しいなぁ。手を抜くなんざ出来る訳ねぇ。だろ、心太郎?」
「勝ってるのにブザービーター決めるのは大人げないと思うよ」
「馬鹿言うな。最後までちゃんと勝負したって意志表示だよ、むしろ礼儀を尽くしてると言ってくれ」
上機嫌に僕の横に立ち、肩に手を置く太陽。爽やかな汗を流す横顔は、まさに青春だ。
「しかし、女子サイドは随分華やかなもんだ。楽しんでる感マシマシだ」
太陽が視線を向けた先では、女子がバレーボールをプレイしていた。天井から吊るされたネットで区切られた向こう側は、男子と同じく二つのコートでそれぞれ試合をしている。五チームによる総当たり戦のようで、余った一チームの女子は、それぞれの友達へ声援を送っていた。
「一チーム余るのは一緒なのに、華が違いやがる」
「そういうもんじゃないの? ……おおっ」
前方の試合に目を奪われ、思わず声を出してしまった。そこでは、真弓さんが運動部顔負けの跳躍と共に、強烈なスパイクを決めていた。
「へぇ、やるな真弓。運動出来るんだな」
太陽もまた、感心したように呟く。確かに真弓さんは、ローファーで山道を軽く歩ける人だから、それなりに運動神経があってもおかしくない。チームメイトと笑顔でハイタッチを交わす彼女を見ていると、体育教師の声に呼び戻された。
「次の試合は、AコートでCチーム対Dチーム。BコートでAチーム対Eチームだ。では整列」
「おっ。心太郎チームが相手か。まあ、胸を貸してやるよ」
「お手柔らかにね」
僕と太陽は、それぞれ敵チームとしてAコートで整列した。
そうして試合が始まると、展開は予想通り太陽の無双状態となった。だが実のところ、何も彼ばかりが活躍している訳では無かった。彼がエースなのは確かだが、状況に応じてチームメイトにパスを渡したり、ミスをしてもカバー出来るよう動いている。そしてちゃんと決めた人には、『ナイッシュ』の声と共に笑いかけるのを忘れない。一見好き放題しているように見えてもチームメイトから不満が出ないのは、こうした心配りがあるからだ。寺島太陽は決して独りよがりのプレーヤーではない。伊達に緑心寺高校バスケ部のユニフォームに袖を通していないのだ。
そうして、試合はやはり僕のチームが押されっぱなしという状況に。
「ゴメン、抜かれちゃって」
「しょうがないわ。寺島には勝てないって」
チームメイトも、半ば諦めていた。正直、気持ちは分かる。
そうして大差を付けられる一方の試合に、ある一つの変化が訪れた。
「寺島クン、こっち向いて~~!」
「決めちゃえ寺島クン!」
ネットの向こうの女子から、太陽に黄色い声援が送られてきた。実際のところ、太陽は顔が良いしスポーツマンなので、結構モテる。今声援を送っている女子二人も、そうしたファンの中の二人なのだろう。
彼女らに笑顔を向け、手を振る太陽。
「なあ、遠前」
「どうしたの?」
彼らを見ていると、チームメイトの男子が僕の肩に手を置いた。
「お前さ、寺島と仲良かったろ? 何かアイツの弱点とか知らない?」
「じゃ、弱点?」
その男子は、何やら憎しみを込めた目で太陽を見ている。
「いやさ、アイツが上手いのは良いけどよ、ああいうの見たら何となくムカつくよな」
「そ、そうかな……?」
「何か知らね? その隙突いてアイツを出し抜けば、俺だって女子にキャーキャー言われるだろ」
思いっきり僻みだった。黒い欲望丸出しのその男子に、僕は表情を変えずに言い放つ。
「申し訳ないけど、知らない。太陽はバスケには誰より真面目だから、仮にあっても効かないだろうし、そういう勝ち方は太陽に失礼だよ」
「あ、ああ……そうか……」
彼は僕から手を離すと、後ずさりで離れて行った。その際、『いつも能面みたいな顔しやがって』と言ったのも、聞き逃さなかった。
「……別にそんな顔したつもりは無いんだけど」
やっぱり、一部の人以外からは僕は仏頂面の男に見えているのだろう。別に今更気にはしないけど。
そして試合は、やはり点差が広がっていくばかりだった。
試合時間残り一分。仲間からパスを受けた太陽が、ゴール下でシュート態勢に入っていた。完全なカウンターを決められ、チームメイトは皆相手陣地にいる。
ただ一人、太陽が走り出していたのを見逃さなかった僕以外は。
「チッ……読んでたな、心太郎!」
「伊達に付き合い長くないからね」
太陽は完全にシュート態勢に入り、最早途中で止められない。このタイミングでブロックすれば、首の皮一枚繋がる。太陽に送られる声援が何処か遠く聞こえる程集中し、ベストタイミングで跳ぼうとした瞬間、
「遠前クンファイト~~~~~~!!」
「……えっ?」
聞き覚えのある声から発せられた僕への声援に、思わず足を滑らせた。
「なっ……!?」
斜め前に跳び出す筈だった身体は前に倒れこむ形となり、僕は顔面を硬い床に叩きつけた。
鼻の奥から液体が逆流する感覚と共に、小さく呟いた。
「学校でも友達として接するなら……おかしくはない……かな」
足を滑らせた時にチラリと見えた、笑顔で手を振る真弓さんの姿を思い出しながら、僕は太陽に抱えられ、保健室に運ばれた。
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