第17話 楽しい時間


次の日の朝、やっぱりなんとなく素直にはなれなくて俺は逃げるように学校へ行った。昨日も発作なかったな。最高じゃん。このままもう一生来なければいいのに。今日は鬱陶しいほどの雨だけど心は快晴だ。体育大会が終わったからか雨だからか心做しか皆のテンションは低くていつもより静かなこの教室にガッツポーズ。

そして、何事もなく学校を終えて今日は最高の日だ。スキップでもしたいもんだな、と朝よりも暗く雨量が多くなった帰り道を歩く。


「ただいまぁ、今日は早く帰れたぁー!」

と元気な声が響く。思いっきりリビングのドアを開き、皆が起きているこの空間が嬉しくて仕方ないみたいだ。はる君も嬉しそうで、2人はキッチンで騒ぎながらご飯を作ってた。そんな声が聞こえたのかうるせぇよって笑いながらいっくんがリビングに入ってきて今日も平和だな、とテレビに視線を戻す。

「明日は今日以上に冷え込むでしょう」

そんなニュースが聞こえると同時にはる君が俺を呼んだ。そして椅子に座ってみんなで手を合わせていただきます。今日は秋刀魚か、もちろん無塩だけど。そして付け合せの野菜はできるだけ味がするようにと出汁をきかせている。勉強熱心なはる君は図書館でレシピ本を見たり、インターネットで調べたりして数々のレパートリーをもつ。病院食よりも数十倍美味しいんだ。

3人がテレビを見ながらたくさん笑ってる。はる君も今日は調子が良さそう。もう受診なんてしなきゃいいのに。正直そうおもう。でも俺専用の薬箱の横には、陽翔っていうシールが貼られた同じ種類の箱があって、減ったもののまだ沢山の錠剤を口にしている。受診をやめてこれをのまなくなれば、またあの頃のはる君に戻ってしまうのかな。はる君の笑い声を耳で聞きながら、秋刀魚をつついた。

「10月ははるの誕生日だね!何が欲しい?」

「えー……僕はいいよ、沢山本あるし…前も買ってもらったし。」

「なんでよ、服とかさ、カバンとかなんか欲しいものないの?」

「僕ずっと家の中いるしさ。」

「今年1度も買ってないじゃーん…」

「はる、買ってもらえる時に買っとけ、」

いっくんが悪い顔をしてそう言うとはる君は困り顔。本以外の物欲は本当にない。いつに買ったのか忘れるほどの色あせたTシャツとパンツ。それで十分だと笑った。

「じゃあ、ショッピングモールにいって欲しいもの探しに行こ?久々にお出かけに行こうよ」

そう言うとはる君は分かりやすく喜んだ。物欲よりも家族で出かけることの方が嬉しいはる君。俺らにとっては当たり前じゃない。どちらが体調が優れない、仕事を休めないなど滅法予定が合わない。2人はカレンダーを見ながら日程を話し合ってて、いっくんは仕事に行けないようだ。

「ま、親子で仲良く行ってこい、お土産話だけ持って帰ってきて?」

と3人でのお出かけが、再来週の土曜に決まった。

「ねっ、あとさ、11月は紅葉の季節だから4人で弁当作ってピクニックしよ?その頃には涼しくなってるだろうし!」

昨日の話から逃げて話さない俺に、親なりの和解のお誘いだった。

「いいじゃん!僕がお弁当作るよ!」

「パパももちろん手伝うよ?」

はる君は嬉しそうに携帯を取りだして、【ピクニック 弁当】って調べているようだ。

「照も行こうね、」

秋か、入院してなきゃ良いけどな。この前の採血結果が脳裏に過ぎる。

「……頑張るね、」

肯定できずなんとも言えない雰囲気になり、あー受診の事、そろそろ言わないとな、って思う。でも、今は楽しい時間だからこれを言うときっとまた暗くなってしまう。はる君もお出かけやピクニックを楽しみにしてる。勉強以外にも心が躍るものが出来たんだから。……はぁ、もう考えることが面倒くさくなって、皆より先に席を立ち、風呂にはもう入った俺は歯を磨いて早めに部屋へ向かった。


ベッドに沈み、俺は冷めきってる自分に呆れる。行こうねって言われたら、うんって言ってたらいいのに、馬鹿だなぁ俺。

はぁ…やっぱり来たな。また起き上がって膝に肘を置き目を瞑った。

「ゴホッゴホッ……」

急に寒くなったから喘息さんは当たり前のように出現。夕方から来そうな感じがしてたんだよね。見つからない様にタオルで口を押えながら咳を繰り返す。いつもより早めに吸入薬を口元に近づけ白い煙を吸う。

ピピッと終了のアラームがなってさっきよりかは呼吸の通路が広がった気がする。あー…しんど。さっきからピリピリとする左胸を摩って治まるように深く息をした。「軽い発作でも迷わずに薬を使うこと」そんな田中先生の言葉を思い出して渋々口の中に薬を入れた。生活音だけを聴きながら無心でクッションを抱え呼吸をする。このクッションはママがずっと使ってたらしい。

「ママの戦闘品。ひかるもこれがあればきっと発作に勝てるよ、」

親が小さい時に大きなクッションをくれてそれからずっと愛用してだいぶヘタってきた。でもこれを抱えるとちょっと安心するって言うか…楽になるって言うか…俺の大っ嫌いな冷めた心が少し溶ける気がする。素直に頑張れる気がするんだ。治らないことは分かっていても、怖さが減って頑張れる。……ママが支えてくれてるのかなって思う。何とかその程度の発作で治まってもう疲れた俺は早めに寝た。


「…………zzz………………」

「……zz……、んっ…、ぅ…ッ……」

ドクン……深夜、また心臓が踊り出す。俺は身体を丸めてまた左胸を掴んで何とか起き上がって、なんとか薬をとって直ぐに使ったけど、治まるまでに時間がかかりそうな感じ。

近くにあったクッションを抱え身を預けた。不規則な踊りが呼吸することを許してくれなくて、俺は必死に口を開け必死に身体を動かす。


何時から発作を起こしてたのか分からないけど、長い時間をかけやっと落ち着いて、俺はそのままゴロンと横になった。やっと寝れる……。まだ若干息を上げながら眠った。


けど、俺の心臓はまだ寝かすことを許してくれなかった。咳に起こされて、呼吸が苦しいと気づいた頃にはもう心臓は今日最大のダンスを踊ってる。

「ハァッハァッハァッ…ん゙ッ…ハァッハァッハァッ」

寝てては到底息が出来なくて必死に起き上がってまたクッションに倒れ込んだ。2日出てなかったからってしっかり2日分発作を起こす必要ないじゃん。睡魔に襲われ誘われそうになってもまた起こしてくる。俺は船を漕ぎ寝たり起きたりしながら耐え続けた。寝てるのか起きてるのかわかんなくなって気付けばお日様がおはようって挨拶してきた。まじかよ、今日も学校なんだって……。そう思ってると俺はいつの間にか意識を飛ばした。

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